第23話「ベアトリスの告白①」

 ボヌール村から見て、西の森の奥……ベアトリスのハーブ園。

 彼女が植え、丹精込めて育てた様々なハーブを見下ろしながら……

 大好きな別荘のあった地から、天へ旅立って欲しい……

 そう考え、俺達はここへ来た。


 相変わらず、このハーブ園は素晴らしい。

 リゼットに案内され、女神であったクッカと3人で来て以来、全く変わっていない。


 数多の美しい花が咲き乱れている。

 鼻腔を濃厚な香りがくすぐる。

 心と身体が癒され、うっとりする。

 まさに……楽園エデンである。


 さてさて……

 ハーブ園にある少し開けた場所で、全員が集まった。

 

 見上げれば、今日も空は真っ青な快晴。

 雲ひとつない。

 朝の陽ざしが眩しく射し込んでおり、天へ送るには申し分のないコンディションだ。


 と、ここでベアトリスが手を挙げる。


『ねぇ、クッカ、リゼット、私の最後のお願い……ここで言っても良いかしら?』


 そうベアトリスが言うと、クッカとリゼットは笑顔で頷く。


『ええ、ベアーテ、OKですよ!』

『ベアーテ姉! 思いっきりお願いして下さい!』


 最後のお願い?

 一体、何だろう?

 どうやらクッカとリゼットは知っているみたいだけど……

 俺は聞いていない……


 ……ベアトリスは、俺を見つめ、告げて来る。

 何か、とても思いつめたような表情だ。

 と、感じたら来た!


『ねぇ、ケン……さっきの話だけど……』


『さっきの話? 何だっけ?』


 いろいろな話をしたから、どれだと、俺は迷った。

 躊躇していたら、またすぐに予備動作なしで来た!


『私が、ケンのお嫁さんになる話よ。ラノベみたいにね。私、本気なの……』


 おいおい!

 私、本気なのって!

 ラノベのヒロインみたいに転生して……俺の嫁になる事が本気?

 でも、いきなりどういう事だ?


 ……確かにベアトリスは凄く良い子だけど……

 綺麗で聡明、とても優しくて……王女なのに信じられないほど家庭的で……

 凄く魅力的な女の子だけど……

 

 一緒に居て、今迄、好きとか愛してるとか……

 そんな事は、思いもしなかった。

 

 確かに、ベアトリスに対する『情』はある。

 親友に近い、『固い友情』と言い切れる、深い信頼関係だろう。

 

 僅かな時間で、ここまで親しくなれたのはまず魂に憑依され、俺の内なるものを見せた事。

 様々な話をして、分かり合えた事。

 更に……お互い、この世界で『孤独』を味わった似た者同士だった事からだろう。

 だけど、恋愛感情は無かった……と思う。


 俺が戸惑っていたら、ベアトリスは優しく微笑む。

 そしてゆっくりと静かな口調だが、熱く語り始めた……


『この前も言ったけれど……私、憑依してケンの事が分かった、これまで貴方が歩んで来た波乱万丈の人生が、そして温かい心のうちが……ね』


『…………』


『一緒に暮らしてみて……もっと分かったわ……貴方は真っすぐで、誠実。くじけないし、諦めない! 強いし、優しい!』


『…………』


『一旦死に、この世界にたったひとりぼっちで転生した貴方は、私の感じた寂しさもしっかり理解してくれていた……分かってくれていたわ』


『…………』


『何故ならば……転生したばかりの貴方も全く同じだったから……この世界には肉親は勿論、友人も知り合いさえ居ない……完全に天涯孤独の身……』


『…………』


『たとえ女神のクッカが傍に居たって……不安だったでしょう、いろいろな試練も降りかかった……』


『…………』


『懐かしい故郷に帰りたい! この世界で運命の子達と巡り会っても……貴方の心には今は存在しないふるさとへの……望郷の念がいっぱい満ちていた……』


『…………』


『私も貴方と同じ、もう存在しない故郷……ガルドルドへ帰りたいと思っていた。お互いに……絶対帰れる筈もないのに……ね……』


『…………』


『……5千年後の未来である、この時代に目覚めた私は、たったひとりぼっちで……夢も希望もなく……』


『…………』


『自分の作ったハーブ園が無事なのを見届けただけで……すぐ天に還ろうとした』


『…………』


『そんな私を……ケン、貴方は……引き留めて……くれた』


『…………』


『いつ来るかもしれない魂の消滅が……存在一切が、無になるかもしれないって……幽霊の私には本当ともいえる死の恐怖も……貴方は自分の事のように心配し、優しく思い遣ってくれた』


『…………』


『憑依された貴方には、全てが分かるでしょう? 王女といっても、私はけして強くなんかない!』


『…………』


『誇り高きガルドルド帝国の王女なんて……いくら威張ってみても……所詮は普通の子……私はどこにでも居る、ハーブが大好きな普通の女の子……なの』


『…………』


『そんな子が……何度も怯え、くじけそうになる時、いつもそばで力付け、一生懸命支えてくれたのは……ケン……貴方よ』


『…………』


『それどころか! 迫り来る死が少しでも怖くないように、元気が出るように! 素敵な思い出を持って旅立てるよう、貴方はいろいろ考え、頑張って実行してくれたわ! 私の為に!』


『…………』


『ケン! 貴方が……この森から連れ出してくれた……いっぱいいっぱい、様々なものを見せてくれた』


『…………』


『素晴らしい思い出を一緒に作ってくれた……だから私は、とても幸せになれたの!』


『…………』


『いつも私をいたわる、貴方の細やかな思い遣りが凄く嬉しかった! 今だってそう! 嬉しくて、すぐ大泣きしたいぐらいよ! 大声で喜びを叫びたいくらいなのよっ!』


『…………』


 最後に、本音を言い放って、感極まったらしく……

 ベアトリスの美しい碧眼が潤んでいた。

 

 でも……

 俺だってそうだ。

 心がじんと来て、熱くなっていて、何も言えない。


 ずっと黙って、切々と語る彼女の想いを聞くだけで、

 「ぐっ」と拳を固く握り締めていたのである。

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