第19話「一生忘れない!」

 白鳥亭を出た俺とクラリスは、手を繋ぎ、王都の街中を歩いていた。

 今日の移動方法は馬車ではなく、徒歩。


 徒歩の場合……

 例によって、クラリス目当てのナンパが物凄い。

 だが、お約束の『戦慄のスキル』が大活躍。


 俺がひと睨みすれば、ナンパ男達が一目散に逃げて行く……

 まるで某有名ゲームで、モンスターが一切出なくなる魔法と一緒で面白い。


 目的の王立美術館は商業街区の隣にある。

 白鳥亭からは、徒歩にして10分ちょい。

 

 美術館の場所は、事前にふたりで調べてある。

 途中、中央広場を横切って行けば近道らしい。

 昨日もキングスレー商会でマルコ氏へ聞いて、確認済み。

 他の訪問場所も、改めて商会で、位置や道筋を再確認していて抜かりはない。


 俺とクラリスは結構な速足で歩いて行く。

 これくらいの速さで歩くのは、普段農作業もろもろで鍛えている俺やクラリスには朝飯前。

 スキルのお陰で、邪魔な『雑魚モンスター』も出なかったので、全然疲れずに到着した。


「わぁ! 凄いですね」


 クラリスが驚いたのは、美術館の建物を見た為。

 昨日行った王宮には到底及ばないが、何となく雰囲気が似ている。

 俺達の想像以上に大きくて、豪奢な建物だった。


 結構な金を掛けたのだろう。

 そのせいなのか、入館料はひとり銀貨3枚、約3,000円ってところ。

 結構高い。

 俺と同じで入館料が高いと思っているのか、周囲の人影はまばらである。


 まあ滅多に来る場所じゃないし、我が愛する嫁の為。

 窓口でお金を払い、俺とクラリスは早速、美術館の中へと入ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 入館してから、2時間……

 俺とクラリスは美術館を出た。


 館内はこれまた想像以上に広く、全部見るのに結構な時間がかかってしまった。


 だが、「退屈だったか?」と聞かれれば、けしてそうではなかった。

 展示されている絵画や彫刻等々は時代別に分けられており、表現の変遷が分かり易かった。

 さすがに中二病の俺も、芸術に関しては殆ど知らない。

 前世の西洋で展開したバジリカ、ロマネスク、ゴシック、そしてルネッサンスという様式の名を知っているだけ。


 でも俺が見ても面白いと思ったから、万人受けするものを集めたのだろう。

 

 後で、あのレイモン様が名誉館長と聞いて、大いに納得した次第。

 但し、もう少し入館料を安くした方が良いとは思う。


 一方……

 クラリスは眼光鋭く、各美術品を食い入るように見つめていた。

 あまりにも真剣なので、下手に声を掛けられなかった。

 数少ない鑑賞の機会を最大限に活かし、貪欲にいろいろなものを吸収するという波動がビンビン出ていた。


 次に行ったのが、博物館。

 ここは古代遺跡から出た魔道具を中心に展示する施設だ。

 魔法使いではないクラリスだが……

 いにしえに造られた魔道具のデザインが独創的なので、ぜひ見たいと希望してやって来た次第。


 美術館とは違い、クラリスは博物館では大が付くリラックス。

 にこにこして、指を指して、俺へいろいろと聞いて来た。

 俺も古代魔道具について、そんなに知識があるわけではないが、美術品よりはマシ。

 答えられる限り返し、浅い知識の中で教えてあげた。


 ふたりウキウキ気分で博物館を出ると、遅い昼食を摂る。

 グレースから教えて貰ったらしく、クラリスは露店での昼食を希望。

 オーダーしたメニューはその時と同じく、数種類のパテ、肉と野菜のラグー。


 店の傍に設置されたテーブル席に陣取る。

 落ち着いたところで、乾杯。

 冷えたエールをくいっ!

 乾いた喉にしみわたる。


 そして「頂きます!」の合図。

 ふたりで、出来立て熱々の料理を肴に、再びエールをくいっ!


 クラリスはあまり酒が強くはないが、この旨さはたまらないみたい。

 ほろ酔いになり、声が大きくなっている。


「旦那様、エールが凄く美味しいっ! 最高っ!」


「おお、美味いな!」


「はい! 先月ふたりで行った森に湖、そしてこの王都……クラリスは旦那様とした旅を一生忘れません! 絶対に!」


「俺もさ、絶対に忘れやしない!」


「嬉しいっ! 旦那様、大好きっ!」


 盛り上がった昼食後、今度は書店街へ。

 クラリスは何か『探し物』があるようだ。


 数多の書店を見て、熱心に書棚をチェックしていた。

 実際に手に取って中身も見ていた。

 お目当ての本は幸いあったみたい。

 しかしどんな本を買ったのか、俺には見せてくれない、教えてもくれない。

 ちょっと気にはなったが、追及したりはしない。


 先ほど白鳥亭で言っていた『内緒』の事に関係があるって、ピンと来たから。


 最後に……

 こちらもキングスレー商会に教えて貰い、紹介もしてくれた、王都の有名服飾店、数店へ……


 マルコ氏から、『話』はきちんと通っていたらしい。

 一見さんの俺達を、各店の店主は歓迎してくれた。


 こういう時、物事には順序がある。

 少々高価だったが……

 各店では、先に買い物をした。

 お洒落な小物をたくさん、つまり嫁ズへのおみやげを買ったのだ。

 

 お買い物効果で、店主の機嫌が更に良くなったところで……

 店内の装飾をチェックしていたクラリスは、さりげなく服に関しても話を聞いたみたい。

 満足そうな彼女の表情を見れば、知りたい事は、ばっちり聞けたみたいだ。


 最後の服飾店訪問も無事に終わると、もう陽は落ちかけていた……

 外は、うす暗くなっている。


 なんやかんやしているうちに、俺はまたお腹が空いて来た。

 クラリスも恥ずかしそうに、空腹を訴える。

 

 でも大丈夫!

 白鳥亭に戻れば、またアマンダさん特製の、美味しいハーブ料理が待っているだろうから。


 うん!

 今日は楽しく、そして実りあるデートが出来た。

 宿で夕食を摂った後はぐっすり寝て、明日元気で無事に、ボヌール村へ帰れば完璧。

 

 おみやげ等を入れた荷物を抱える俺を見て……

 嬉しそうに笑顔を浮かべるクラリスへ、俺は大きく頷いたのであった。

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