第10話「ぬくもり」

 俺達がチェックインした宿は、1階が食堂となっている。

 夕食を摂ったサキは、満腹して部屋へ戻って来た。

 当然、『幻影』の俺も一緒だ。


 サキは嬉しそうだ。

 「いっぱい」になったお腹を、可愛い手で軽く押さえて、にこにこしていた。


『ああ、ご飯、すっごく美味しかった! ケンの言った通りだねっ』


 焼きたてで「ほかほか」……良い香りのする、やや硬めのライ麦パン。

 肉と野菜をたっぷりじっくり煮込んだ深い味のスープに、黄色がとっても鮮やかなスクランブルエッグ……

 けして贅沢な食事ではなかったが、空腹だったサキは大満足したらしい。


『おお、良かったな』


 俺が笑顔を向けると、何故かサキの表情が暗くなる。


『でも……』


『でも? どうした?』


『……ひとりぼっちで食べる食事は、とても味気あじけないわ』


『そうか?』


『そうよっ! ケンが一緒だったら……もっともっと美味しいし、楽しかったわ。それにケンもお腹空いたでしょ? 私が食べるのを見ただけじゃあ、凄く可哀そうだわ』


 何だ?

 俺に同情してくれてるの?

 心配してくれているんだ……

 

 サキ……お前、少しずつ気遣いが出来るようになったじゃないか?

 大丈夫!

 お前、確実に成長しているよ。

 このまま行けば、ヴァルヴァラ様が来て、引き継ぎしてもOKだ。


 俺は嬉しくなったが、敢えて口には出さない。

 そして、事実を告げてやる。


『大丈夫! 何故か、神様になった俺は、腹が全然空かないんだよ』


 俺がそう言うと、サキは微笑む。

 

『それなら良いけど…………ねぇ、お話ししたいわ』

 

『何を?』


 気になった俺が尋ねると、サキはせがんで来る


『……もっとケンの事を聞きたいのよ。いろいろ話して欲しいの。転生したばっかりの時、どうだったとか……寂しかったでしょ?』


 そういえば……草原では時間がなかったから、お互いに簡単な自己紹介しかしていない。

 俺は単に転生者だって告げただけだし、サキの事情も「さくっ」と聞いただけだ。


 まあ、俺が転生した経緯いきさつを話しても、同じ転生者のこの子なら問題ないだろう。

 どうせ、ヤバイ話は「ぴ~っ」て、遥か遠い天界から自主規制音が入るだろうし……

 なので、OKしてやる。


『ああ……良いよ。俺の話を聞いて、お前が生きる事に対し、前向きになれるのなら』


『うん! 頑張る! 前向きになる! もう死ぬなんて絶対に言わない』


『よし、偉いぞ、サキ。よく言った』


 俺が褒めたら、サキの奴なんと、色目を使って来る。


『だから……ねぇ、ケン……今夜は私と一緒に寝て……ベッドで話そう、寝る時はお休みのキスしようよ』


『ああ、良いよ。俺は幻影だけど、それで構わないなら』


 俺はあっさりOKする。

 どうせ、今の俺は幻影。

 キスどころか、サキに触る事さえ出来ないのだ。

 

 だから、不埒な関係になど、絶対なりません。

 保証する。 


 無邪気なサキは、俺の言葉尻を捉え、面白そうに笑う。


『うふふ、ケンったら。ああ、良いよって言ってばっかりね』


『ははは、確かにそうだな』


 俺が笑うと一転、サキはひどく真剣な表情を向けて来る。


『ねぇ……ケン。私ね、男の子と一緒に寝た事なんてないの……生まれて初めてなの……こう言ったら分かる?』


 男と寝た事がない。

 成る程。

 サキ、お前は身持ちが堅い子なんだな。

 だけど、精一杯の勇気を出してくれたんだ。

 

 それくらい、俺の事を思ってくれているって事か……

 うん!

 お前の言いたい事は、ちゃんと理解したぞ。


『分かるよ』


『だから……ケンには私の気持ちを分かって欲しいの』


『お前の気持ちか……』


『うん……私、ケンが好きよ。強くて頼れるし、いろいろ教えてくれるし……優しい……』


『光栄だよ』


『うう、もう! ケンも私を好きって言ってよぉ』


『お前は可愛い子だよ』


 勇気を出して、サキは『想い』をぶつけて来たのに……

 だが、俺は曖昧にしか答えない。

 

 理由は、はっきりしている。

 今のサキの気持ちは……

 未知の異世界で、頼れるのが俺しか居ないから。

 その為に生じた、一時的な気の迷いかもしれないから。


『もうっ! 私だって!』


 サキはそう言うと、俺を睨み、真っ赤になる。


『何で、こんな恥ずかしい事、いっぱい言えるのか、信じられないんだからぁっ!』


 サキは、じれったそうに叫び、早速ベッドに入った。


『ねぇ、ケン、早くぅ、来てよぉ』


 そして、「ぱっ」と毛布をめくりあげて、隣へ来るよう俺を誘う。

 幻影の俺は、「おずおず」とサキの隣に潜り込んだ。


『ねえ、ケン。お願い、恰好だけでも良いから、サキを抱きしめて……』


『良いよ』


 当然だが、幻影の俺は、サキを抱けない。

 しかしサキは、充分承知した上で、求めて来た。

 

 俺は腕を回してサキを抱いてやった。

 身体がすり抜ける寸前、ギリギリで止めて。

 なので、一見俺が、サキを抱いているようには見える……


『ああ、何か温かい……ケンに抱かれると……ホッとするの、安らぐわ……』


 幻影には……温かさなど無い筈なのに……

 

 抱かれたサキは、気持ち良さそうに目を細めた。

 深い安堵の感情が、はっきりした波動となって伝わって来る。

 そして……サキも大きく手を広げ、幻影である俺を抱きしめたのであった。

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