第14話「最後の望み②」

 ステファニーが『カミングアウト』した場合に心配な点とは…… 


 王都で噂になる?

 いや、様々な可能性を考え、迷いに迷ったけど……

 これはもう、心配しなくて良いだろう。

 

 俺はずっと状況を確認している……

 オベール様からさりげなく王都の様子を聞いたり、ジャンの情報網を使ったりして、王都の様子や動向、人のうわさを徹底的に調べているのだ。


 まず……

 これは失礼な表現なので、もろには言えないが……

 オベール家は、所詮辺境の騎士爵家である。

 いくら最近、寄り親経由で王家から目を掛けて貰っているとはいえ、たくさん居る中小貴族のワンオブゼム。 

 やんごとなき王家ならば、凄く注目もされるだろうけど……


 それに王都でおきたステファニー失踪事件だって……

 事件発生から7年以上が経ち、因縁の宿敵ともいえる元寄り親、ドラポール伯爵家はとっくに取り潰されてもう無い。

 

 王家や他の上級貴族は勿論、元の寄り子達だって、ドラポール家のことを忘れようとしているし、話題にも出さないみたい。

 うるさく騒ぐ奴は……もう居ないのだ。


 つまり、ほとぼりは冷めている。

 

 記憶を失ったステファニーがボヌール村へたどり着き……

 庶民……つまり俺と結婚して暮らした末に……

 変身の魔法が解けて、発見されたと言えば……

 「ああ、そう」って、誰からも薄い返事が返って来るくらいだと思う。

 

 それに……デュプレ3兄弟へカミングアウトした時、「びびっ!」と来た、『悪い予感』だってもうしない。

 なので……安心だと思う。

 だから、残された問題はひとつ。 


「私の望みを実現するのが難しいのは分かるが……唯一心配な点とは何だ? 婿殿」


 オベール様は、またも気付いていない。


 自分の愛娘、ソフィことステファニーは良い。

 

 だが……我がユウキ家にはもうひとり、王都から失踪……

 身分を隠して暮らす、辛い境遇だった元貴族令嬢が居る。

 それもオベール様の元妻が……


「ええ、これって凄く難しい問題です。ソフィがもしもカミングアウトしたら……出自を隠し続けるグレースが……残されたヴァネッサが可哀そうです」


「あ! ああ! そ、そうか!」 


「はい……それにヴァネッサがステファニーに続いて、もしカミングアウトしたら、出るであろう影響がステファニーとは全然違いますから」


「う、うむ……確かに……そうだな……」


 詳しく説明をしたら、さすがにオベール様も顔をしかめ納得。

 『状況』に気が付いた。


 ステファニーはまだ良い。

 単純に失踪したのが、見つかるくらいで済むから。

 結婚相手も、いまやオベール家宰相の俺だし。

 先ほど言ったように、中小貴族の娘なら王都でも話題にはのぼらない。


 しかしヴァネッサは違う。

 失踪した、王都の元名門貴族の娘が、何故ド田舎のボヌール村に?


 という事で、折角封印されているドラポール家の話が、王都の貴族社会では否応なく出るだろう。

 

 その上、結婚相手がまた俺?

 オベール家のステファニーとも結婚しているのに?

 何故?

 おかしくない?

 不自然だろう。

 詳しく調べた方が良くないか?

 結果……事情聴取の為、「オベール様と俺を王都へ呼べ」なんて事になりかねない。


 また話が飛び火して……

 

 じゃあ、ヴァネッサの元夫のオベール様は何て言う? 

 まさか、よりを戻すの?

 

 興味本位レベルだろうが、エモシオンやボヌール村でも噂が広まるのは間違いない。 


「ヴァネッサは今の静かな暮らしを望んでいます。壊されたくないと思っています。更に言えば、親しくなったステファニーと生まれの秘密を共有し、心のバランスを取っていると、俺は考えます」


「むう……」


 オベール様は目を閉じて唸り、唇を噛み締めた。


 ……俺には、分かる……

 この人は……まだグレース、いやヴァネッサを愛している……

 だが元妻が得た新たな幸せを知り、秘めた想いを深く心の底へ沈めたんだ……


 素性を明らかにした愛娘に会いたい気持ちと、もう表には出れない元妻を労わる思い遣り……

 ふたつの気持ちがぶつかって、どうしたら良いか、分からないのだろう……


「はぁ……」


 オベール様は大きくため息をつき、俯いてしまう。

 義理父の気持ちを充分理解しながら……俺は、話を続けて行く。


「ステファニーはヴァネッサに同情して、カミングアウト自体、OKしないかもしれません」

 

 俺の話に同意し、オベール様は頷く。


「うむ、婿殿の言う通り。ステファニーはとても優しい子だ。かもではなく、絶対OKしない、私は確信するよ」


 政略結婚の道具にされたグレースことヴァネッサは、父親にいいように振り回され、ぼろぼろの人生を歩んで来た。


 片や、ソフィことステファニーは人身御供、つまり妾として王都に送られそうになり、ヴァネッサと同じ気持ちを持てた。

 

 だから、かつての宿敵へ優しくなれた。

 同じ貴族の娘として共感を覚えたのだ。


 現在に至るまでの経緯いきさつを考えれば……

 自分だけ幸福になる事を、ステファニーが選ぶわけがない。


 オベール様だって……

 寄り親から出された絶対的な命令とはいえ、愛娘にした仕打ちを、自分に非があると考えている。

 とても、うしろめたいだろう。

 そして、元妻ヴァネッサの幸せを、絶対に壊したくないと思ってもいる……


 であれば……

 弱い立場である自分からは、ステファニーへ「カミングアウトしろ」とは言えない。


「気遣いさせて済まぬ、婿殿……よくよく考えれば、私は我が儘を言える立場じゃない」


「…………」


「私とステファニーとは、婿殿のお陰で秘密裏に親子として再会している。ララは……私の孫と公にせずとも、今のままで充分幸せになれる」


「はい……一旦お伝えして、喜ばせておきながら申し訳ありませんが……全力を尽くしてやってみますとしか……言えないのです」


「分かる、分かるよ。婿殿……」 


「ええ、何か支障が出て、無理が出るようなら……このカミングアウトはやりません。そもそも……家族全員が平等に幸せになるって、とても難しい事だと思います」


 家族全員が幸せになるのは難しい……

 俺の言葉はオベール様へ響いたようだ。


 自分の幸せだけを追求すれば、元妻ヴァネッサは確実に不幸となる。

 結果、愛娘ステファニーも身勝手な父を恨むかもしれない。

 更に……

 やっと築き上げた、イザベルさんとの幸福な家庭にも、何か悪い影響が出る可能性もある。


「いや……婿殿の言う通りだ。うん! 私はもう大丈夫。婿殿の気持ちだけで嬉しい」


「…………」


「お前は私の辛い気持ちを理解し、共有してくれた。男同士で話せば、私の気持ちが晴れると思ったのだろう?」


「…………」


「私も、自分だけではなく……家族全員の幸福を考えよう」


「…………」


 俺が黙って、オベール様の決意を聞いていると、更に……


「私はな、婿殿。もしもお前が居なければ……この城館でたったひとりきりになり、不幸のどん底へ落ちていた筈だ……」


「…………」


「それが今や……素晴らしい妻イザベルをめとり、温かい家庭を築き、可愛い息子も孫も居て、管理地の経営も上手く行っている。寄り親と王家の覚えもめでたい。充分幸福となったのに、これ以上高望みし過ぎてはいけない……改めて、そう思ったよ」


 オベール様には、果たせぬ夢がある……

 最後の望みといえる夢が……

 それは生きているうちに、表だった席で愛娘ステファニーに会い、堂々と本名で呼び、祖父として孫のララを抱く事……


 だが……

 秘めた望みを逆に俺から聞き、更に心の内を話して、すっきりしたのか……

 オベール様は優しい目で、俺を見つめたのであった。

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