第37話 「美人母娘」

 万屋という店を、ご存知だろうか?

 

 漢字で万屋と書いて『よろずや』と読む。

 よろずとは全てのもの、もしくはあらゆるものという意味であり、すなわち何でも扱っている小規模な店の事をそう言うのである。

 分かり易く言えば、現代のコンビニみたいな店だ。


 俺が、「ボンキュッボン」のミシェルに、手を引っ張られて連れて行かれたのは……

 ボヌール村にある唯一の商店であり、まさに万屋であった。


「農作業に狩りと来て、次にケンが『研修』して貰うのは私と母さんの店、大空屋おおぞらやだよ」


 ふ~ん、ミシェルの家が、お店をやっているとは知らなかった……

 そして、名前が大空屋か。


 大空屋ねぇ……

 店名を聞いて、つい上空を見上げると、今日も快晴。

 真っ青な空に、真っ白な雲が点在している。

 春の風は爽やかで、俺の頬をそっとくすぐる。

 ボヌール村の空は、来た時からいつも澄み切っていて綺麗だ。

 だから、大空屋なのかな?


 俺の仕草を見たミシェルは、可愛く微笑んだ。


「今、ケンが思った通りよ。死んだ父さんがこの村の青い空が大好きでね。この店に来て大空のように晴々とした気分になれば良いと願って名付けたんだって」


 ふ~ん、中々ロマンチストなお父さんだったんだ。

 俺が「ふむふむ」と聞いていたら、ミシェルが店に向かって大声を出す。


「母さ~ん! ケンを連れて来たよっ」


「は~い! まあ、この子ったら! 殆ど初対面に近いのにもう彼を呼び捨てなの」


 ミシェルに呼ばれ、開店前の店から出て来たのは、一見30歳くらいの整った顔立ちをした美人。

 加えて、スタイル抜群なカッコいい金髪女性だった。

 

 カッコいいというのは、『いき』と言い換えても良いだろう。


 想像して欲しい。

 男物の衣服を、カッコよく着こなす女性がいるじゃない。

 ファッション誌の企画でよくありがちだが、この村の女性陣はモデル並みに美形な上、皆スタイルが良いので、凄くサマになる。


 この村の村民達は基本的にジャーキンという上着、そしてホーズと呼ばれる羊毛製のズボンを履いている。

 元々は農民男性用の衣服なのだが、実用的で共用出来ると言う理由らしく家族間で使いまわしているのだ。

 このスタイルが、普段着兼作業着なのである。

 

 女性に限って、祝い事のある場合のみ、カートルという衣服にエプロンをつけて、頭にはカーチフと呼ばれるヘッドドレスを装着するという。

 ほら、西洋の北の国の民族服みたいな感じ。


 ああ、何か、すっごく可愛いらしい。

 もし俺の嫁ズが着たら……ああ、想像するだけでたまらない。

 ある意味、メイド服に匹敵する可愛さだろう。


 妄想完了!

 そろそろ……話を元に戻そう。


 ようは、店から出て来たミシェルのお母さんも、男性用の農作業着をバッチリ着こなして凄くカッコいいという事だ。


「ふふふ、ようこそ、大空屋へ。私がミシェルの母でイザベルです」


 イザベルさんは、にっこり笑うと、握手の為に右手を差し出して来た。

 美人の笑顔は、やっぱり良いものだ。


 俺も釣られて、にやけ笑顔になると右手を差し出した。


「ジョエルさんが紹介した時は居ましたよね? じゃあ改めまして、ケンです」


「こちらこそ宜しくね、ケン。リゼットをゴブから助けた事は聞いたわよ、貴方、強くて頼もしいわね」


 おお、いきなりの褒め言葉。

 美人に褒められて、嫌だと思う男は居ない。

 絶対に居ない。

 

 その上、イザベルさんは娘同様、ロケットのような胸をしている。

 俺は思わず「ぼうっ」と見とれてしまった。

 でも、突き出た胸を、ずっとは正視出来なくて目を無理矢理そらせた。


「え、え、ええ~とですね。剣と魔法を、ほ~んの少しだけ使いますので……そこそこです」


 こういう時は、威張っても、ろくな事がない。

 謙遜するのが一番だ。


 と、思ったら、傍らに居る幻影のクッカが茶々を入れて来た。


『もう嘘ついて! 昨夜もオーガ23匹、ひゃっは~して、かる~く倒したのはだ~れ?』


『いいじゃんか! 控えめなのは美徳なんだから』


 確かに夢に見た通り、オーガに完璧無双しましたよ俺は。

 だけど自慢したって、

 お前達は「フン! 当たり前」って感じだったじゃないかよぉ。


 しかしクッカが突っ込みをしたのは、俺がイザベルさんに、ぼうっと見とれていたかららしい。


『ちょっと綺麗な女性ひとを見たら、すぐデレデレして、もう知らないっ! その上おっぱいばっかり見て!』


 俺が『おっぱい』に見とれていたのは、しっかりチェックされていた。

 それもクッカに出会った時以上に凝視していた事も。

 

 なので、クッカはとても機嫌を悪くしてしまう。

 

 間違いない。

 完全に、焼き餅だ。

 ここは、しっかりフォローしなければ。


『分かったよ、クッカ。今度デートしてやるから』


『ホント!? 嬉しいっ! 嬉しいっ!』


 俺がデートの約束をしてやると、クッカは空中で小躍りして喜んでいる。

 可愛い奴め。


 俺がいきなりニヤニヤしているのを見て、イザベルさんは不審に思ったらしい。


「どうしたの?」


「な、な、何でもありません」


 慌てて、誤魔化した俺。

 しかしイザベルさんは細かい事を気にしない、ありがたい性格のようだ。


「ふふふ、変な子。思い出し笑いでもしていたの? まあ良いわ、宿の食堂で話しましょう」


「宿?」


「そうなの、ウチの店は宿屋もやっているの。今日はお客が居ないから丁度良いわ」


 大空屋の隣には、同じくらいの大きさの家屋が建っていた。

 それが、宿屋だそうだ。

 

 10人程度が宿泊可能であり、村へ旅人が来た時のみ営業するという。

 イザベルさんが、鍵のかかっていた宿屋の扉を開けて中に入ると、またミシェルが手を繋いだ。


「うふふ、行こう。中で打ち合せしようよ」


 こうして俺は、大空屋の宿屋に入ってミシェル母娘と話す事になったのであった。

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