第110話 「怖ろしき片思い」

 夢魔サキュバスリリアンから、予想外の提案。

 俺は、思わず大きな声を出してしまう。


「はぁっ!? お、お前にキスぅ!」


「そうよ、ケン様! 優しく愛してね、ジュテーム!」


 ジュテーム?

 異世界のサキュバスが、フランス語?

 何なんだ!


「おい、何だよ、ジュテームって……悪いけど、遠慮しとく」


「はぁ? 何故よぉ、私って魅力ない?」


 可愛く、首を傾げるリリアン。

 こいつ、悔しいけど……そそる。

 

 俺の嫁ズは、全員美少女。

 まだ全員10代で、大人の女にはなりきっていない。

 でもこいつは、完全に大人の女。

 雌のフェロモンを、出しまくっている。


 サキュバスの正体は老婆だって話もあるけれど……

 目の前のリリアンは、はっきり 言って超絶美女!


「…………」


 じっとこらえ、黙り込んだ俺であったが、リリアンが慌てて手をぶんぶん振る。


「あ~っ! やっぱ今の取り消し! 無し、無し、無しっ」


 取り消し? 

 無し?

 

 俺はホッとすると同時に、何故か気になった。


「何だよ、それ? 自分から誘って、いや、提案しておいて」


「駄目、駄目、駄目! キスなんかしたら大変! 彼女に殺されちゃう!」


 は?

 彼女に、殺される?

 彼女って、誰だよ……


「…………」


「あらぁ、黙っちゃって……少しはがっかりした? 私みたいな可愛い女子とキス出来なくてさ」


「ノ、ノーコメント」


「うふふ、動揺してる? じゃあ、話を戻してあげるね。そろそろ本題へ入るから」


「本題? 本題ってお前の目的って事か?」


 いよいよ、このリリアンが来た理由が分かる。

 あのような夢を、見せた事も。


「そうよ! じゃあ単刀直入に言うわ。私が来てあの夢を見せたのは……」


「見せたのは?」


 俺の心の中で、太鼓が鳴る。

 だかだかだかだか~!


 そして最後は銅鑼どら、じゃ~ん!!!


「我があるじの魔王様と貴方に結ばれて貰う為でっす!」


「はぁ!? 今何て言った?」


「貴方がね、魔王様と結ばれるって言ったわ」」


 何ぃ!?

 俺が魔王と!?


 あまりにも唐突な!

 嘘だろう?

 リリアンの言葉に、俺は耳を疑った。


 しかし、リリアンはきっぱり言う。


「そう! ケン様にはね、我が愛しの魔王様と結婚して欲しいのよ」


 俺が、魔王と結婚?

 でも……それは嫌だ。

 絶対に嫌だ!!

 

「い、いや、遠慮する。ノーサンキューだ」


「どうして? 魔王様と結ばれれば、強大な力が手に入る。貴方はこの世界を統べる事が出来るのよ」


 世界征服……

 何か昔の悪役の最終目標だ。

 でも、俺には魔王と結婚したくない明確な理由がある。


「いや……魔王って、男だろう? 悪いけど俺、女子が好き。男は愛せないから……念の為」


 しかし、俺の懸念はすぐに払拭された。


「いいえ、女! 我があるじは女子よ、それも飛び切りの美少女魔王なの」


「じょ、女子……何だよ、その美少女魔王って……」


 唖然とする俺に、リリアンは笑いかける。

 相変わらず嫣然とした、男がぞくぞくする表情だ。  


「ええ、魔王様は超が付く美少女よ! 全部は話せないけれど、私が来た理由を話してあげるから」


「分かった! 聞こう!」


 いろいろ聞いたが、謎が……多過ぎる。

 俺は、相手が魔族であるのも忘れ、聞き耳立てて身を乗り出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 居住まいをただしたリリアンは、ずばり言う。


「魔王様はね……ケン様の事が大好きなの!」


 魔王が俺を大好き?

 実感、湧かねぇ……


「はぁ……」


「何、気のない返事をしているの? 勿体ない!」


「だってさ……その魔王って一体誰よ? 俺は全然心当たりがないんだもの」


 リリアンへ伝えた通り、俺は全然魔王を知らない。

 というか、この異世界へ来てから魔王絡みといえば、あれしかない。

 魔王軍自称ナンバー4、ライカンなる変態狼男と配下共を倒したきりだ。


 だが、リリアンは言い切るのだ。


「いいえ、貴方は魔王様の事を昔から知っているの。……ただ思い出せないだけ」


「な? む、昔から知っている? 魔王を?」


「そうよ! だから私があの夢を見せてあげた。魔王様を思い出して貰う為に……普通なら人間をとり殺す夢魔サキュバスが、あんな素敵な夢を見せるのは魔王様の命令ありきなのよ」


「夢を見せるのが命令って、そう言われても……全く分からね~よ。もっとちゃんと説明してくれ」


 俺がもっと詳しく教えるように求めたら、リリアンは意味ありげに笑う。


「えへへ、残念ながらこれ以上は内緒、言えないわ。そう、さっき言った事を訂正しておくわね」


「て、訂正?」


「魔王様が貴方を大好きって事を訂正する」


「???」


 大好きが訂正?

 何なんだ?

 俺は全く意味が分からず「きょとん」としてしまう。


 リリアンは一転、真面目な表情となる。


「大好きどころじゃない! 狂おしいほど好きと言ってけして過言ではない! いつもいつも貴方の事を考えているわ」


「いつもいつも俺の事をって、何じゃ、そりゃ……」


 戸惑う、俺だがはっきり言って怖い!

 可愛い女の子から、一途に思って貰うのはとても素敵だ。

 だが、限度ってモノがあるもの。


「だから」


「だから?」


「ケン様、貴方以外は魔王様の目に入っていない。よって邪魔なものは全て排除すると思うわ」


 排除?

 排除って、まさか!


「そう、この村の人達! 貴方以外の村民は皆、蹂躙され殺される。魔王様の率いる大軍が進撃してね」


「魔王の大軍が進撃!?」


 全く、意味が分からない。

 魔王が、俺を手に入れる為に、大軍を率いて進撃!?

 

 このボヌール村へ?

 そして村民を

 ……皆殺しだと!? 


「ば、馬鹿げてるっ! 何だ、それ!!」


「男の人から見ればそうかもね! でも女は違う! 恋に全てを賭ける女も居るのよ」


「恋に全てを賭ける……」


「そうよ! 言っておくけど……多分、貴方は魔王様には勝てない」


「な、何だと!」


「だからね、一番良い方法は貴方が少しでも早く投降して魔王軍に入る事……そうしたら夫婦一緒に世界征服出来るしね」


「こら! 夫婦一緒に世界征服って何だよ!」


「言葉通りよ、この世界を魔王様が支配するの」


「で、でも世界征服だったら……もし俺が降伏しても、どっちみちこの村を攻めるかもしれないじゃないか」


「あ、言われてみれば、そうね! 魔王様が征服すれば、配下である魔物の大群がこの世界に満ちあふれる。そうなるとこの村もお終い、所詮人間は皆、魔物の餌だから」


「え、え、餌だと!」


「あらぁ、怒ったぁ? でも厳然たる事実……それがこの世界のことわり


 人間が魔物の餌!?


 ふざけるな!

 そんなことわり、絶対に間違っている!

 もしそうだとしても……

 俺は断固抵抗してやる。

 愛する嫁ズを、村民達を必ず守りきってやる!


 俺は、思わず力を入れ、「ぐっ」とこぶしを握りしめた。


「うふふっ! この波動、良いわぁ! 愛する者を守ろうとする、貴方の強い意思を感じるもの……」


「そうさ! 俺は絶対に家族と仲間を守るっ」


「とっても純粋ピュアな心ね、やっぱり私は貴方を好きになりそう……だから特別サービス、魔王軍はね、近々ここへ攻めて来るわ、だから頑張ってね」


 リリアンは笑顔のまま、「ピン!」と指を鳴らす。


 その瞬間!

 美しい夢魔は煙のように消え失せてしまったのであった。

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