第16話「素晴らしい教材?」

 翌朝……


 今日はお子様軍団を連れて、夕方までエモシオンの町を見物、否、見学する予定となっている。

 敢えて見学としたのは……

 子供達が町の各所を見て、いろいろと学んで欲しいから。

 いわゆる社会勉強って奴だ。


 昨日、俺達ユウキ家はエモシオンに到着後、寄り道をせず、まっすぐオベール家の城館へと来た。

 なので、今日はじっくりと子供達へ町を見せる予定だ。

 

 さすがに一日で全部回るのは無理だから、正門、市場、アンテナショップ『エモシオン&ボヌール』と回り、アンテナショップのカフェで昼食。

 その後、いくつか選んだ個人商店を回る……

 

 ざっくりだが、そんな予定である。

 まあ臨機応変に対応しようと思っている。


 そして昨夜、その予定を告げたら、フィリップから熱烈な希望が出た。

 ぜひ!

 自分も同行したいと。


 元々、町巡りはユウキ家だけで行う社会科見学のイベントであった。

 フィリップが申し入れをしたのは、お子様軍団と一緒に遊んで、楽しかった影響なのだろう。

 すると……

 驚いた事に、オベール様夫婦までが息子と一緒に行きたいと言い出したのだ。


 正直、少しだけ迷った。

 俺、嫁ズ、我がお子様軍団だけで総勢9人の一個連隊となる。

 ただでさえ人数が多くて目立つのに、俺と嫁ズは町の人に顔が知られてもいた。


 更に……

 この町一番の有名人である領主オベール様一家が入り、護衛も加わるとなれば、間違いなく全部で20人以上となる。

 公的な視察の雰囲気になってしまう。


 え?

 俺もナンバ―スリーの宰相だから、領主と変わらない見られ方だろうって?

 

 いやいや!

 俺が平民で農民だって事も、この町の人は良く知っている。

 

 だから町中を歩いていても、声は掛けられるが、「はは~っ!」って大仰な感じにはならない。

 でもさすがに、3代前から続く領主のオベール騎士爵様が歩くと、町には結構な緊張が走るのだ。


 閑話休題。


 同行をやんわりお断りしようか、迷ったけど、思い直す。

 これはオベール家の思い出作りだと。

 特にオベール様のね。


 よくよく聞けば……

 愛する妻、可愛い息子と3人でエモシオンの町を散歩なんて、これまでにあるようでなかったみたいなんだ。


 だったら、全面協力しようと決めた。

 まあ9人も20人もたいして変わらない……多分。

 どうせ、最初から目立つと思っていたし。


 俺は唯一気がかりな安全面を従士長、カルメン、衛兵隊長と念入りに相談し、領主一家を含めた町見学行きを決めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなこんなで、準備が整った。

 いよいよ城館を出発する。


「宰相、私は出勤だから護衛に加わらん。先にカフェで待っているぞ」


 笑顔のカルメンが手を振りながら、待機している俺達の脇を通り過ぎようとした。

 彼女が出勤というのは、アンテナショップ調理担当としてである。


「おう! 後でな」


「ああ! 今日のランチは、私が存分に腕を振るう」


 さすがに頻度は減ったが……

 副従士長、カフェのシェフと、カルメンは相変わらず二足のわらじを履いていたのだ。

 カルメンの言う通り、今日の昼は彼女が作る料理を食べる予定となっている。


 と、その時。

 反応したのが、レオである。


「ランチ……」


 昨日、オーガ云々のやりとりがあったせいだろう……

 カルメンは、レオをクーガーの息子と意識して、言葉を返す。


「おお、そうだ、クーガーの息子よ。確かレオと言ったな、お前にも美味しい食事を振舞おう。楽しみにするが良いさ」


「…………」


 カルメンの言葉を聞いても、レオは返事をしなかった。

 少し、難しそうな顔をしていた。

 こうなると、カルメンは気になる。


「ん? どうした?」


 すると、ここで母のクーガーが身を乗り出す。

 何を言うのかと、俺も見守っていた。


「カルメン、確かに、お前の料理の腕は素晴らしい」


「な、何?」


 珍しく称えてくれるライバルに対し、カルメンはますます訝し気な表情となった。

 そんなカルメンへ、クーガーは言う。


「レオはな、お前に興味を持った。だから私はお前の事をいろいろ教えたのだ」


「お前の息子が私に興味を?」


「ああ! 今回の旅は子供達にいろいろ経験させ、学ばせるのが趣旨だ。そこで私は昨夜息子に教えた。才能と容姿は全く関係ないのだとな」


「はぁ? 才能と容姿ぃ?」


 ライバルの息子の話から、いきなり飛んだ。

 才能と容姿?

 俺にも意味が分からない?


 カルメンは大きく首を傾げた。

 一方、クーガーはにやりと笑い、話を続ける。


「カルメン、お前はオーガのようにいかつくて、化け物のように強い。だが料理人としても文句なく良い腕を持っている。見かけによらず繊細な料理も難なく作るからな。そうレオへも伝えた」


 オーガ?

 化け物?


 だんだん話が見えて来た。

 しかし、ろくな話ではなさそうだ。

 カルメンは感情が高ぶっているみたい。

 嫌な予感しかしない……


「クーガー! お前、一体、な、な、何を言いたいっ!」


「ふむ……折角、お前が言葉を掛けてくれたのに、息子が返事をしないのは良くない。私から謝る、どうか許してくれ」


 今度は、いきなり謝罪するクーガー。

 それも、深く深くお辞儀をする。


「???」


 カルメンは、またわけが分からず脱力した。

 

 暫し経ち、お辞儀をしていたクーガーは、ゆっくりと顔をあげた。

 まだ話には、『続き』があるらしい。


「しかし、息子が返事をしなかったのには理由がある」


「理由?」


「うむ! レオはお前の凄まじいギャップに葛藤を覚え、心の中で悩んでいたのだ。昨夜聞いた母の教えが正しいのか、どうかとな」


「な! それが才能と容姿は全く関係ないという話になるのか!」


「ははは! そうだ、カルメン。これは子供への教育なのだ。狭いボヌール村だけでは分からないだろう? 世の中は広い。実際お前みたいに見かけと中身が全く違う、想像もつかない、いろいろな人間が居るじゃないか」


「むむむむむ!」


「改めて礼を言う。ありがとう、カルメン。お前は子供達にとっては、最高の教材なのだ。人間勉強のな。レオも今日、ランチを食べたら完全に理解するだろうよ」


 ようやく話が見えた。

 何と!

 クーガーは人間勉強の見本として、レオに対し、カルメンの話をしたのである。

 それも、凄く微妙な例えと説明で……


 再び深く頭を下げるクーガーから、「子供達の役に立った」と言われ……

 理由が理由なので、怒るわけにもいかなくなったカルメンは……

 いかにも悔しそうに、クーガーを睨んでいたのであった。

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