第9話「やんごとなきお方」
「もしかして、商会には、何か特別な事情があるのでは……」
アマンダさんの言葉に俺はピンと来た。
多分、クラリスの絵をお好みになった、『やんごとなきお方』の件だろうと。
正直言って、やんごとなきお方など、俺はかかわりたくない。
……確かに一体誰なんだろうって、我が家では盛り上がった。
クラリスも、自分の作品を愛してくれる『ファン』に、会いたいのかもしれない。
だが一時的とはいえ、クラリスを『お抱えの画家』にしたいと言ったほどだ。
そもそもこのヴァレンタイン王国の貴族は、たまにとんでもない事をするらしい。
俺が経験したのは、例のドラポール伯爵家、今はもう存在しないグレースの実家だ。
3男ウジューヌの歪んだ欲望の為に多くの女性が不幸になった。
我が嫁ソフィことステファニーも、あやうく妾にされるところだった。
いや妾を超えて、人権を一切無視した単なるおもちゃだろう。
普通の親なら、そんなバカ息子の願いなど叶えないだろう。
だけど、権力にモノを言わせて、押し切ってしまう怖ろしさ。
とんでもないと思う……
話を戻せば……
もしクラリスにそのような無体を強要しようとするならば、俺は絶対に許さない。
相手が王であれ、誰であろうと。
但し、安心出来る部分もある。
そういうアホは、基本、とってもせっかちだ。
お抱え画家にしたいという話から、もう結構な時間が経っている。
もし相手が、『本気』ならば……とっくにお呼びがかかっているだろうから。
でも、まあ何となく……このまま放置しない方が良いと、俺の勘が言っている。
「クラリス、ちょっと気になるんだ。疲れているところを悪いけど、これからキングスレー商会へ、行ってみようか?」
「はい!」
夫を信じ、行動を共にする……
愛する嫁の元気な返事を聞き、意思を感じ、俺はきっぱり決めた。
アマンダさんへ頼み、キングスレー商会へ迎えに来て貰うよう、連絡を取ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして……
俺とクラリスは、白鳥亭へ来た馬車に乗り、キングスレー商会へ……
何故か商会の、俺達に対する扱いは以前より遥かに丁寧。
完全にVIP扱いだった。
迎えに来たのは、あの商隊を率いていた男性幹部である。
今更だが名前をマルコ・フォンティという
マルコは深く深く頭を下げる。
「御無沙汰しております。ケン様、クラリス奥様」
「いえいえ、宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
「この度は申し訳ありません、無理をお願い致しまして」
乗り心地の良い馬車に揺られ、到着した商会の本館は……
王都の商業街区でも大きく趣きのある、ひときわ目立つ建物であった。
やはり、すぐにVIPルームへ通された。
うん、超が付く豪華な部屋だ。
さりげなく聞けば、通常は上級貴族が買い物の為に使う部屋だと言う。
まもなく現れたのは……
商会の会頭だという、老齢の紳士である。
濃紺に染められた礼服っぽい、何と呼ぶのか分からない服だが、「びしっ!」と着こなしている。
「申し訳ございません、ケン・ユウキ様。王都へ着いた日にいらして頂くなど、無理をお願い致しまして……私はチャールズ・キングスレー。当商会の会頭でございます」
「初めまして、ケン・ユウキです」
「ケン・ユウキの妻クラリスでございます」
「オベール騎士爵様、イザベル奥様、ケン様と皆々様には、いつも当商会がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
「お世話になっております」
「さて……時間もない事ですし、単刀直入に申し上げます」
「はぁ……」
「…………」
さて……いよいよ本題だ。
チャールズ会頭の話は……予想通りである。
「クラリス奥様のお描きになった絵を、とても気に入っている御方がいらっしゃいます。そのお話はご存知ですよね?」
「はい! マルコさんから聞いています」
「私の絵を、そんなに気に入って頂くなんて、光栄の極みです」
何か、会頭が『御方』とか言ってる。
やっぱりこれって?
超大物って事か。
「その御方に……これから会って頂きたいのです」
「これからですか?」
「急ですね」
「はい! 大変お忙しい御方でして……今回、ケン様から王都にいらっしゃるという連絡を頂き、すぐにスケジュールを調整したのですよ」
おいおい、そこまで言うって、やっぱりとんでもない大物?
と俺が、会頭の次の言葉を待てば、何と!
「ケン様とクラリス奥様が、これから会う御方とは……レイモン殿下です」
「レイモン殿下って? まさか! も、もしかして……」
「だ、旦那様!」
レイモン様の名は聞いた事がある。
というか、しょっちゅう聞く。
この王国ではいろいろな意味で、超が付く有名人だ。
「はい! 国王リシャール陛下の弟君にして、王国宰相を務められる偉大なる御方です」
「「えええ~っ」」
さすがに想定外。
驚いた俺とクラリスの声が重なり、商会のVIPルームに響いたのであった。
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