第9話「不思議な夢」

 今日はオベール様といろいろ話した後……

 青々した芝生が植えられた素敵な中庭において、城館に居る身内全員で美味いお茶を楽しんだ。

 そして、夜……


 真夜中だというのに、俺は今、明るく真っ白な空間を歩いていた。

 ここって、実は現世ではない。

 ……先般、俺も体験した異界だ。

 そう、ふたりの女神、ケルトゥリ様とヴァルヴァラ様により連れて来られた亜空間と同じ世界なのだ。


 ふたりの女神に『楽しく遊んで貰った』後……

 俺は、女神達が使ったこの魔法の有用性を大きく感じた。

 今後何かあった時、絶対に『使える魔法』だと確信したのだ。


 この魔法は、転移魔法と似ている。

 時間と距離を大きくというか、ほぼ無視するように超越しているから。

 加えて、昼間忙しい俺には、夜寝ている間の時間を有効活用出来るので使い勝手が良いのだ。


 こんな時に、魔法に長けた嫁ズが居るのはありがたい。

 魔法の知識なら、俺より深い元女神のクッカと元女魔王のクーガーに、すぐ相談。

 ふたりから貰ったアドバイスを元に、何度も練習、発動。


 そして!

 遂に、他人の夢の中へ入る魔法を会得したのだ。

 そしてもうひとつ、一緒に練習したとんでもない魔法も、発動出来るようになったのである。


 閑話休題。


 「とことこ」歩く俺の視線の先には、地味な紺色の法衣ローブを着て、地に座り込んでいる人物がひとり。

 俺は背後から、気安く声を掛ける。


『親父さん』


『な!? 何だ』


 いきなり声を掛けられ、吃驚して振り返ったのは……昼間散々話したオベール様である。


『む、婿殿!』


 オベール様ったら、またまたどんぐり目となっていた。

 無理もない。

 転生してから、こんな不思議体験ばかりして来た俺は「成る程」と受け入れられる。

 だが、オベール様はこのような経験は殆どした事がないだろうから。


 ここは、早く安心させてやらないと。


『はい! 俺です。そして、ここは異界です。親父さんは今、就寝中なんですが、俺が見ている夢の世界に、貴方の夢を繋いだのですよ』


『は!? ゆ、夢!? これがか? ここは一体どこだ? それに、やけに……リアルだぞ』


『ええ、昼間から驚かせっぱなしで済みません。グレースから始まって、終いにはこんな世界へ連れて来て』


『グレースから始まってって、ああ、ヴァネッサの事だな……むむむ、ならばお前は本当に……婿殿だな? 何かとんでもなく怖ろしい魔物が、私を騙そうとしているのではないのだな』


『ええ、正真正銘、人間の俺です。まあ、これって多分夢魔あたりも使う魔法ですがね』


『はぁ? む、む、夢魔って!? む、む、婿殿ぉ!』


『いえいえ、安心して下さい。もし親父さんを騙そうとする夢魔なら、俺はとんでもない美女に化けますよ。少なくとも、子持ちのさえない男でアプローチはして来ない筈です』


『子持ちのさえない男?』


 オベール様はそう言うと、頭のてっぺんから足のつま先まで俺を見た。

 念入りに3回くらい見てから……漸く笑った。

 納得して、苦笑って感じで……


 頃合いと見た俺は、オベール様を促す。

 この亜空間に、このまま居ても仕方がないから。


『さあ、行きましょうか』


『ど、どこへ?』


『ここです』


 オベール様が質問した瞬間、俺はピンと音を立て指を鳴らしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『え?』


 オベール様、またもやどんぐり目。

 済みません、吃驚させ続けて、本当に。


 指を鳴らした俺の魔法発動と同時に、周囲の真っ白な空間が消え失せ……

 緑の草原の中に、いくつも深い森が混在する広大な土地に、俺とオベール様は立っていたのだ。


 草の香が、爽やかに漂う。

 そして目の前の森の木々には、鮮やかな果実が実っていて、土地がとても豊かである事を示している。

 吹く風も温かく、心地良い。

 遠くで、鳥が鳴く声がしていた。


 周囲の土地は、普段見慣れたボヌール村近辺とは、明らかに違う雰囲気を醸し出している。

 散々練習して造り上げたこの異界が、俺の特訓したもうひとつの魔法。

 空間魔法の最上位版ともいえ、質感を伴う異界を造り出せる究極魔法だ。


『む、む、む、婿殿! こ、こ、ここはどこだっ!? み、見覚えがない土地だ。我が領地ではないのかっ!』


『ええ、ここは俺が楽園エデンに似せて造った異界です』


『エ、楽園エデンだと!? あ、ああ……そ、そうか! た、確かに……この景色は……子供の頃、本で見た挿絵に、良く似ている……』


 オベール様、一旦きょろきょろしてから、納得して大きく頷いていた。

 すかさず俺は、補足説明。


『ええ、ここは俺が造った異界です。だからオーガみたいな魔物や、熊みたいな猛獣なんか一切出ないし、何の危険もありません』


『な、成る程……でも、何故ここに私を連れて来たのだ?』


 尋ねるオベール様へ、俺はにっこり笑う。

 目の前の義父に喜んで欲しい。

 そう願って、この魔法を発動したのだ。


『親父さんが、とってもソフィに会いたがっていたので……俺、この魔法を使いました』


『へ?』


 オベール様が素っ頓狂な声を出した瞬間。

 俺にも聞き覚えが、そして当然オベール様にはけして忘れる事など出来ない声が響いたのである。


『お父様ぁ!!!』


 穏やかな楽園に大きく響くのは、ソフィことステファニーが、愛する父を呼ぶ声だ。


『あ、ああっ! ス、ステファニー!!!』


 ばっと勢いよく振り返るオベール様。

 彼の待ち人は、遂に……来た。


 そう!

 いつの間にか、少し離れた場所にソフィが立ち、父オベール様を呼んでいた。

 ボヌール村で、身重のグレースの世話をしている筈のソフィ。

 

 俺の使ったスペシャルな魔法は、時間と距離を一瞬にして超越していた。

 エモシオンとボヌール村……

 離れた場所で眠る筈の父と娘の夢を繋げ、あっさり再会させていたのである。

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