第23話「約束と誓い③」

 俺は吃驚した。

 サキも同じく驚いていた。


 大きく深呼吸した後、ジュリエットの顔が、とても辛そうに歪んでいるのだ。

 

 今迄、ずっと耐えていたに違いない。

 だが、もう我慢し切れなくなった、戦女神いくさめがみの激しい感情が溢れている。

 今迄より、もっともっと強い哀しみの波動を感じるのだ。


 ジュリエットは、改めてサキを見た。

 切なそうに、縋るように……

 

『聞いてくれ、サキ! わ、私だって本当はっ! ……良い香りがするハーブを育てるとか、洒落た服を作るとか、美しい絵を描くとか、粋な職人としての技を習得するとか……ケンと一緒に、いろいろ頑張ってみたいっ!』


『ジュ、ジュリエット様…………』


『も、もしも、叶うのならっ! ……サキ! お前のように、ケンと結ばれ、愛し愛され、己の新たな可能性を求め、真摯に生きて行きたいっ』


『…………』


『そしていつかっ! ケンの妻となった女神クッカのように! ケ、ケンの子を! 愛するケンの子をっ! ケ、ケンと私の! ふ、ふたりによく似た! か、可愛い子を授かり、慈しみ、元気に逞しく育てあげたいっ……』


『…………』


『愛する夫、愛する子供……大切な家族に囲まれて、充実した人生を生き、そして死ぬ……ああ! どんなに素晴らしいだろうかっ! 永遠ではなく! たとえ限りある命でも! 私は! 私はっ、そんな人生を送ってみたいのだっ!』


『…………』


 最初に驚き、名を呼んだ後……

 サキは、ずっと黙っていた。

 同じ男を愛した女として……

 瞬きもせずに、ジュリエットを「じっ」と見つめていた。


 そんなサキへ、ジュリエットは訴える。

 強く、強く!

 自分ではどうにもならない運命を、絶対曲げる事の出来ないことわりに定められた、己の厳しい宿命を。


『だが! 叶わぬ! 私の願いは叶わぬのだっ!』


『…………』


『……私には……天界の戦女神いくさめがみとして、永遠に生きる私にはっ! ……創世神様から命じられた、大事な役割があるからっ!』


 ジュリエットは……泣いていた。

 

 普段、凛とした表情しか見せた事のない麗人、戦う時は阿修羅あしゅらのように荒れ狂う……そんな誇り高い天界の戦女神いくさめがみが……

 単なるひとりの、もろい女として、恥も外聞もなく思い切り泣いていた……


『それ故、勝手な事は出来ぬっ! わ、私がぁ、最も望む人生を過ごすのは、到底不可能なのだっ!』


『…………』


 叶わない恋に涙する、哀しい女の本音が、サキの、そして俺の心にも響いていた。

 

 心情を吐露し終わったジュリエットは……

 「ぎりっ」と音が出るほど、歯を食いしばり、無理やり「にっこり」笑う。

 

 そしてサキへ、再び熱いエールを送ったのである。 


『……良いか、サキ! 私の分まで頑張れっ! 良き妻として、日々ケンを愛し、または己がしっかり愛されるよう献身してくれよっ!』


『はいっ!』


『こんな私の想いを、お前に託すっ、頼むぞっ!』


『分かりましたっ! サキはしっかり託されましたっ!』


『お、おお……あ、ありがとう! ありがとうっ! サキ!』


『はいっ! ジュリエット様へお約束しますっ! 良き妻としてっ! 全力でケンを愛し、彼に愛されるよう献身しますっ! 必死に頑張りますっ!』


 心のこもったエールに、真っすぐな目をしたサキが、「しっかり」応えると……

 

 何と!

 3人が居る、宿屋の1階が!

 空間が……ゆがみ始めていた。


 俺には分かった。

 これは……大掛かりな魔法発動の前兆だ。

 多分、転移魔法で違う世界へ、俺の住む世界へ送られるのだ。


『ケン! サキ! いずれ運命の輪が、再び重なり交わり合う時まで……さらばだっ!』


 今迄の辛さが吹っ切れたように、爽やかな笑顔をしたジュリエット。

 大きく手を打ち振る彼女の、凛とした声が響き渡った瞬間。

 

 俺とサキは、意識を手放していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから……

 俺は少し眠っていたらしい。

 

 目が覚めて、気が付けば……

 俺は、ボヌール村へ帰還していた。


 それも自宅で就寝していた筈が…… 

 違う家の部屋に、いつも寝る時の肌着を着た状態で、大の字――仰向けの恰好をしていたのだ。


 時間は、まだ深夜……

 

 窓から月明かりが差し込み、ぼんやりと、俺が寝ている部屋を照らしていた。

 昔から見慣れた天井が、目に飛び込んで来る。


 ああ、ここは……

 俺が初めて、ボヌール村へ来た時に住んだ場所だ。

 

 そう……今はエモシオン在住となった、義理父ジョエルさんの所有する、ブランシュ家の別宅である。

 そして、管理神様の力で人間にして貰った、クッカとクーガーが現れた思い出の場所だ。

 少し前には、アンリにも貸していたっけ。

 今は、確か空き家になっていた筈…… 

 俺は、わざわざこの家へ送ってくれた、ジュリエットの優しい心配りを感じた。


 ジュリエット……

 お前は、本当に素敵な女だよ。

 もしも俺達を自宅に戻せば……

 サキの、いきなりの出現で、嫁ズが驚いて混乱する。

 気遣って、一旦この家へ送ってくれたんだな。


 そして、俺には聞こえる。

 はっきりと!

 ジュリエットが、俺を叱咤激励する声が……

 

 『この思い出のある家で目覚めて、リスタートしろ! サキは勿論、クッカとクーガーへの想いを見つめ直し、初心に戻って改めて頑張れ!』 

 

 ああ、嬉しいよ!

 本当に、ありがとう!

 サキだけじゃなく、俺にも熱いエールを送ってくれて。


 俺がお礼を言った瞬間。

 急に、思い出した。


 ああ、そうだ!

 サキは!

 サキはどこだ!


 慌てて隣を見れば、良かった!

 サキも、ちゃんと居た。

 

 あの宿屋で、一緒に朝食を食べた時の、可愛い法衣ローブ姿で。

 

 それも無邪気な寝顔をして、「すうすう」寝息を立てていた。

 ジュリエットが、上手く運んでくれたのだろう、かすり傷ひとつない。


 俺は、軽く息を吐く。

 唇にはまだ……ジュリエットと交わした、甘く切ないキスの感触が残っている。


 ジュリエット!

 俺も誓うよ。

 

 お前が託してくれたサキを、家族として加え……

 改めて家族全員を、もっともっと愛し大事にする。

 絶対に幸せにする。

 そしてお前の想いも、家族に負けないくらい大事にしよう!

 

 だから……

 必ずまた会おう!

 絶対に!

 約束したからな!


 置いてあった毛布を、眠るサキに「そっ」とかけてやりながら、俺は改めて強く誓っていたのだった。

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