第77話 「2度目の奇跡」

『うっふふふ、デートォ、旦那様と楽しいデートォ』


 クッカは、喜びを爆発させていた。

 本当に、楽しそうだ。

 

 空中で華麗に回転したり、ステップを踏んだりしている。

 無理も、ないだろう。

 昼間は、俺と他の嫁ズが「イチャする」のを散々見ているのだ。


 クッカは、俺のそばにいつも居る。

 しかし実体ではなく……本体を天界に置く幻影だ。

 抱き締めようとしても、すり抜けてしまう。

 

 むなしい……


 だけど……

 世の中には、もっと辛い方々も居る。

 会いたくても事情があって、ずっと会えない恋人達も存在する。

 比べたら、「クッカはいつも傍に居てくれるのに、お前は贅沢」と言われそうだ。

 

 しかし、だんだんもどかしくなるのは否めない。

 まるで、男が幽霊になって恋人を守る某映画の逆バージョンだから。


 そんな俺とクッカにある日、『奇跡』が起きた。

 

 何と!

 キスが出来るようになったのだ。

 これは、大きい。

 キスは、『愛の確認行為』だと誰かが言っていた。

 

 俺はこの異世界へ来るまで女子とキスなんかした事がなかった。 

 しかし実際にやってみると、良く分かる。

 お互いの距離が、どんどん縮まった。

 嫁ズは勿論、俺とクッカの距離も……

 

 だけど、解せないのは奇跡が起きた理由だ。

 なので、ある時クッカが管理神様の下へ報告も兼ねて聞きに行った。

 

 さすがに、管理神様は全て把握されていたみたいである。


『ふふふ、ま~良いんでないかい』


 クッカによれば管理神様ったら、含み笑いしながら頷いたらしい。

 「ま~良いんでないかい」って、管理神様……地方出身だね?

 あんた、訛っているよ。

 その言い方は、「ほんわか」していて嫌いじゃないけどね。


 しかし、さすがに分かる。

 こんな鈍感な俺でも、分かるのだ。

 

 管理神様は、絶対に『隠し事』をしている。

 それも俺とクッカに関する何かだ。

 俺が考え事をしていると、クッカが何か物欲しげな目をしていた。


 俺へ頼み事をしたいらしい。

 

『旦那様、お願いがあります』


 ほら、来た!

 何だろう?


『ぜひやってみたかったんです。凄く恥ずかしいのですが……』


 凄く、恥ずかしい?

 キスより、恥ずかしいって事か?

 も、も、もしかして、ベロチュー?


 愛するクッカに、触りたい。

 抱き締めたい。

 「幻影だから仕方がない」無理やり自分を納得させてはいるけれど、恋人または夫である俺には、当然そんな気持ちが強い。

 

 もしも触れたら……健康な男子だから……

 抱き締めて、あれしてこれしてという妄想も逞しい。

 それに比べたら『ベロチュー』なんて凄く健全。


 だけど、今はキスしか出来ない。

 なので、その範疇はんちゅうにおいては最大限の行為だといえる。

 クッカ、君も結構大胆になったのね。


 だから俺も、思わず口に出してしまう。


『クッカ、お前って大胆だね?』


『そんな事言わないで下さい、凄く恥ずかしいですから!』


『分かった、俺も覚悟を決めよう。ほ~ら』


 俺は目を閉じると、思い切って唇を突き出した。

 舌を「ぺろり」と出して。


『…………』


『…………』


 何も起こらないぞ、あれ?

 俺は待つ。

 ひたすら待つが……


『…………』


『……旦那様、目を瞑ってあかんべーして、一体何をしているのですか?』


 呆れたようなクッカの声。

 ありぃ?

 反応が違う。

 もしかして、俺の勘違い?


『へ? ベロチューするんじゃないの?』


『ベロチューなんてするわけがありません、はしたない!』


 あちゃ~、クッカに怒られてしまった。

 ベロチューが、はしたない?

 ああ、そうか。

 クッカはソフトなキスが大好きだったんだ。


 ……俺はベロチューしたかったのに。

 ちょっち、がっくり。


『お願いって言うのはこれですよ』


 クッカはゆっくりと右手を差し出した。


 は?

 何それ?

 手をつなぎ……たいの?


『私と手を繋いで下さい』


『でもさ……すり抜けちゃうよ、多分』


『構いません、良いんです! 旦那様って、他の女子とはいっつも仲良く手を繋いでいますよ。私だって繋ぎたいっ!』


 珍しく、強い口調のクッカ。

 俺を、真っすぐに見つめる眼差しも真剣だ。

 でも、良く考えればクッカの気持ちは分かる。

 とても良く分かる。


 クッカ、やっぱり、他の嫁ズが羨ましかったんだ。

 俺と仲良く、手を繋ぎたかったんだ。

 当然だろうな。


 俺は、勢いよく右手を差し出した。

 形だけでも良い。

 愛に応えたい……

 いじらしいクッカへ、熱い思いを込めて。


 そう、幻影のクッカの、手を握る事など出来ない。

 俺の手は、「すうっ」と通り抜ける筈であった……が!?


 な、何と!

 この細く華奢な……

 そして温かいこの感触は!?


『お、おいっ、クッカ!?』


 俺も驚いたが、クッカはそれ以上に驚いている。


『え、えええっ!? だだだ、旦那さまぁ!?』


 こうなると、俺もクッカに釣られる。

 吃驚して、思わず大声で叫んでしまう。


『そうだよ! て、手を! 手をつなげているぞぉ、おいっ!』

 

『…………』


 クッカは唇を噛み締めながら、もう声を出さずに黙っている。

 あまりの嬉しさに言葉が続かないらしい。

 

 麗しい美女神様は、感動したまま……

 俺をじっと見つめていたのであった。

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