第41話 バクテリア
髪が伸びてきたな。
隣のモジュール6で火薬を作り始めてから2か月が過ぎている。
人工知能がロボットアームで作っているので実感は無い。
JASA本部から実験報告が届いた。
現在、宇宙ステーションのラボでは無重力で火薬が作れるか試している。
サンプルごとに条件を変えて最適な温度などを報告してきた。
その報告によると、最適条件では1年間で火薬が作れるらしい。
火薬作りは土と草と”ウンウン”などを混ぜてバクテリアのチカラを使う。
このバクテリアが特殊なため火薬が通常より早く作れるという。
なんでもチェルノブイリ原発周辺で採れたバクテリアだとか。
放射線を浴びても活動出来る特殊バクテリア。
これがチェルノブイリ原発で発見されたのは、だいぶ前になる。
原発事故の後、環境調査によって偶然発見された。
その特殊バクテリアを利用して放射線耐性薬剤が作られた。
皮肉にも原発事故によって宇宙科学が進歩するとは。
何が幸いするか分からない。
放射線耐性薬剤を飲んでいる俺の体には、特殊なバクテリアがいる。
そのバクテリアが含まれる俺の”ウンウン”が火薬の原料となるわけだ。
1年後には火薬が完成して「ウン・パルスエンジン」は始動する。
一度「ウン・パルスエンジン」を始動させると新たな火薬は作れない。
モジュール6に穴を開けて火薬玉を取り出すので気密性が保てないからだ。
また火薬玉の爆発でモジュール6はダメージを受けるだろう。
「ウン・パルスエンジン」を始動させると数か月で救助船まで到達する。
ひとつ心配なのは速度だ。
「ウン・パルスエンジン」は爆発的な速度なので、減速が難しい。
減速しなければ救助船とランデブー&ドッキングは不可能だ。
探査機を反対方向に向けて火薬を爆発させれば減速は可能だ。
しかし減速に失敗すれば、大きく軌道を外れて救助船は捕まえられない。
そのリスク管理と軌道計算は人工知能が得意としている。
人工知能に言わせればハイリスクだが、じっと待つよりは良いとのこと。
たしかに地球から5年の位置に止まっていても救助は絶対に間に合わない。
とにかく今は救助船に近づくことだ。
(救助船といっても人間は乗っていない。
事故直後に地球から打ち上げられた同型のモジュール3個だ。
食糧と燃料が乗っているので、乗り移りさえすれば帰還出来る。)
だいぶ髪が伸びたので電気バリカンでスポーツ刈りにした。
俺の飲んでいる放射線耐性薬剤は「ひよこのり」に含まれている。
ふりかけを美味しく食べることで特殊バクテリアを摂取できるのだ。
この技術は原発の廃炉作業にも応用され始めている。
高放射線下で人間が働くために欠かせない技術だ。
宇宙技術の進歩が地上の産業にフィードバックされる例は多い。
だとしたら俺のスポーツ刈りにも意味はあるのかな、と思った。
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