第9話「大声援」

「さあ、すご~く怒った魔王はぁ、勇者様と女神様を倒そうとぉ!」


 どんどんどん!


「手下の魔物全部にぃ、ボヌール村とよく似た村を、総攻撃するように命じたぁ! これは、怖ろしいぞぉ!」


 どんどんどん! どんどんどん!

 

 ここで、子供達から矢継ぎ早に質問が。


「リゼットママぁ、まおうのてした、まものっておおいのぉ?」

「どれくらいいるの?」

「あんまりおおいとやだぁ」


 子供達の疑問を聞いて、リゼットは「にやり」と笑う。

 俺には全然見せない、よこしまな笑みだ。

 

 もしやリゼットって……

 本気で怒った時、こんな風に笑うとか?

 い、いや!

 あくまで紙芝居の為の演技だろう……と、思いたい。


 俺が一抹の不安を持って見守る中、お子様軍団の質問に答えるリゼット。

 

「うん、魔物の数は凄いぞぉ、10万だぁ! よっし、数えようか? 1、10、100、いやいや全然足りな~いぞぉ、ボヌール村の人達の、何と! 1,000倍だぁ」


「ええっ!?」

「なに、それ?」

「こわいっ!」


 リゼットは指折り数えて教えているが、単に10万と言っても、子供達にはピンと来ない数字だろう。

 だがリゼットはちゃんと表現に工夫をして、とんでもなく多い数だと上手く表現してくれた。


「おお、怖いぞぉ、怖いぞぉ! 魔物の群れはぁ、村の周りをぐるりと取り囲んだぁ! うっわぁ! 緑の草原がぜんぜんっ見えないよぉ。どこもかしこも魔物ば~っかり! もう、ぜ~ったい逃げられな~いぃぃ、村は大ピ~ンチ!!!」


 どんどんどん! どんどんど~ん!


「わらわらわら~と、すっごい数のゴブリン。ずしんずしんずし~ん! とんでもない大きさのオーガがぁ! 村の人間をぜ~んぶ喰ってやるぅと、よだれをたらしながらぁ迫って来たぁ!」


「ぎゃあ!」

「ひいい」

「うわ~ん」

「たすけてぇ」


 子供達は、当然魔物が怖い。

 人間を容赦なく喰い殺す、怖ろしい存在だと知っている。

 これは俺達による、普段のサバイバル教育の賜物だ。

 中途半端に教えていたら、魔物の真の怖さは分からないから。


「そうだ、怖いぞぉ、怖いぞぉ! そしてぇ、い~っぱい居る魔物達のぉ、一番後ろに居るのが魔王だぁ! 翼の生えた、大きなぁ、大きなぁ、怖~いドラゴンに跨って、はははははぁ、村人ぜ~んぶを喰ってやれぇと大笑いをしているんだぁ!」


 リゼットはわざと意地悪く脅す。

 追い討ちを掛けられ、更に怖くなった子供達はもう大泣きだ。


「うわああああん!」

「びえ~んん」

「うぐうぐうぐぅ」


「だがぁ! 大丈夫!!! 安心しろぉ、泣くなぁ、子供達ぃ! 勇者様と女神様は逃げたりしな~いっ! 村を守る為にぃ、懸命に戦うぞぉ!!!」


 ここで俺のリゼット以外の嫁ズが、お子様軍団をフォロー。

 優しく「きゅっ」と抱き締める。

 子供達は皆、嫁ズが大好き。

 だからリゼットの子のフラヴィなんか、実の母親ではないクッカに抱かれて、ホッとしている。

 一緒に抱かれた、お姉ちゃんのタバサも怯える妹を慰めていた。


 そんな中、また太鼓が鳴り響く。


 どんどんどん! 


「勇者様と女神様はぁ、叫んだぁ! 魔物めぇ、村には指一本触れさせなぁい! ぜ~ったい、村を守るとぉ! 迫り来る魔物の群れの前にぃ、立ちふさがったのだぁ!」


「え?」

「てきがおおいのに、たった、ふたりだけ?」

「うわぁ、だめ! ゆうしゃさまとめがみさまが、ま、まけちゃう」


「そうそう魔物は10万、い~っぱい! だが勇者様と女神様にも味方が居たぁ! 旅の途中で仲間にした、犬と猫と馬が加わっていたのだぁ!」


「ああ、それケルだぁ!」

「ジャンもぉ!」

「ベイだっているぅ!」


 子供達は村に居る、俺の従士達をすぐ思い浮かべたようだ。

 ちなみに、ケルはケルベロス、ジャンはまま、ベイはベイヤール。

 

 ……ああ、思い出す。

 リゼットの言う通り、俺とクッカと従士達は、クーガー率いる魔王軍と戦った。

 緑の草原を見えなくするくらい、もの凄い数の大軍と戦ったんだ。


「そうだよぉ、おおあたりぃ! ケルとジャンとベイみたいなぁ、かっこいい犬、猫、馬なのだぁ!」


 どんどんどん! 


「敵はい~っぱい! 味方はたったこれだけぇ! で~も勇者様と女神様はあきらめな~い! ぜった~い勝つぞぉ! またまた大きな声で叫んだぁ! いよいよ魔物との戦闘開始だぁ! さあ、みんな~! 勇者様達を応援してぇ!!!」


 どんどんどん! どんどんど~ん!


 リゼットがひっきりなしに鳴らす太鼓の音に励まされて、子供達は怖さも忘れ、勇者達へ熱い応援を始めた。


「がんばれ! がんばれ! ゆうしゃさまぁ!」

「めがみさまぁ、がんばってぇ!」

「ケルぅ!」

「ジャ~ン!」

「ベ~イ」


「勇者様達はたった5人でぇ! 迫り来る魔物どもへ、まっすぐにぃ、突っ込んだぁ! あああ、無茶だぁ! もうだめなのかぁ? いや! 勇者様は強~い! 女神様も強~い! おおお、ばんばん魔物を倒して行くぅ! そして犬も猫も馬も大活躍だぁ!!!」 


 どんどんどん! どんどんど~ん!


「がんばれぇ、がんばれぇ!」

「まけないでぇ!」

「しなないでぇ!」

「かて、かて、ゆうしゃさまぁ!」


 声援を送り続ける子供達を、更にフォロー。

 嫁ズも声を張り上げる。


「勇者様、女神様、頑張れぇ!」と、クッカ。

「魔王よ、負けるなぁ……いや、勇者様ぁ、勝って、お願いっ!」と、クーガー。

「頑張れ、勇者様ぁ!」と、レベッカ。

「女神様ぁ、お願いします」と、ミシェル。

「みんな、無事でぇ」と、クラリス。

「勝利を掴んでぇ!」と、ソフィ。

「誰も死なないでぇ」とグレース。

 

 他の村民も、いつの間にか話に引き込まれ、大きな声援を送っていた。

 

 ああ、皆の声を聞いていると、戦った記憶が甦る。

 何か……気持ちが熱くなる。

 この場に居る中で、嫁ズ以外は誰も事実を知らないけれど……

 俺のやった事は……少しでも皆の役に立ったんだって感じる。

 

 日々汗をいっぱい流して働く、変化のあまりない、つつましく貧しい生活だけれど……

 こうやって、楽しく幸せに暮らせているから。


 そして……

 来たるべきクライマックスへ向かい、リゼットの口上はますますヒートア~ップ。


「ゴブもオーガも敵じゃな~い! 勇者様達のあまりの勢いにぃ、魔王を乗せていたドラゴンは逃げ出したぁ! 無情にも放り出されぇ、地面にごろごろごろ、転がる魔王ぉ!」」


「やったぁ!」

「いまだぁ!」

「まおうを、やっつけろぉ!」


 拳を握り締める子供達であったが……

 ここで、リゼットの口調が変わる。


「しかぁし! な~んか様子が変だぁ!」


「え?」

「なに?」

「どうしたの?」


 首を傾げる、リゼットの表情が絶品。

 可愛い!

 って、そんな場合じゃないか。

 すんません。


「何とぉ! 転がった魔王が!」


「「「「「魔王が?」」」」」


「めそめそ泣いていたぁ!!!」


 どんどんど~ん!


 魔王が……めそめそ泣く!?

 これは衝撃の展開だ!

 

 全く予想外の展開を聞き、子供達は吃驚して、目を真ん丸にしていたのであった。

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