第17話 「いざとなれば!」

 ボヌール村全村民への挨拶の後……

 

 俺はリゼットの父、村長のジョエルさんから、その場に残ったふたりの村民を紹介して貰った。

 年齢からすれば従士の大先輩として、ひとりはもう『お馴染み』であるガストンさん。

 普段、彼は同僚のジャコブさんと共に門番を務めており、村の正門脇の物見櫓に陣取りながら、人間魔物含め不審者が居ないかどうか見張っている。

 そして襲撃等、非常時には村の主力戦士として戦う。

 いわば、このボヌール村の保安担当である。

 

 ちなみに非常時にはジョエルさんが隊長、ガストンさんが副隊長となって、そこへ村民から召集された男女の老若戦士が加わり、外敵と戦う体制をとるそうだ。


 もうひとりは、この村の農地や家畜を管理しているという更に老齢の男性である。

 こちらは、村の食糧調達担当というところか。

 祖父とも思えるような年齢差を考えると、礼儀として俺から丁寧に名乗った方が良いだろう。


「改めまして、ケンです、宜しくお願いします」


「ふむ、礼儀はしっかりしているようだ……儂はラザール、はなたれ小僧、宜しくな」


 ラザールさんは推定年齢70代半ばくらいだろうから、確かに今推定15歳の俺は『はなたれ小僧』だ。

 しかしガストンさんもラザールさんも、普段の仕事の影響か、真っ黒に日焼けしている。

 筋骨隆々でもあり超逞しい!

 15歳の俺なんかより断然、生命力に満ちている。

 

「じゃあ、ガストン、ラザール。後の事は頼むぞ。ケン、良いか、ふたりにしっかり鍛えて貰え……あ、いたたた」


 ジョエルさんはそう言うと、さっきリゼットに思い切り蹴られた脛がまだ痛むらしく、足を引き摺りながら引き上げて行った。


 俺は村の仕事をさせて欲しいと志願したから、このふたりが教育係という事になるらしい。

 果たして、どちらから先に教わる事になるのだろうか。

 ガストンさんが、にっこり笑って片目を瞑る。


「長幼の序だ、爺さん。今日は順番を譲るよ」


「ガストンめ、相変わらず口の減らない小僧だ、お前は」


 ははは、確かに俺同様にガストンさんも、ラザールさんから見れば若僧だ。

 だがガストンさんはこんなやりとりに慣れているらしい。

 なので、小僧と言われても「にこにこ」して、冗談を言う。


「いやいや、せっかちな年寄りを待たすと、後がうるさいからな」


「こら! 誰がせっかちだ、生意気言いやがって。そんな事を抜かすお前もあと20年経てば、こうなるんだぞ」


 ガストンさんが20年後にラザールさんと同年齢?

 40代前半かと思っていたガストンさんだが、もう50代半ばという事なのか。

 見た目が若いな~!


 ラザールさんが怒るが、いつもの事らしくガストンさんは意に介さない。


「わ~った、わ~った」


 笑顔のガストンさんは軽いノリで返すと、俺に「ウインク」して手を振った。


「じゃあな、ケン。頑張れよ!」


 俺へエールを送ると、背を向けて、ガストンさんは門の方へ去って行く。

 ガストンさんへ手を振る俺を見て、ラザールさんはぽつりと呟く。


「ふん! 15歳で男の新参者か……」


 ラザールさんは改めて俺を「じろり」と一瞥する。


「うむ! 確かに礼儀正しいし、若くて活きも良い。身体ガタイもそこそこだ。火の魔法も使えるそうだし、ゴブをあっさり倒したそうだから戦いの素質もあるか……現状でこの村に男は足りないし、もしかしたら結構な掘り出し物かもしれんな」


 ぶつぶつ呟く、ラザールさん。

 どうやら、新入りの俺の事を値踏みしているようだ。

 コメントを聞く限り、まあまあの評価らしい。


「ふん! まあ良いだろう、ついて来い」


 ラザールさんは合図をすると、俺に対して村の外へ出るように促したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 村の外へ出ると柵から周囲に結構大きな農地が広がっている。

 良く見ると、農地は3つの形態に分かれていた。


 作物が植わっている農地。

 村民が数人耕す作業をしてうねが作られている農地、そして家畜が遊び、雑草が生い茂っている休耕地らしい3種類である。


 ううむ……


 確か、これは三圃式農業だ。

 農地を春蒔きの大麦・燕麦などの夏麦、秋蒔きの小麦・ライ麦などの冬麦、そして放牧地の3つに区分し、順次耕作して行く農法である。

 目的は農地が『痩せる』のを防ぐ事だ。

 ちなみに休耕地では家畜が放牧され、その排泄物が肥料になり、土地を回復させる効果がある。


 現に目の前の休耕地には簡単な柵が設けられており、ヤギ、ブタとニワトリが放たれているのだ。

 「めぇ~」とか、「ぶうぶう」とか、「こけこっこ~」とか鳴く家畜の姿を見ていたら、心がほんわか温まって来る。

 

 ああ、そうだよ。

 これこそ!

 俺が求めていた故郷の癒しの風景なんだ。


 でも……その反面、何故か冷静に俺は考えてしまう。

 収穫量は少し落ちるかもしれないが、輪栽式農業の方が良いのになぁと

 今は春らしいから問題は無い様だが、三圃式農業の欠点は冬季に飼料が不足する際に家畜の飼育が困難な事にある。

 片や輪栽式農業はひとつの農地に、麦の栽培をメインに、カブ、じゃがいもなどの根葉類、そして土地の力を回復する性質を持つ牧草を、季節に応じて栽培するのが特徴だ。

 こちらであればカブ等の栽培により、冬場に使う家畜の飼料が確保出来るので、牧草による土地の回復、家畜の排泄物による肥料の合わせ技で、効率が格段に良くなるのだ。


 てか、すげ~な。

 何で、俺ってこんな事知ってるの?


 と、その時。


『……オールスキルの中に初期レベル農業従事者のスキルがありますもの、そりゃ分かりますよ』


 この声は……クッカ!!!


 傍らを見ると、ほっぺたを焼いた餅のように膨らませたクッカが空中に浮かび、ジト目で俺を凝視していた。

 朝の事があったから、つい大きな胸に目が行ってしまう。


『あ、ああ、悪い、悪い。ぐっすり眠っていたから起こさなかったよ……』


『私……もしかして』


 いきなりクッカが、顔を真っ赤にして口篭る。

 俺の視線が胸に行ったのを敏感に察知したのか、それとも何か思い当たる事があって聞くのを躊躇っているのか。


『えっと、恥ずかしいけど……勇気を出してお聞きしますね』


『え? 勇気を出してって何?』


 何気なく聞く俺。

 そこへクッカから、とんでもない質問が……


『ケン様さっきから私の胸のあたりをチラ見していますけど……もしかして、私の胸……おっぱい……見ちゃいました?』


『お、お、おおお、おっぱい!? い、い、いや見てないよ、決して』


 俺の脳裏に再び今朝の事が甦る。

 見てはいないが、確かにこぼれて見えそうになっていたからだ。

 だが……「ぺろん」と可愛く出していた小さなお尻は……完全に見た!

 同時に分かる、完璧に。

 もしも、そんな事を言ったら俺を待っているのは確実にデス


『むむむ、とんでもなく動揺していますね、怪しい!』


 またまたジト目で睨む、クッカ。

 ヤバイ。

 俺の態度が、不自然過ぎるのか?

 決めた!

 尻の事は絶対に内緒だが、おっぱいだけは正直に言った方が良いだろう。

 しかし、朝っぱらからどういう話になっているの?


『い、いや、実を言うとこぼれそうになっていたから、起こそうと思ったけど、クッカって幻影ミラージュだろう? 手がすり抜けて起こせなかったんだ』


『…………』


『でも何? どうかしたの』


『……はみ出てました』


 は!?

 ななな、何が!?

 何が、はみ出てたの? 

 もしかして?


『はみ出て……た? はみ乳?』


 俺が聞き直すとやはり『ビンゴ!』であった。


『くううう……恥ずかしいっ! お嫁に行けないっ!!!』


 クッカは真っ赤になったまま、頭を抱えて俯いている。

 しかし――5秒後


『でも……ま、いっか! いざとなればケン様に貰って頂こう、私。うん、決定!!!』


『…………』


『…………』


 ふたりの間に、交錯する沈黙。

 何かとんでもなく凄い事を聞いた気もするが……聞かなかった事にしておこう。


 いや、それより今はラザールさんを講師とした、村の仕事の研修中だろう。

 俺は一体、何をどうすれば良いのだろう?


 そんな事を考えていたら、ラザールさんから指令が下った。

 鉄の刃がついた鍬を持っている。


「おう、ケン! じゃあ畝を作って貰えるか? 道具はこれ、やり方はそこで同じ作業している奴等に聞くように。終わったら呼んでくれ、お前の次の仕事として家畜の見張りを頼むから」


「了解っす!」


「何だ? 慣れて来たらさっきみたいな敬語は無しか? 軽そうな返事だな」


 まあ良いじゃあないですか。

 これが俺の『地』です。

 今後はフレンドリーにお願いしますよ。


 俺はラザールさんへ返事をしないで、黙って「にこっ」と笑ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る