第37話 宇宙ヨット

青い海で船が遭難した時は魚でも釣って優雅に救助を待つんだが。


俺の乗る探査機「はやふさ9号」は現在、地球から5年の位置で停止している。

船の遭難に例えて、落ち着いて考えてみよう。

「はやふさ9号」の10個のモジュールのうち8個は大破して沈んでしまった。

今は2個のモジュールを連結してボートで浮いている状態だ。

救難信号は出している。

幸い地球との通信は太陽光発電を使っていて心配ない。

水はリサイクルシステムによって無限に使える。

食糧は2年分。

こう見ると、わりと余裕があるな。

しかし救助船が来るのが5年先だから食糧が決定的に不足している。

イオンエンジンの燃料はゼロだ。

燃料のキセノンガスは衝突回避のため一気に使ってしまった。

遭難場所は判明しているが、救助しにくい位置で止まっているヨットというわけだ。


海上ならば風を受けてヨットのように進めるのに。

宇宙ならば宇宙ヨットだ。

宇宙ヨット。

過去の記録を調べて宇宙ヨットが実現可能かを自分なりに検討した。

宇宙ヨットは風のかわりに太陽光をセイルに受けて推進する。

小さな推進力だが、無限に得られる太陽光を使うため長距離には向いている。

モジュールの不要部品を使ってセイルを自作できないか?

太陽光を受けられる薄い膜のようなもの。

その膜を張る支柱のような部品があれば。

ロボットアームが生きているので宇宙空間で工作できるはずだ。

宇宙ヨットをこの場で作り少しづつでも推進して救助船を捕まえたい。


地球のJASA本部も同じことを考えていた。

俺が宇宙ヨットを提案すると、すぐに可能性について返答が来た。

まず、俺が住むモジュール8の部品は使えない。

このモジュールを解体してしまうと生命維持に支障がある。

まあ、当たり前か。

では隣の古いモジュール6は使えないだろうか。

隣のモジュールを解体してセイルを作るのはどうか?

これも難しいらしい。

全て不要部品を使い切ったとしても、小さなセイルしか作れない。

小さなセイルでのろのろ進めたとしても2年で救助船まで到達出来ない。

隣のモジュール6の部品だけでは満足なヨットが作れないということだ。

ただし、ふたつのモジュールの部品を全て使えばなんとか到達できる。

しかしそれでは俺の乗るモジュールが無くなるのでナンセンスだ。

不用部品利用の宇宙ヨット自作は難しい。


白米と「ひよこのり」をモサモサ食べながら考えていた。

・・・しかし太陽光で進むヨットとはチマチマしてるなあ。

もっとガッツリ進める方法は、ないものか?

ギュイーンと一気に進める方法はないものか?

ワープのように一瞬で進める方法はないだろうか?

残念だが現代の科学ではワープ航法は発明されていない。


ノート型PCで調べるうちに面白い航法を検索した。

「核パルスエンジン」だ。

オリオン計画の「核パルスエンジン」。

1950年代のアメリカで実現しなかったオリオン計画というものがある。

これは宇宙船の後部に核爆弾を投下して爆発させる。

その衝撃によって宇宙船が前に進むという計画だ。

宇宙船には核爆弾の衝撃を受け止める巨大シールドを後部に付けている。

あ、ダメか。

この「はやふさ9号」に、そんなシールドは無い。

間近で核爆発が起きればモジュールごと完全に破壊される。

核爆発を受け止めるシールドは巨大なものになる。

そして大量の核爆弾を積むため宇宙船も巨大になる。

オリオン型宇宙船は核爆弾を数十万個積み、町をひとつ乗せられる大きさだそうだ。当時オリオン計画が実現しなかった理由がよく分かるよ。


ふーむ。

そもそも探査機「はやふさ9号」には核爆弾を積んでないのでね。

核爆弾どころか核燃料も積んでいない。

電力は太陽光発電だし、推進はキセノンガスだけだ。

他に燃料に使えるものは積んでいない。

近くの小惑星にも燃料になりそうな資源は無い。


そもそも「はやふさ9号」には核爆弾を積んでないのでね。

積んでないのでね。

積んで。

あ、。


言語化できないが、アイディアが降ってきた。

そもそも「はやふさ9号」には核爆弾を積んでないのでね。

積んでないのでね。

積んで。

忘れたくない。

大事なことだ。


そもそも「はやふさ9号」には核爆弾を積んでないのでね。

積んでないのでね。

積んで。

あ。


忘れないうちにキーボードを打って文字にしておこう。

よし、おおまかに記録した。

「・・・上記の帰還方法のアイディアをJASA本部に必ず提案すべし。」
































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