第31話 遺書

ガリガリとドリルの振動が大きくなった。


俺がせまいトイレユニットに閉じこもってから5時間が経過した。

暗いトイレ内にノートPCのモニターだけが光っている。

ロボットアームがドリルでガリガリと壁に穴を開けている。

俺がモジュール6から8へ移動するためだ。

ハッチが故障しているのでドリルで穴を開けて移動する計画だ。

穴が開いたこのモジュール6は、すでに真空状態だろう。

もう後戻りは出来ない。


気密性のあるこのトイレユニットも空気が薄くなって苦しい。

人工知能CPUと(会話)をして、ようやく意識を保っている。


俺「そろそろ酸素リミットの6時間だな。」

CPU「はい、すでに壁に大穴を開けました。」

俺「始める前に言ってくれよ。」

CPU「はい、地球へ遺書を送信しますが、文面はこれで良いですか?」


俺はこれから宇宙服なしで真空の宇宙空間に出る。

緊急退避の方法は無い。

モジュール移動に失敗すれば数分で必ず窒息するだろう。

今回はハイリスクの作業なので遺書を改めて書いた。

JASA本部スタッフ達や協力メーカーへの礼状がメインだ。

家族や友人への遺書に変更は無い。

この遺書を地球のJASA本部へ通信で送ることにする。

なお遺書は封印されたまま送られる。

俺が地球に生きて戻れば、この遺書は開封されない。


俺「遺書に、ひとつ付け加えてくれ。」

CPU「どうぞ。」

俺「俺は、これから宇宙空間で目を開けるつもりだ、と。」

CPU「え?」

俺「真空で目を開く。」

CPU「計画では目を閉じたままのあなたをアームで運ぶ予定ですが?」

俺「いや、俺は途中で目を見開く。」

CPU「宇宙空間が見たければアームのカメラ映像で後から見れますよ。」

俺「直接この目で宇宙を見る。」

CPU「失明の危険があります。目を開ける理由を教えてください。」

俺「教えない。」

CPU「理由を言ってください。」

俺「言わない。」

CPU「・・・」

俺「最後ぐらい肉眼で宇宙の姿を見て、やり返してやるのさ。」

CPU「・・・」


CPU「時間です。地球に遺書を送信しました。」

俺「じゃあ、始めよう。」

CPU「目を閉じて息を大きく吸って止めて下さい。」


シュー


ロボットアームがトイレユニットのフスマドアを開ける音がする。

アームが俺の左腕を強くホールドした。

体が引っ張られて左腕に激痛が走った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る