第48話 「嫁自慢して良いですか!」

 クラン大狼ビッグウルフを追い払った日の晩……

 俺は……夢を見た。


 おぞましい悪夢とか、けして嫌な夢ではない。

 夢の中に出現したのは……何と!

「帰りたい、帰りたい」と熱望していた、故郷の風景である。

 それも、今は失われてしまったかもしれない、『昔の故郷』の風景なのだ。


 真っ蒼な広い空。

 流れる、白い千切れ雲。


 大きく、ゆっくり流れる川。

 コンクリートではなく、土で出来た高い土手。

 

 猫の額ほどの狭い河川敷。

 ろくに整地されていない野球場。


 イカの干物を餌にして、ザリガニをいっぱい釣った用水路。

 カエルがうるさく鳴き、大小のトンボが飛ぶ小さな池。

 カッコいいカブトムシが、たくさん居る雑木林。

 

 春になると、鮮やかなピンクのレンゲソウが咲く田んぼ。

 もんしろ蝶が飛び遊ぶ畑。

 

 舗装されていない土の道。

 古びた家が、並ぶ町並み。

 その中にある……自分の家。

 今は亡き、懐かしい両親の笑顔。

 

 そして……シーンは変わり……

 俺は、小さな子供に戻って歩いている。

 

 夕焼けに染まった、桜並木のある舗装されていない土手の道をのんびりした気分で歩いている。

 異世界に居る15歳の俺より、もっともっと遥かに小さい、幼児の俺だ。

 

 「あの頃は幸せだったなぁ」と、転生した今の俺が、どこかの高所から見守るように眺めていたのだ。


 あれ?

 どこかから、俺の名前を呼ぶ声がする。

 聞き覚えのある声だぞ。

 

 一体、誰だろう?

 

 そういえば、大昔に何か、約束した気がする。

 とってもとっても!

 凄く大事な、決して忘れてはいけない約束。


 ……だった気がするのだ。

 でも……思い出せない。


『ケン様ぁ! 起きて下さぁい、朝ですよぉ』


 今度は、すぐ近くから誰かが俺を起こしに掛かっている。

 誰だろう?

 んんん……俺はゆっくりと目を開けた。


「わわわっ!」


 俺は、思わず素の大声をあげた。

 目覚めた俺の顔のすぐ前に、横になったクッカの爽やかな笑顔が広がっていたのである。

 おいおい、また近いよ。

 俺の顔とクッカの顔が、たった10㎝くらしか離れていないぞ。

 間近で見ると、やっぱりクッカは可愛い。

 さらさら金髪、宝石みたいな碧眼、桜色した可愛い唇、そして綺麗で真っ白な肌。

 おっぱいも大きいし、最高!


 でも……


 ああ、不思議だ。

 幻影なのに、またもクッカの甘い息がふわっとかかる。


『うふふふ、お早う御座います! ケン様、もう朝ですよぉ。今日は商隊の護衛の仕事で明日出発する準備がいろいろとあるでしょう? 私も陰ながら頑張ってサポートしますからねぇ』


 今朝のクッカは、元気が良い。

 目がキラキラ輝いていて、言葉もはきはきしている。


『おお、お早う。何だ、気合入っているなぁ』


『うっふふふ、なんたって私はお茶汲みのクッカ、ですからね』


 何それ?

 

 気合が入る原因が、『お茶汲み』なのはまったく意味が分からない。

 ただ、はっきりと言えるのは、クッカが朝からえらく張り切っているという事だ。

 まあ……昨夜の事があったから、よ~く気持ちは分かる。

 俺は、クッカのノリに応えてやる事にした。


『ははは、俺の可愛い奥さんよ、これからも宜しく頼むぜ』


『かかか、可愛い? 俺の? ケン様のお、奥さんって!? わわわ、私がっ!?』 


『ああ、俺の嫁イコール奥さんだろう』


『おお、奥さん! わ、私が可愛い奥さん……はにゃにゃ、はふはふはふぅ~』


 ああ、クッカ!

 俺に奥さんと呼ばれた彼女は嬉しさのあまり、何と!

 空中に浮かんだまま、崩れ落ち失神してしまったのだ。


 昨夜の事が本当に嬉しかったんだな、クッカ。

 幻影だから姿は見えないが、俺の嫁になって皆と家族になるというお披露目を兼ねた宣言だもの。

 俺はそんなクッカの姿を見て「この子を絶対に離さないぞ」と、改めて心に決めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こうして……

 俺と嫁達――これからは彼女達を嫁ズと呼ぶ、嫁ズとは昨夜の打ち合せ通りに動き始めた。

 

 まずは、俺にやられて逃亡したクラン、大狼ビッグウルフの代わりに、商隊護衛の契約を取り交わす事。

 

 護衛役として実際、オベール様の町エモシオンに行くのが、俺ケンとレベッカ、ミシェル。

 3人で商隊を護衛してエモシオンの町まで行き、帰りはエモシオンで雇った新たな護衛役と共に、彼等をこのボヌール村まで送る。

 そしてボヌール村からは、新たな護衛役と共に商隊はジェトレ村まで帰還するという段取り。

 この条件で、商隊のリーダーと交渉して、護衛の契約をして貰う。


 商隊護衛の仕事を受けるだけでない。

 俺と嫁達がいずれ始める、村での新生活の準備も、昨夜の打ち合せの内容には入っている。


 リゼットとクラリスは、エモシオンへ行かずに留守番。

 結婚話の村民への根回しと、新居の手配をして貰うから。

 

 そう新居が必要なんだ。

 俺が貰ったジョエルさんの別宅は5人、いやクッカを入れて6人で住むには狭すぎるもの。

 

 幸い、村には空き家が数軒ある。

 

 そのうちのひとつは、数世代の大家族が住めるくらい大きかった。

 その大きな家を、俺達の『愛の巣』として、譲り受けようという話になったのである。

 

 「空き家のゲットは、村長の娘権限で楽勝よ!」

 そう言って、リゼットはにっこり笑った。

 

 またクラリスは、エモシオンの町で、綺麗で丈夫な布を買って来て欲しいと言う。

 得意の裁縫を活かし、俺達全員の格好良い服をバッチリ作ってくれるらしい。

 政治力ならお任せのリゼット、手先が器用なクラリスという立ち位置かな。

 

 嫁ズの才能は多彩である。

 魔法が得意な参謀役のクッカといい、弓の達人で戦闘力抜群のレベッカといい、拳法を体得し経済感覚に長けたミシェルといい……

 ああ、俺の嫁ズって全員頼もしいな。

 全員、超が付く美少女だし。

 前世ではこんな事になるなんて思いもしなかった。

 女性に奥手で至って平凡なこの俺が、自慢出来る嫁をたくさん貰ったのだ。

 堂々と胸を張って自慢したい。


 え?

 まだまだ嫁が、増えるんじゃないかって?

 今の所、全然分かりません!

 これまでだって、全て成り行きだったし。


 でも俺は、いくら家族が多くてもOKという気になって来た。

 結婚したら、子供もどんどん生まれるから、経済的な意味で生活して行くのが大変だろうけど。

  

 今の俺は見た目が15歳……

 でも中身は22歳の俺はもっともっと頑張ろうと、改めて気合を入れたのであった。

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