第28話「会場混乱」

 俺達がオベール家の城館に到着すると……何やら騒がしい。

 そして、中庭で行われている筈の、男子すもう大会が……行われていない。

 一体、どうしたのだろう?


 すると、見覚えのある従士が『慌て顔』をして、すっ飛んで来た。


「宰相! た、大変です」


 大変?

 大変って何だ?

 何事だ?

 俺とアンリが「外した」間に、何か起こったのか?


 俺は一瞬、『最悪の事』を考える。

 だって従士の慌てようは、尋常じゃない。

 まさか、ちょっとした油断が、とりかえしのつかない悲劇を?


「オベール様達に、何かあったのか?」


 俺が勢い込んで聞けば、


「い、いや! オベール様、イザベル奥様、フィリップ坊ちゃまは無事です。従士長が傍についています。だから、そ、それは大丈夫なんですが」


 大丈夫?

 ああ、良かった!


 俺は少し安心してから、口籠る従士を問い質すと……

 あの超有名な騎士フェルナン・モラクスが、文句を言っているらしい。

 何でも、試合中、いきなり相手を殴ったと。


 今回のルールでは、殴るとか、蹴るとか、打撃は全てが禁止だから、当然反則負けとなる。

 当然、突っ張りも禁止。

 そこが本物の『すもう』とは違う。

 怪我防止の為に、俺の考えた異世界バージョンの、特別なすもうなのだ。


 だがフェルナンは、従士が担当した『行司』の判定に難癖をつけ、反則負けを全く受け入れないという。

 「王国騎士として、受け入れられない。大会の中止を申し立てる!」なんて宣言したらしい。

 その為、会場は混乱。

 男子すもう大会の進行が止まっているようなのだ。


「フェルナン殿は判定を聞き入れず、しまいには、場にいらっしゃったオベール様へ直訴しました」


「ふむ、それで?」


「逆にオベール様も、フェルナン殿の抗議を全く受け付けず……宰相のケンが戻ったら彼と話せと、一切の話を拒否されています……今は、奥様と3人で城館のオベール様の書斎にいらっしゃいます。フィリップ坊ちゃまはこちらも警護付きで自室にいらっしゃいます」


「分かった! すぐ行く。殴られたという、けが人の具合は?」


「そんなに大した事は……顔が結構腫れたので、城館の部屋で寝かせています。さ、さあ! お、お急ぎ下さい!」


 そうか!

 なら、命の危機が伴う、重体とかじゃあないのだな。


 それに急ぐ?

 いや、オベール様とイザベルさんが無事なら、次には『跡取りフィリップ』の、身の安全の確保だ。


「アンリ、フィリップの下へ行け。こんな時だ、万が一何かあったらまずい。警護の従士は居るが、お前が『弟』をしっかり守れ」


「はい!」


 アンリの返事を聞いた瞬間。

 サキが叫ぶ。


「旦那様! 私、クッカ姉を呼んで来る! けが人が居るのなら、治癒士が必要でしょ? まだ見習いだけどサキも一緒に手伝うから!」


 おお、サキよ、ナイスフォローだ。

 クッカが居れば、大抵のけがは治る。

 派手にやらなければ、あくまで普通の一流治癒士だから。

 半人前ながら、助手役としては優秀なサキも居れば、もう万全だろう。


 後は従士や衛兵のフォローに、クーガーも活躍して貰おう。

 豪胆なクーガーなら、慌てる従士の尻を叩いて、会場の混乱を収束させるだろうから。

 うん!

 宰相夫人と言う名目で、この場を仕切らせるのが良い。


 但し、『祭り』で開放的になった町は、外部から来た『不良』もいっぱい居る。

 サキひとりで店まで行かせて、『ナンパ』されたりでもしたらまずい。

 この状況じゃ、俺の転移魔法も使えないし……

 だから、


「おお、そうだな! それにカルメンさん、客人の貴女に頼んで悪いが、サキを守って店まで行き、クッカ、そしてクーガーも連れて来てくれ」


「あ、ああ……」


「クッカが来たら、急ぎけが人の救護を、クーガーには宰相夫人として、従士と共に会場を仕切らせてくれないか?」


 カルメンは店の場所も知っているし、先程店で会ったから、我が嫁ズにも面識がある。

 じっくり話して分かった。

 人柄も………問題ない。

 任せて良い人物だ。


 俺の予想通り、カルメンは最初は少し戸惑いながらも……

 すぐ、快く引き受けてくれる。

 爽やかな笑顔を浮かべて。


「分かった、宰相殿! 了解だ!」


「旦那様、私は?」


 ソフィは、さすがに心配そうだ。

 だがフェルナンという第三者が居る。

 実の娘ステファニーだと名乗って、書斎へ駆け付けるわけにはいかない。


「ソフィはエマと一緒に、とりあえずけが人の様子を確認し、クッカが来るまで、応急処置を頼む!」


「旦那様、分かったわ」 

「宰相、分かりました」


 更に俺は報せて来た従士に、クーガーが来たら彼女の指示に従う事、そして俺が戻るまで会場の座持ちを頼む。

 会場の客へ、「問題なし! 宰相が今、戻り、すぐ事態を収拾すると」と告げよと。


 よっし!

 頼んだぞ、みんな!


 俺はとりあえず城館内へ行って、オベール様夫婦の無事を確認。

 その上で、フェルナンと話そう。

 相手が何故、執拗に抗議をしているのか、ちゃんと聞かないと。


 こうして……

 俺は急ぎ、オベール様の書斎へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 書斎の前には、警護にあたる従士長が居た。

 大丈夫だから、廊下で待機するよう、オベール様に命じられたという。

 早速、俺が到着した事を伝えて貰う。


「オベール様、宰相様がお戻りになりました!」


 で、俺もすかさず


「ケンです! 只今戻りました」


 すると、オベール様も、


「おお、ケン! 戻ったか? さあ中へ入ってくれ」


 俺が扉を開けると、そこにはオベール様とイザベルさん、そしてあのフェルナンが応接の長椅子に座り、厳しい表情で向かい合っていた。

 

 椅子を持って来て、俺は、イザベルさんの傍らに座った。

 オベール様は厳しいままだが、安心したのか、イザベルさんの顔付きが和らいで行く。


「お待たせしました、話を聞きましょう」


 フェルナンは、俺を睨みつけて来る。

 憤怒の表情って、感じだ。

 でも、何なんだ、こいつは?

 冷静沈着な、騎士の筈……じゃないのかよ。


 俺が座ると開口一番、挨拶もしないで、フェルナンが怒鳴って来る。

 凄い、早口言葉で、


「宰相! 私にあんな事をして! すもうなら、騎士への無礼が何でも許されるのか?」


「あんな事? 無礼? 貴方は一体、対戦相手に、何をされたのですか?」


 対する俺は、あくまでも冷静に、ゆっくりと言葉を戻したのであった。

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