第10話「笑う魔王」

「ええっ!?」

「まおうがないてたのぉ?」

「うそぉ!」

「なんでぇ? なんでなのぉ」


 冷酷非情な怖ろしい魔王が、不思議な事に泣く……

 すれていない、まっすぐな俺の子供達。

 「もしかして嘘泣き?」なんて声が出ないのが嬉しい。


 そして、


「何と、何とぉ! 魔王の正体は、可愛い女の子だったのだぁ!!!」


 両頬にそっと手をあて、リゼットの驚愕ポーズ。

 目が真ん丸、口が小さくポカン状態。


 ああ、こんなリゼットも可愛い!

 我が嫁ながら、凄く可愛い!

 抱きしめたいっ!


 い、いや、違う。

 今はそれどころじゃない。

 だって、泣いている魔王のモデルは……

 クーガーなんだもの……

 

 でもこれって、展開が違う。

 事実ではない。

 となれば……魔王が泣いて……

 クーガーが泣くって……

 結末は……一体どうなる?


 つい、俺も気になって来てる。

 まるで、お子様軍団と同じレベル?


 どんどんどん! どんどんど~ん!


 俺達の「知りたい」という欲求を更に煽るように、リゼットは太鼓を何度も打ち鳴らした。


「これはぁ、一体どうしたというのだぁ? 魔王が超可愛い女の子だと知って、勇者様達はみんなと同じように吃驚したのだぁ。だから~、泣いている魔王に聞いたんだぁ」


 どんどんど~ん!


 そうそう!

 聞いてくれ、泣く魔王にちゃんと聞いてくれ。

 

 だって!

 俺達が知りたいのはその先!

 一体、どうなるの?


「どうした魔王? 勇者様は怪訝な顔をしたぁ! 何故、お前は泣いているのかとぉ……するとぉ、魔王は顔を上げたぁ。そしてぇ、頬をぷくっと膨らませ、口を尖らして言ったのだぁ」


 ああ、リゼットぉ!

 何で?

 良い所でCMが入るテレビ番組みたいに、何故そう、引っ張るの?

 早く教えてくれぇ。


 お子様軍団も、俺と同じ気持ちみたいだ。


「なんてぇ?」

「なにいったのぉ」

「わたし、しりたい、しりたいっ」


 せがむ子供達を見て、リゼットは表情を一転させる。

 寂しそうな顔で……

 ぽつり……


「私は、ぼっち……」


 は?

 何、それ?

 ぼっち……って、何?


 またも、想定外の答えに……

 俺は、まじまじリゼットを見た。

 しかし、彼女はと~っても大真面目。


 やはりというか、場を沈黙が支配する。

 あまりにも意外な答えに……村民が唖然としていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」


 し~ん……村の中央広場全体が静まり返る。


 か~ぁ!


 タイミングが良いというか……

 遠くで、カラスがもの悲しく鳴いた。

 全くの偶然だろうが、物語に哀愁を添える絶妙なタイミングだ。

   

 だがリゼットは、構わず話を進めて行く。


「答えた魔王の声は、すっごく小さかったぁ! だから、勇者様は耳に手をあて、叫んだぁ! お~い、魔王。声が全然小さいぞぉ! 聞こえないぞ~っと、勇者様は聞き直したんだぁ!」


 どんどんど~ん! 


「すると魔王はキッと勇者様をにらんだぁ! 泣いている魔王は悔しそうにぃ、もう一度大きな声で言った、いや! 叫んだんだぁ! 私はぼっちぃ! 手下だけで友達がひとりもぉ、居ないんだぁ! 文句あるかぁ!!!」


「…………」

「…………」

「…………」


 びしびしびし……


 場の空気が、固まっている。

 大人の村民だけではなく、いつもは突っ込みしなくちゃ、気が済まない子供達までもが無言……

 

 ぼっちで寂しい美少女魔王……これって……もの凄い展開だよ。

 怖ろしい魔王の威厳が……台無し。

 良く、あのクーガーが上演を許可したものだ。


 しかし、リゼットのノリは益々良くなって行く。

 

「魔王が叫んだ瞬間! ひゅううううう~……さびし~く風が吹いた……勇者様達が改めて見ればぁ、魔王の言う通りぃ! 周りには誰も居な~い! 魔物はぜ~んぶ、薄情にも魔王を見捨て逃げてしまっていたのだぁ!!!」


 ああ、リゼット。

 身振り手振りが物凄い。

 風を模して、口笛まで使っている。


 そして、お約束の太鼓の連打。


 どんどんどん! どんどんど~ん!


「うわわわあ~ん! 魔王はひとりでず~っと泣いている! 私は寂しいっ! 見たら分かるでしょぉ? 友達が居ないのぉ! 友達がい~っぱい欲しいのよ~っ!」


 泣き真似を交えた、リゼットの迫真の演技。

 

 だが、気になっている。

 それはクーガーの気持ち。

 俺は、彼女が魔王になった悲惨な経緯を知っている。

 不可抗力な部分もあるし、こうやって演目にするのが、許されるのかとも思った。

 折角閉じて治癒した心の傷を、また無理やり開くようなものだから。

 凄く可哀そうだ……


 俺が「そ~っ」と見てみれば……

 クーガーはうつむいている。

 ぶるぶる身体を震わせている。


 え?

 辛い記憶を思い出して、泣いている?

 大変だ!!!

 

 ……い、いや、この波動は!?

 あれ?

 

 ……笑っている。

 あは!

 リゼットの演技を見て、大笑いするのを我慢している!

 ああ、良かったぁ!


 ああ、もう我慢出来ずに笑っている。

 大きな口を開けて。


 クーガーは、もう大丈夫そうだ。

 だが立ち直っていても、今迄以上にい~っぱい優しくしてやろう。

 お前は、決してひとりぼっちじゃないんだぜって。

 

『クーガー……』


 俺はそっと念話で呼びかけた。

 すると、


『ありがとう! 旦那様はやっぱり優しいねっ! 大好きだよ……うふ』


 クーガーは、俺が気遣っていたのが分かっていたみたい。

 晴れやかな、とびきりの笑顔で、元気にVサインを送ってくれたのであった。

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