第29話「理不尽な抗議」

「フェルナン・モラクス殿、貴方は一体、対戦相手から何をされたというのです? 教えて頂けますか?」


 俺が腰をとて~も低くして、フェルナンへ、再び聞いたら……


「うむ! よし! ようく聞けよ!」


 ようく聞け?

 礼を尽くした物言いをしているのに、何か、こいつ、相変わらず喧嘩腰だ。

 更に、話し方が完全な上から目線だ。

 身体も、やや後方へ、反り返ってしまってるのは笑えたが……


 成る程!

 そうか、分かった!

 さっきの「騎士として!」とかの物言いで分かる。

 

 自分の相手をする俺が、オベール家の宰相とはいえ……

 こいつは、身分の低い俺、すなわち『農民』を見下しているんだ。


「…………」


 俺が「ぐっ」と悔しい感情を呑み込み、無表情で見れば、

 フェルナンは更に、念押しして来る。


「私は、創世神様がお決めになった高貴な貴族で、誇り高い騎士である。まずはそれを認識しろ! 分かったな?」


「…………」


 俺は、何も言わず黙っていた。

 「はいはい、それで?」という感じだ。

 それに、まずはこいつの主張を全部聞いてやる事にしたから。


 無言の俺を見て、かさにかかってか、フェルナンは攻勢を強めて来る。


「奴はその私に、とんでもない事を仕掛けて来た。先ほど、女の農民が使った手だ」


「女の農民?」


 つい、俺が聞き返すと、


「何だ! もう忘れたのか? 女の方の大会で、しょっぱなやった時だ」


 しょっぱなって……そうか、思い出した。

 我が嫁クーガーが使った『猫騙し』だ。

 

 そして、これも思い出した。

 確か、このフェルナンの対戦相手は……

 隣のジェトレ村在住の、若い鍛冶師だったっけ。

 職業柄、そこそこ良い体格はしていた。

 だが、目の前のフェルナンに比べれば、ふた回りくらい小柄だった。


 組み合わせが決まった時。

 その鍛冶師は「あ~あ」って、がっかりした顔をしていた。

 「俺の戦いはもう詰んじゃったな」という感じで。

 対戦相手は王国じゃあ超有名な豪傑だし、「勝ちは諦めるか」って思っていたんだろう……


 うん!

 何となく、話が見えて来た。

 所詮、俺の想像だけど……


 諦めモードに入っていた鍛冶師は、当然残って、女子の大会を見物していた。

 そして、クーガーとカルメンの対戦を見て、「もしや!」と、思い直したのだろう。

 

 体格では圧倒的に劣ったクーガーが、カルメンに勝ったのを見て、

 自分だって工夫すれば、「フェルナンに勝てるかもしれない」って……

 クーガーの勝ちに対し、運営側の俺達から、何も『物言い』が出なかったから。

 すもうのルールに則ったらしい、この奇策を使えばって……

 それが『猫騙し』……だったのだ。

 

 もし、そうであれば、偉いじゃないか、あの彼は。

 勝負を捨てずに、「何とか強敵に勝つ方法はないか?」って、突破口を必死に考えたんだ。


 俺はとても感心してしまった。

 しかしフェルナンは、憤懣やるかたないという表情で言い放つ。


「あの平民は最低な奴だ。正々堂々と組もうとした私の顔の前で、手をぱちんと合わせた」


「…………」


「大きな音をいきなり出して、私をひるませ、きょこうとしたのだ」


「成る程……」


 やっぱり、鍛冶師が使ったのは『猫騙し』だ。

 間違いない。

 でも、フェルナンの怒りは筋違いだ。


 冷静に考えれば、すぐ分かる。

 『猫騙し』がルールに触れていない事は、良く考えれば理解出来る筈なのだ。

 

 さっきも言ったが、優勝したクーガーが反則負けになっていない。

 そんな事実を見ても、使用不可の技ではないのが、一目瞭然なのに……

 

 俺はそう思ったが、フェルナンの話は続いている。


「当然、私は騎士。そんな子供だましに引っかかりはしない。隙だらけの愚かな女冒険者とは違う」


「…………」


「奴を殴ったのは、けして反則などではない!」

 

「…………」


 この人は……駄目だ。

 百歩譲って、相手が使った技が卑怯だと思っても、殴っちゃ駄目だ。

 笑顔で、相手を捕まえて、土俵外へ余裕で押し出せば済む話じゃないか。

 

「誰が見ても、一目瞭然! 過ちを犯した事を分からせる為に、いわば正義の鉄槌を下したのだろうが! あのような卑怯な手を、それも騎士たる者の顔の目前で!」


 正義の鉄槌って……何、この人?

 ……放っておいたら、フェルナンの語りは止まらない。

 なので、俺はクロージングする事にした。


「フェルナン殿、貴方の話は良く分かりました」


「分かったか! ならば、私の反則負けを即刻取り消し、名誉回復の為、オベール騎士爵家として、公式な謝罪をしろ」


 反則負けの取り消し?

 名誉回復の為、オベール家として公式な謝罪?


 そんなの受け入れるわけがない。

 すもうは、この世界で未知の競技だから、少しは譲歩しようかと思ったが……

 フェルナンの態度は、論外だろう。


「いや、断固拒否します」


 俺がノーと言ったら、フェルナンの奴、驚いている。


「は? 今、何と言った?」


「はい! 貴方の要求を却下します」


「何だとぉ! この農民風情がぁ!」


 ああ、出たよ、とうとう本音が……

 何? 

 農民風情って?

 ホント、失礼な奴だ。

 でも、もう分かったよ。

 貴方という人間がね……


 そう、フェルナンの騎士としての、否、人間としての底が見えて来る。

 『イケメンのカッコイイ騎士』という安いメッキが、「バリバリ」剥がれて来たのであった。

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