第20話「いつでも夢を④」

 ジョエルさんが村長引退を宣言して、一か月後……


 例によって、村をあげての盛大な送別会を経て、ジョエルさんフロランスさん夫婦はボヌール村を出発した。

 「いずれ戻る?」という事で、村の自宅は簡単な片づけをしただけで、そのままになっていた。

 ちなみに、エモシオンにおけるふたりの住居は当分、オベール様の城館になるらしい。

 城館イコール住み込みの官舎って事で。

 まあフィリップの爺や、婆や及びアンテナショップのスタッフなら当然かも。

 両親が安全な城館住まいという事で、愛娘のリゼットが安心したのは言うまでもない。


 さてさて、エモシオンまでは俺が駆る馬車で行く。

 けん引するのは、当然従士のベイヤールである。


 大切な義両親をオベール様の城館へ送ると共に、俺はたまった仕事をこなさなければならない。

 オベール家宰相としての様々な政務、フィリップの文武に渡る家庭教師、そして刻一刻と迫るアンテナショップの準備などがあるから。


 今回の同行嫁ズはリゼット、ミシェル、そして護衛役のクーガーである。

 馬車に揺られながら、ジョエルさんとフロランスさんは、何度も後ろを振り向く。

 惜別の表情がうかがえる。

 ボヌール村は懐かしい故郷であり、ジョエルさん夫婦は生まれてからずっと住んでいたもの、無理もない。


 だが……

 無情にも、馬車が進むにつれ、村はどんどん小さくなって……

 終いには見えなくなる。


 するとジョエルさんは、大きくため息をついた。

 そして、


「ケン、今回は無理を言って済まなかった」


 更にフロランスさんも、


「本当に」


 両親の謝罪を聞いて、リゼットが突っ込む。

 少し拗ねている。


「そうよ、私に事前の相談もなかったし、急過ぎるわ」


 愛娘の叱責に対し、ジョエルさんは頭を掻く。


「ははは、済まない。だがな……もうお前達は立派にやっていける。安心して村を任せられる、そう思ったら急に新たな事をやりたくなったんだ……話したら、フロランスは私の背を押してくれたよ」


「そうなの……この人から相談されて……私も大賛成したの。……それに……ねぇ、ミシェル」


 夫に同意したフロランスさんは、ミシェルを呼んだ。


「はい! おばさん」


 返事をしたミシェルに、フロランスさんは笑顔で言う。


「私ね、貴女のお母さんから勇気を貰った。彼女、慣れないエモシオンでずっと頑張って来たから……素敵なお母さんよね」


「褒めて頂き、ありがとうございます」


 ミシェルは笑顔で礼を言い、更に、


「我が母ながら、あの人って根性だけはあります。しかし、ずぶといとか、ずうずうしいとも言えますね」


「うふふ、言うわね。でも私もそう思う。それにイザベルったら、相当変わってる。いくら好きだからって身分違いな領主の奥さんになるなんて、普通じゃ無理。私なら絶対無理」


 どうやらフロランスさんの気合が入っているのは、親友イザベルさんの影響らしい。

 でも親友だからか、物言いは辛らつ。

 容赦なく、イザベルさんの事をいじっている。

 だが、ミシェルも相変わらずの笑顔で調子を合わせている。


「あははっ、それ当たってます。あの人、凄い変人ですから」


 陽気なミシェルの言葉に座がなごむ。


「ははははは」

「うふふ」

「イザベルったら、今頃大きなくしゃみしてるわよ」

「確かに!」


 ここでジョエルさんが勢いよく手を挙げる。

 何か、言いたい事があるらしい。


「ケン、リゼット、みんな聞いてくれ。私は思うんだ。人間って、いくつになっても、どこに居ても、目標を持てる。いつでも夢を持てるってな」


 おお、ジョエルさんが熱い。

 凄く熱い。

 少し前まで……

 俺に村長の仕事を、完璧に『丸投げ』していた人と、同一人物だとは思えない。


 しかし、俺も全く同意だ。

 先日、レベッカと行った王都旅行でも実感した。

 愛する人に先立たれても、前向きに生きるオディルさんを見て。

 改めて夢を持ち、頑張ろうとするレベッカを見て。

 

 帰って来てから、家族会議で、決意を語る嫁ズを見て決めた。

 一生夢を持って、大きな目標を目指し、満足出来る人生を生きたいって決めたんだ。

 ジョエルさんの決意を聞き、改めてそう思う。

 

 俺は不器用だから……

 100%満足出来る人生を送るなんて、絶対に無理かもしれない。

 現に思うように行かず、失敗ばかりの人生だもの。

 でも、生きる事に対し、絶対に手を抜きたくない。

 最後は……オディルさんの言うように、生きるだけ生きて、思い出を抱きながら、眠るように死にたい。

 

「私も言いたい! 聞いてくれる?」


 夫の熱さに刺激されたのか、フロランスさんも熱い。

 灼熱!

 といっても良い、気合を感じる。


「ジョエル同様、私だって燃えているわ。イザベルに負けていられないもの。彼女はエモシオンを素敵な町にしたいって言ってた。ならばジョエルと私でボヌール村をもっともっと素敵な村にする。その為にアンテナショップでボヌール村のアピールをするわ! 一生懸命頑張る、うん!」


 ここでミシェルが釘を刺す。

 ボヌール村の発展とは別に、もうひとつの大事な仕事があるからだ。


「おおっと、待った! 忘れずにフィリップの爺や、婆やもやって頂かないと、お願いします、おじさん、おばさん」


「おお、任せろ!」

「今迄寂しかった分、可愛がってあげるわ! 私達にとってはフラヴィ同様孫みたいなものよ」


「最高最強のおふたりだもの! フィリップ、きっと喜ぶよっ!」


 確信に満ちたクーガーの言葉に、全員が頷く。


 相変わらず真っ青で広大な、快晴の空の下を……

 笑顔満開な俺達を乗せた馬車は、エモシオンに向け、快調に走って行った。


※『いつでも夢を……』編は、これで終了です。

 只今、プロット考案中……

 次回パート再開まで、暫しお待ち下さい。

 今後ともご愛読、応援を宜しくお願い致します。

 皆様の応援が、継続への力となります。

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