第33話「新たな旅の始まり①」

 俺と子供達の、初めての『旅』は終わったが……

 これから新たに、『旅』を始める者も居る。


 そう、領主オベール様とイザベルさんの愛息フィリップである。

 正確に言えば、エモシオンを出た時から彼の初旅は始まっているけれど、ここからが『本番の旅』と言えるかもしれない。


 改めて説明するなら、このボヌール村の俺の家でフィリップは1か月ないし、2か月暮らす。

 更に言うのなら……

 領主の息子ではあるが、敬い奉られ特別扱いされる『お客さん』ではない。

 

 かつて正体を隠したテレーズこと妖精女王ティターニア様が、オベロン様の浮気に悩み、家出して来て働き……

 俺を慕ったアンリがエモシオンから移住する為、事前に村を知り、慣れるべく働いた。

 同様に、フィリップも普通に働く、すなわちひとりの『村民』として暮らすのだ。


 フィリップと俺は、実の兄弟のように接している。

 傍から見て、とても仲が良いと頻繁に言われる。

 

 俺の家族とも、フィリップは身内として上手くやっている。

 今回の旅で、初めて出会った子供達も全く問題はなかった。


 しかし……

 いくら身内とはいえ、勝手の違う他人の家で生活する。

 エモシオンの城館とは、暮らす人々、価値観や生活習慣が全て違う。

 完全なるアウェー。

 緊張しないわけがない。


 ましてやフィリップはまだ6歳の幼児で、初めての遠出なんだもの。

 未知の生活への期待以上に、不安もいっぱいあるだろう。

 だからユウキ家全員で、しっかりフォローはするつもりだ。


 さてさて!

 

 義理父ガストンさんらによる入村の際のチェックが終わったので、俺達は馬車で自宅へ走る。

 もう村内なので、超が付く安全運転を心がける。

 のんびりゆっくりと。

 

 良い機会なので、俺は自分が座る御者席の隣へ、フィリップを乗せてやった。

 今迄乗った事がない、高くオープンな席に座り、彼はとても喜ぶが……

 全く初めての場所に対する不安からなのか、村内のあちこちへ視線を走らせる。


 そんなフィリップの肩を、俺は「ポン!」と叩く。


「心配するな、フィリップ、大丈夫だ」


「あ、兄上」


 そっと触ったのに、「びくっ」と大きく身体を震わせ、俺を見るフィリップ。

 村に到着して、俺の子供達と一緒に安堵し、歓声をあげて喜んでいたのに……

 今や、緊張の極致みたい。


 俺は可愛い弟を安心させる為、笑顔で励ます。

 手も「きゅっ」と握ってやった。


「フィリップ。このボヌール村ではな、……お前はひとりじゃない」


「ひとりじゃないの?」


「ああ、この俺が居るじゃないか。ミシェル姉も含め俺の嫁達、アンリ兄とエマ姉、今回知り合ったタバサ達も居る。他にも城で会っている人が居るぞ」


 知っている者が、大勢居る。

 フィリップは安心し、徐々に落ち着いて来たようだ。


「は、はい! そうですね」


「はっきり言う。これから村で生活していく中で体験するのは、多分お前が知らない事ばかりだろう」


「…………」


「だが、気後きおくれするなよ。さっきも言っただろう? 俺達が居るから、大丈夫、大丈夫」


「は、はい」


「一応、怪我けがにだけは注意しろよ。慣れない事をする際……そうだな、火を起こしたり、刃物を扱ったりとか、家畜なんかの動物に接する時は、特に気を付けるんだ」


「は、はい!」


「もし自分が危ないと思ったら、すぐ作業をストップ。仕事だけじゃなく遊びもな。もし分からなければ、遠慮せず俺や周りに聞け」


「はい!」


「だが後は思い切ってやれ。失敗したって構わない。いつもの通り勉強だぞ」


「勉強?」


「ああ! エモシオンのお城では俺とフィリップ、ふたりきりで勉強するだろう? だがボヌール村では俺だけじゃない、皆と一緒に勉強するんだ」


「兄上だけではなく、みんなと……」


「おう! それに読み書きや武道だけじゃない、働くのも遊ぶのも、この村で暮らす事、全てがお前にとっては勉強なんだ」


「全てが僕にとって……勉強。はい! 分かりましたっ、兄上!」


 よし!

 俺に「はい!」って返事をする時は、いつもの元気なフィリップだ。


 うん!

 良い予感がする。

 フィリップはボヌール村で素敵な経験をして成長し、堂々とエモシオンに帰る事が出来る。


 笑顔を向けるフィリップを改めて励まし、俺、嫁ズ、お子様軍団は自宅へと向かった。


 自宅について、馬車を仕舞い、従士の妖馬ベイヤールを労わってうまやへと入れた。

 彼の帰りを待っていたフィオナが、とても喜んでいる。

 

 実は正体が魔獣グリフォンで、馬に擬態したフィオナ。

 彼女も、すっかり『馬』の生活が板に付いている。

 ベイヤールとはもう完全に……『恋仲』だ。


 お子様軍団も慣れたもので、タバサ以下4名が俺と嫁ズを手伝う。

 ちなみにフィリップも乗馬をするので、馬の扱いにはある程度慣れている。

 ただ城館の馬とは違う、世話の手順だけ覚えようと頑張っていた。


 そんなこんなで、作業はすぐ終わり、荷物を抱えて自宅前へ行くと……

 ソフィとクラリス&留守番組の子供達が、帰還した俺達を笑顔で出迎えてくれたのであった。

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