いつでも夢を……編

第1話「生まれたっ」

 俺の子を妊娠していたグレースが、遂に出産した。

 ……生まれたのは、丸々太った女の子である。

 

 改めて言うが……

 ドラポール伯爵家令嬢ヴァネッサ改めグレースの出自は、領主オベール様の娘ステファニー改めソフィ同様、永遠の秘密となっている。

 

 なので、表向きは、ふたりとも別人だ。

 過去の記憶も、失った事になっている。

 更に万全を期して、俺の変身魔法で、グレースとソフィの髪色と瞳の色は変えてあるのだ。

 

 ちなみに現在のグレースは、黒に近い濃い茶色の髪、逆に瞳は薄いブラウンである。 

 変身前といえば、髪はパッと明るめな栗色で、瞳は鳶色……

 これだけの差で印象がだいぶ変わり、元のヴァネッサとは分からない。

 

 そしてこの辺鄙なボヌール村に、元伯爵家の美しい令嬢が農民として居る……

 とは、誰も思わないから。


 閑話休題。

 

 生まれた赤ん坊の髪と瞳は、変身前、元のヴァネッサと一緒。

 まあ特徴が違っても、隔世遺伝とか言えば、いいわけは立つ。

 

 更に嬉しいのは、顔立ちも何となくグレース似……だと思う。

 生まれたてだと、顔だけはまだ、はっきりとは分からないけれど。

 まあ、超美人の母親グレースに、全て似て欲しいという、父親おれの願望です。


 出産は、嬉しい事に超が付く安産。

 で、母子ともに健康なのでホッとひと安心。

 サポートも、村の超ベテラン女性――産婆さん及びウチの嫁ズのケアがバッチリだった。

 万が一、母子に何かあったら、神速で俺の上位回復魔法がさく裂するんだけど。

 幸い、今回は杞憂に終わった。


 オギャーと泣く、生まれたばかりの赤ん坊を見て……

 グレースったら、感激のあまり我が子に劣らず大泣き。

 人生最大の大仕事を成し遂げたという、安堵の感情に浸りながら……

 俺を見るグレースの、切ない眼差しがとっても愛しい。


「あううう、旦那様ぁ!」


 俺は「そっ」と、グレースの頭を撫でてやる。

 当然、変なばい菌が付かないよう、ちゃんと綺麗に洗った、清潔な手で。


「おお、良くやった。頑張ったな、偉いぞ、グレース」


 俺の優しい愛撫を受け、またグレースは「わあわあ」と泣いてしまう。


「あ~んっ、ううううう~」


 7人の嫁ズも次々に、グレースを労わる。


「グレース姉、お疲れ」

「良く頑張ったね!」

「赤ちゃん元気よ!」

「グレース姉似で、とっても可愛いわ」

「おめでとう!」

「嬉しいっ!」


「ああ、グレース姉、赤ちゃんとも無事で本当に良かった」


 最後にソフィが締めくくって、お祝い&励ましの言葉も終了。

 涙目のグレースが俺達を見る。

 嬉し泣きだから、泣き笑いって奴。


「旦那様、みんな、わ、私! また夢が叶いました」


 夢が叶った?

 何となく予想は付くけど……

 全員を代表して、俺が問いかける。


「夢?」


「ええ、旦那様。以前王都へ行った時、私、言いましたよね? 最高の結婚相手と巡り合いたいって」


 ああ、当然覚えているさ。

 王都へふたりで旅行に行った際、お前が子供の頃の話を聞いたから。

 でもここは、『お約束』をやらないと。


「おお、聞いたぞ。自分じゃあ最高なんて全然思えないけど、こんな俺で良かったんだよな?」


 俺の答えを聞いたグレースは「ぷっ」と頬を膨らませる。

 

「もう! こんな俺って、今更何言ってるんですか。素晴らしい旦那様に最高の家族、その上、こんなに可愛い赤ちゃんまで授かって………私、凄く幸せ」


 「また夢が叶う」……か。

 

 俺だって、凄くジーンと来た。

 このような場面、だからかもしれないが。

 何て、素敵な言葉だろうって。

 

 達成困難な夢を持ち、それを目標にして一生懸命頑張る……

 前に向かって、一歩一歩ゆっくりでも、進もうとする……

 それが、俺達の人生かもしれないから。 

 

 生きて行くって、何か遠き場所にある、希望に満ちた不確定なものを掴む為……

 不器用でも、頑張って、ひたすら目指して行く事……

 そんな気がする……

 

 生まれてから振り返れば、悲喜こもごも、紆余曲折を経て……

 もしも、その遠き場所にたどり着けたら、素晴らしい達成感で心が満たされるじゃないか。

 そこからがまた、新たな人生の再スタートになるかもしれないし。


 俺が、そんな事をつらつら考えていたら……

 グレースから、ひとつ提案。


「旦那様、みんな……この子の名付け親になって下さい」


 名付け親……

 グレースの夢の結晶……赤ん坊の名付け親になって欲しい……か。

 

 うん!

 愛する家族の夢の成就に、皆の想いも引き寄せられて……

 一緒に幸福になるって、更に素敵だ。


 グレースの申し出を聞いて、俺の気持ちが温かくなる。

 嫁ズも、全員同じ思いらしい。

 皆、優しい笑顔になっているから。


「了解! みんなでいくつか考えるよ。まとまったら事前に相談するから」


「お、お願いします……」


 笑顔だが、少しグレースに疲れの色が見える。

 そろそろ潮時だ。

 傍らの赤ん坊も泣き疲れて、いつの間にか眠っている。


「グレース、そろそろ寝なさい……暫くはゆっくり休むんだ」


「うふ、分かりました」


 伝えたい事を言って、漸く安心したのだろう。

 グレースはゆっくり目を閉じて、赤ん坊と一緒に寝入ったのである。

 

 当然と言うか、やはりと言うか……

 俺はこっそり、グレースと赤ん坊へ、軽度の回復魔法をかけておいたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る