第62話 「いきなりの命令」

「どうしたの、ダーリン」


「旦那様、いきなり何?」


「ふたりとも、し~っ、静かに」


 ど派手少女と目が合って、反射的に顔を伏せた俺。

 レベッカとミシェルは何か様子が変だ、と思ったらしい。

 眉間に皺を寄せ、唇に人差し指を当てて、大きな声を出すのさえ禁じた俺を見れば当然だろう。

 理由わけを知りたいという嫁ズは、不思議そうに首を傾げる。


「ええっと……どうしたの?」


「そうよ、何」


 俺は仕方なく、そっと向こうのテーブルを指差した。


「あっちのテーブルにさ、派手めな若い女の子ひとりに、男が3人が居るだろう。……何か、やばそうなんだよ」


「やばい?」


 このような時、レベッカは『空気読み人知らず』である。

 思いっきり、ど派手少女の方を見ている。

 これじゃあ、俺達が『噂している』のが思いっきりまる分かりだ。


「レベッカ、あまりじろじろ見るなよ」


「あ、ごっめ~ん、ダーリン」


 「あ、ごっめ~ん、ダーリン」じゃあないよ。

 例によってレベッカは誤魔化しポーズの「てへぺろ」状態。

 何だか、最近「てへぺろ」を得意技にしていないか、お前?


 しかし、エモシオンの町へ何度も来ているミシェルは、ど派手少女の素性を知っていた。


「ああ、あの子はオベール様の娘さんだよ、この町では有名な子なんだ」


「何!? 領主様の?」


 オベール様の娘って、領主の娘?

 

 今度は俺が吃驚して、つい大きな声を出してしまう。

 俺のミステイクに対して、今度はレベッカの逆襲だ。


「ダーリンったら、自分で言っておいて、そっちこそ声が大きいよ」


「あ、ごっめ~ん」(てへぺろ)


 俺は可愛い嫁の物真似をしたが、あまり似ていなかったようだ。


「可愛くないわ、駄目!」


 レベッカが俺の「てへぺろ」に対して、すかさず駄目出しをする。

 ……何なんだ。

 その間、向こうのテーブルを見ていたミシェルが声をあげる。


「あれ? あの子こっちへ来るよ」


「何!?」


 やっぱり俺があの少女に目をつけられていたんだ。

 そして……

 ど派手少女は、3人の屈強なお供を連れて俺達の席までやって来た。


「そこの貴方! 名前を言いなさい」


 ええっと……

 俺かなぁ?

 基本的に関わりたくないので、第一次回答として一応、無視してみよう。


「…………」


「何、無視しているの? 名前を言いなさいといっているでしょう、そこの黒髪!」


 ど派手少女は俺に無視されて、少し「切れかけた」ようである。

 怒りの波動が伝わって来た。


「ちょっとダーリン、無視はまずいよ」


「旦那様、そうだよ」


 不穏な空気を感じたのであろう。

 レベッカとミシェルが囁く。

 それに黒髪だったら確かに俺の事か。


「ああ、もしかして俺の事かい」


「もしかして俺の事かいって、当たり前でしょう! さっさと返事をしなさいよ!」


「は~い。俺はケン・ユウキ」


「何、その間の抜けた。返事。ん? ケン? 聞いた事無いし、知らない名前ね。貴方、今はどこに住んでいるの?」


 切れ気味で機関銃のように喋る、ど派手少女。

 突っ込み連続の話し方は、まるで俺が不審者か何かで、厳しく職務質問されているみたいだ。


 こんな時、同じペースで返したら負け。

 のんびり、まったり、答えるにかぎる。


「ええっと、ボヌール村ですけど」


「ボヌール村? あら、じゃあ我が領民じゃない。だったら丁度良いわ」


 我が領民だったら丁度良いって、何が丁度良いのだろうか。


「たった今、決めたわ。貴方、私の下僕になりなさい」


 下僕ぅ?

 この子は何を言っているんだ?

 俺は一発ボケをかましてみる事にした。


「ええっと……そういう貴女はどこのどなたでしょう?」


「貴方! 私を知らないの? この私を?」


 ああ、何か驚いている。

 あのね……「知らないの?」って、

 貴女の知名度はこの町限定、単なる領主の娘でしょう?

 そんなローカルなアイドルは知らないよ、俺。


 怪訝な表情をした俺を見て、ど派手少女は冷水を浴びせられたような顔をした。

 満々な自信を、脆くも崩されたという雰囲気だ。

 そして「今度は間違いなく認識しろ」とばかりに名前をフルで名乗ったのである。


「私はステファニー、ステファニー・オベール。領主オベールの娘よ」


 ご丁寧に領主の娘だと強調するところに、ど派手少女=ステファニーのプライドが垣間見える。

 しかし普段、領主様に全く馴染みのない俺にとっては、どうということはない。


「ふうん…………」


「ふうんって! 何よ、その薄い反応は! 貴方ねぇ! ここはひえ~っとか、うわぁっとか言うところでしょう、もう!」


「えっと……ひえ~っ、うわぁっ……これで良いかな?」


「……貴方、もしかして私を馬鹿にしてない?」


 あ、分かった?

 何てボケをかましている場合じゃない。

 

 どす黒い負の波動が伝わって来たのだ。

 おお、これは怒りの感情だ。

 いかん!

 やり過ぎた。


 俺は慌てて通常会話へ戻す。


「いいえっ! で、俺に何の用でしょうか?」


 ステファニーはこちらに聞えるくらい、大きく息を吸い込んで、吐いた。

 何とか怒りを押えて、クールダウンしたという感じだ。


「まあ良いわ。もう一度言います、貴方、私の下僕になりなさい」


「はぁ? 下僕」


 さっきの命令って……やっぱマジなんだ。

 俺は、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 

 下僕になって、領主の娘に仕える?

 ラノベではよくあるテンプレパターンではあるが、実際に自分が体験すると不思議な感じだ。

 

 ふと考えてしまう。

 もしボヌール村じゃなくて、このエモシオンの町へ先に来ていたら……

 リゼットじゃなくて、このステファニーと出会ってた?

 そうなったら、良くも悪くも俺の運命は大きく変わっていたかもしれないなって。


 そんな事をつらつら考えていたら、ステファニーは何か自分を凄く美化してる。

 こういう子を、ラノベで言う『悪役令嬢』って言うのかな?


「そう下僕よ。貴方はね、この気高く美しい私に一生仕えるの、大変名誉な事なのよ」


「名誉……ねぇ」


「さあ返事をしなさい。まあ聞かなくてもOKなのは分かっているけれど……」


 ステファニーは、完全に自分の世界に入っている。

 もう、自分の価値でしか物事を見ていない。


 だが……


 俺の答えは、既に決まっている。

 後は、言い方の問題だ。


「確かに君は可愛い」


「そうでしょう! このエモシオンの町に私以上の女子なんて居るわけがないわ、さあ返事を!」


「だが、断わる!」


「そう! 喜んで仕えるって言うのは当然よね! あ、あれ……こ・と・わ・る!? へ?」


「下僕なんて、絶対に断わる!」


「こここ、 断わるって!? な、な、な、何なのぉ!」


 思わず、身を乗り出して俺に迫るステファニー。

 意外だけど、吃驚びっくりした顔が結構可愛い。


 そんなステファニーへ俺はきっぱりと言い放つ。


「俺、もう家庭持ちだから。君と遊んでいる暇なんかないんだ、悪いけど」 


「あああ、遊ぶぅ!? 私と遊ぶですってぇ」


 おお、さっきのどす黒い怒りオーラが禍々まがまがしく立ち昇る。


「もう頭に来たわ! アベル、アレクシ、アンセルム、こいつをやっておしまい」 


 ステファニーが片手を挙げると同時に、彼女に付き従っていた男達が俺に向かって来たのであった。

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