第20話 「リゼットの打ち明け話①」

 俺の、『村民研修』初日が終わった……

 

 遥か遠くに居た、狼の群れを風の魔法で追い払ってからは……

 仲間と喧嘩したニワトリが、1羽飛んで逃げようとしただけで、さしたる『事件』もなかった。

 

 村民から見れば無事に終わったと見られるだろう。

 実際仕事の終わった俺が、夕日を浴びて正門の方へ向かって歩いていると、今日の作業も含めて、顔見知りになった村の人から次々と声が掛かったから。


「ケン! お疲れ様!」

「初めてだっていうのに、お前畑仕事が上手いな」

「おお、ご苦労さん! 今日は良く頑張ったぞ、坊主!」

「ケンよ、女に優しいお前は、俺の若い頃みたいに恰好良いな」


 どうやら俺が真面目に働いていたのと、クラリスに優しくしたので認めてくれたようだ。

 傍らに立つ、幻影のクッカも目を細めている。


『良かったですね、ケン様。村の方から、気に入って頂けて』


『ああ、死んだ時は、管理神様をほんのちょっち怨んだけれど、この世界も良いと思う』


 昨日来たばかりの、新参者の俺ではあるが、この村の人はとてもフレンドリーだ。

 異世界に、たったひとり放り出されて……

 人恋しかった俺は、感激して涙が出そうになる。

 そして、改めて決意する。

 故郷から遥か遠く離れたこの異世界で……

 俺はリゼットを始め、村の人達と共に生きて行くのだと。

 

 やがて俺は、村の正門へ着いた。

 いつものように、ガストンさんとジャコブさんがしっかり物見櫓ものみやぐらから見張っている。

 あまりにも良い気分なので、俺も思わず冗談を言ってしまう。


「俺、今日は武器、預けなくていいっすよね?」


「お! 一丁前に言うようになったなぁ! なあ、ジャコブ」


「ええ、ガストンさん。ちょっち預かりますか、そしてそのまま、ぽいっと捨てちゃいましょう」


「そうだな、いっそのこと溶かして売っちまうか」


「うわ! 勘弁ですよ」


 俺は腰から提げた剣を、奪われないように押える真似をした。

 その大袈裟な仕草が、門番のふたりには面白かったらしい。


「ははははは」

「ははは!」


「ははっ!」


 俺も、釣られて笑ってしまう。

 前世なら、絶対に無理だった。

 知り合ったばかりの、こんな年上の人と、砕けた会話を交わすなんて。

 そして実感する……

 やはりここは、俺の第二の故郷になるべき場所なんだなと。

 ひと通り会話が終わった後、ガストンさんが頭を掻いた。


「ああ、馬鹿言って忘れてた。さっきからお姫様がお待ちかねだ」


「お姫様?」


「そうだよ、ケン。お前が昨日しっかり守ったお姫様だよ」


 昨日、しっかり守ったお姫様?

 ああ、リゼットか!

 そういえば、怒ってお父さんの脛を、思い切り蹴っ飛ばしてしたなぁ……

 いざとなると凄い子……なんだ。


 俺が門から中に入ると、夕日に照らされた見覚えのある、小柄なシルエットが立ち尽くしていた。


「ケン……様」


 声が、かすれている。

 しょぼんとしている。

 何故か、リゼットに元気がない。

 こんな時は、俺から進んで優しくしてあげないと。


 と、その時。

 俺の後方、空中に浮かんでいた幻影のクッカが、いきなり告げて来たのである。


『私、暫く外しますね』


『え? 外すって? 居たって全然構わないのに……』


『いえ、外します』


 クッカは微笑んでそう言うと、すうっと消えてしまう。

 どうやら、気遣ってくれたらしい。

 結構なヤキモチ焼きかもしれないけど……やっぱりクッカは優しい。

 

 俺は軽く息を吐くと、リゼットに笑顔を向けた。


「ただいま、リゼット!」


 元気良く帰還の挨拶をした俺は、リゼットの名を呼び、思いっきり手を差し出した。


「え?」


 リゼットは、突然の俺の行動に戸惑っていた。

 

 おおっと!

 

 昨日の、リゼットのフレンドリーな態度は、錯覚だったのか。

 だとしたら、俺はとんだ勘違い野郎である。


「あれ? まずい? リゼットがこの前、手をつないでくれたから……俺の思い違いで、馴れ馴れしかったかな?」


「い、いいえっ!!! そんな事はありません!」


 どうやらリゼットは、俺と手を繋ぎたいのに遠慮していたようだ。

 何と、健気けなげな!

 なので、俺は改めて手を差し出した。


「じゃあ、ほら!」


「はいっ!」


 リゼットは、今度は躊躇ためらわなかった。

 嬉しそうに手を伸ばして来る。

 よかった!

 彼女が好意を寄せてくれるって、俺の勘違いや錯覚ではなかったのだ。


 リゼットの様子だと結構な時間を費やして、ここで待っていてくれたようである。


「わざわざ待っていてくれたのかい? 一体どうして?」


「えっと……ケン様。今夜夕飯をウチで一緒に食べませんか? お父さんもお母さんも大歓迎だから」


 飯?

 おお、夕飯の誘いだったんだ。

 そういえば、夕飯の事を全然考えてなかった。

 昼飯は、ラザールさんの飯を分けて貰ったからね。

 それに、昼間の作業や何やらで結構、腹が減っている。

 これは渡りに船だ。


「OK! 喜んでっ!」


「わぁ! よかったぁ!」


 リゼットは余程嬉しかったのか、繋いだ手に「きゅっ」と力を入れて来る。

 俺も同様に軽く力を入れると、彼女は少しほっぺたを赤くしていた。


 ああ、本当に幸せだ。

 俺達は、まるでアツアツ新婚夫婦のように、ぴったり寄り添って歩いていたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――2時間後


 村長邸での夕飯を終えた後、リゼットは俺の自宅に来てくれた。

 つまり今、俺達はふたりきりである。


 若い娘が夜、親公認で俺とふたりきり……

 それって、もしかしたら無言のプレッシャーなのであろうか?


「今夜、私……ケン様にお話したい事があるのです」


「俺に話したい事?」


「はい! 私、とっても心配だったのです。お父さんが余計な事を言うから、ケン様が誰かに取られるかもって」


 お父さん、つまりジョエルさんが余計な事を言うから、俺が誰かに取られる?

 ああ、早い者勝ちとか言ってたな。 

 何だか、妙な雰囲気になって来たぞ。


「昼間、クラリスを助けてあげましたよね、ケン様」


 リゼットは、いきなり「ずばん」と直球を投げ込んで来た。

 え?

 何で知っているの、そんな事。


 俺は慌ててちょっとだけ噛んでしまう。


「あ、ああ……彼女の農作業を手伝ったよ」


「もう、それで確定ですよ」


 いきなり、言い切るリゼット。

 何だろう、それ。


「確定?」


「ええ、クラリス……ケン様の事がひと目で好きになっちゃいました」


 はぁ!?

 クラリスが俺を?

 あんな些細ささいな事で!

 ひとめぼれ?

 馬鹿な?


 俺は、思わずポカンと口を開けてしまう。


「信じられない! ってお顔をされていますが本当です。本人から聞きましたから間違いありません。……クラリスは私の幼馴染で親友ですから」


「…………」


「その話を聞いた時、しまったと思いました。何故農作業の当番をクラリスと代わらなかったんだろうって……私の順番は明日なんですもの」


 リゼットは真っすぐに、熱い視線で俺を見つめて来る。


「この村の男女構成をご覧になって、変だと思いませんでした? 男はおじさんと年寄りばかりで、若い人が誰も居ないんです」


 ああ、それだ!

 俺が、聞きたくて聞けなかった事……


「確かに俺も気付いてた……それって何故なの?」


「はい! 若い男達は数年前の魔物との大きな戦いで半数以上が死に、残りはこの貧しく平凡な村の暮らしが嫌で出て行きました。明日が見えないと言って』


「…………」


「お洒落な都会で商人になるとか、恰好良い冒険者になって、ひとやま当てるんだと……」


「…………」


 ああ、それってよくあるパターン。

 俺が生きていた地球の世界も、この異世界も同じなんだ。

 いわゆる過疎化って奴だ。


「はい……若い男子だけではなく、女子も出て行きました。だけど若い女子の半分だけは残りました。皆、生き馬の眼を抜く都会なんかよりこの村の暮らしが良いと判断して残ってくれたのです」


「そうだったんだ……」


「はい! お父さんは村長という立場上、何とかしたいといろいろ動いているようです。だけどこの平和な村へいきなり変な男の人が入って来ても困る。私達女子はそのような変な男は相手にしないと皆、団結したのです」


 リゼットはここまで言うと悲しげに目を伏せた。


「でもそのような団結は脆くも崩れ去ってしまったのです。原因はケン様、貴方です」


「お、俺? 原因が俺なの!?」


 いきなりのリゼットの指摘に、俺はまた大いに動揺してしまったのであった。

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