第5話「襲われた商隊を救え!」

 俺は、従士と共に走った。

 走りながら素早く索敵魔法を使い、襲撃現場の状況を把握する。

 状況を把握したら、転移魔法を使う。

 魔物の群れの虚を突き、背後から奇襲する為だ。

 

 計算通り、俺達は魔物の群れの背後にある雑木林に現れた。

 魔物の群れの正体は……ゴブであった。

 ざっと見て数は約100……馬車4台の商隊を襲っている。

 最近では珍しい『大群』だ。


 さすがの俺でも、何も確認せずに矢鱈と敵へ突っ込みはしない。

 気配を消しているので、ゴブ達は俺達に気付いてはいなかった。

 だが、この状況では攻撃魔法を使えない。

 やたらに撃っても襲われている人々を誤爆する。

 つまり、巻き添えにする可能性があるからだ。


 こうなれば直接、物理攻撃あるのみ。

 以前、ケルベロスとジャンのふたりがゴブの群れと戦った時があるが、今回は俺とベイヤールも加わってのフルメンバー。

 用心するに越したことはないが、相手がゴブ100匹如きなら負ける要素はない。


『行くぜ!』


『『『おう!』』』


 俺の掛け声に従士達が応え、突撃が開始された。


 まずは俺を乗せたベイヤールが走る。

 続いて、ケルベロスが走る。

 最後方をジャンが走る。


 俺達は、あっと言う間に群れへ肉迫する。

 群れの最後方に居たゴブ達が、漸く俺達に気付いたが遅い。

 遅すぎる。


 突進したベイヤールがゴブ達を蹴散らし、踏み躙る。

 人間が居るのでケルベロスは灼熱の炎を吐かず、ゴブを鋭い牙で噛み砕く。

 ジャンが鋭い爪でゴブを「ざくざくっ」と切り裂く。


 肉体的には脆いゴブは、呆気なく血と内臓を撒き散らし、四散する。

 最早、商隊を襲うどころではない。

 大混乱に陥った群れは、逃げまどうばかり。

 

 こうなれば一方的な蹂躙だ。

 だけどゴブを殺すのが、可哀想などと言わないで欲しい。

 俺は捕食者へ、喜んで自分の身を差し出す趣味など無いから。

 ケルベロスではないが、そんな柔い感傷などブタに食わせろだ。


 防戦一方だった商隊の護衛達も、俺達の攻撃を見て反撃を始めた。

 こうなると、挟み撃ちという形になった。

 ……約100匹のゴブはあっさり全滅したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 商隊の人達は、肌が浅黒く彫りが深いエキゾチックな顔立ちをしていた。

 

 明らかに俺達とは人種が違う。

 その中でひとりだけ、俺達と同じ風貌の人間が混ざっていた。

 30歳くらいの男性で栗毛の短髪。

 この人だけがヴァレンタイン王国の人。

 どうやら、通訳を兼ねた案内人らしい。


 その通訳さんが俺達へ話し掛けて来た。

 命が助かった安堵の為か、満面の笑みを浮かべている。


「いやいや本当に助かりました、私はオリヴィエといいます」


「俺はアルセーヌと言います、間に合ってよかったです」


 この場では、当然偽名を名乗る。

 どうせ、この場限りの出会いだ。

 名前など符号に過ぎない。


「ありがとうございました、アルセーヌ様。あのままであれば、私達は馬共々今頃はあいつらの腹の中。考えただけでぞっとしますよ」


「ははは、そんな事は絶対に想像したくないですね」


「仰る通り! アルセーヌ様はさぞ名の通った冒険者様でしょうな?」


「冒険者? いいえ、俺は旅から旅で暮らしている流れ者ですよ。目立つのは嫌いなので冒険者登録もしていません」


 俺がそう言うと、オリヴィエさんは驚いた。

 

「ええっ!? あんな腕がありながらなんと勿体無い! その気になればたくさん稼げるではないですか」


「いえいえ、俺は地道にやるのが好きなのです」


「ほう、変わった方ですな。ええと、私の雇い主は南のアーロンビア王国の商人です。特産品を持って王都まで商売に赴く途中なのですよ」


 アーロンビア王国とは俺達の住むヴァレンタイン王国よりずっと下った南に位置する国である。

 特産の香辛料や綺麗な硝子製品などは貴重品であり、他国で高く売れるのだ。


 ここで商隊の隊長らしい人が俺へ握手を求めて来た。

 

 名前はラムジさんというらしい。

 落ち着いた物腰の逞しい身体の人だ。

 年齢は40代半ばくらいだろう。

 真っ白でゆったりした服を着込み、腰に湾曲した剣――シャムシール刀に似ているが、もう少し刀身が広いものを提げていた。


 ラムジさんはにっこり笑うと、浅黒い肌に白く眩しい歯が目立つ。

 彫りが深い顔立ちで眉毛が濃い。

 渋いイケメンのせいか、いい年をしたおっさんなのに爽やかさ満開だ。


「ラムジさんはぜひ御礼をしたいそうです。それとアルセーヌさんへお願いがあると……」


「御礼なんて要らないですよ。当然の事をしたまでです、そう伝えて下さい」


 俺が言った言葉を、オリヴィエさんが通訳する。

 ラムジさんが険しい顔をしてひと言、ふた言話すと俺のスキルが発動した。

 他国言語理解と会話のスキルである。


 ラムジさんの言い分はこうだ。


「命を助けて貰って御礼もしないのは人として信義にもとる、絶対に譲れない」


 オリヴィエさんがすかさず通訳して首を振る。


「あまり遠慮し過ぎると逆にぎくしゃくしますから……お願いなので受けて下さい」


 じゃあとOKのサインを送ると、金と物両方をくれると言う。

 金の方は金貨100枚、物は香辛料。

 確かに金は貰って嬉しいが、香辛料はもっと貴重である。

 ボヌール村は氷室をつくったお陰で肉などの保存性は他の地域に比べて格段に優れてはいるが、香辛料があると肉の味が全然違って来るのだ。


「ありがとうございます! 特に香辛料が嬉しいです」


 俺が謝意を伝えると、ラムジさんは喜んで更に香辛料をくれた。

 胡椒は勿論、シナモン、マージョラム、フェンネル、カルダモンなど種類も多い。

 前世の生産地を考えると微妙だが、ここは異世界――細かい事は気にしないでおこう。


「ラムジさんが、もうひとつお願いがあると言っています」


 お願い?

 何だろう?


 俺がラムジさんを見ると、彼は意味ありげに微笑んでいたのであった。

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