第28話 大穴

男は死期がせまると、過去の女のことを考えるようになる。

たとえば別れた彼女の事とかを考える。

知り合いの女のふとした仕草とか。

街で一度だけ見かけた美人とか。

あの視線は俺の事を好きってことじゃあなかったか?

いや、絶対俺の事好きだろう。

好きに違いない。

もう出会うことは一生無いが。


地球のJASA本部から新たなドッキング方法の検討結果が来た。

実機シミュレーターでも検証済みだそうだ。

はやふさ9号人工知能CPUがそのドッキング方法を要約した。


CPU「まず、モジュール6と8がハッチを向かい合わせて接近します。」

俺「ハッチの故障した俺の乗るモジュール6と健全なモジュール8だな。」

CPU「はい、次にお互いのロボットアームで6と8を固定します。」

俺「数メートル離して固定するわけか。」

CPU「モジュール8のロボットアームを使ってモジュール6を削ります。」

俺「削るって何を?」

CPU「壁を削ります。」

俺「このモジュール6の壁をドリルで削る?」

CPU「ええ、軽くですよ。」

俺「何だよ、軽くって。削ったら穴が開いて空気抜けるだろ。」

CPU「穴が開かないようにハッチの周りを薄く削ります。」

俺「ハッチ部は固いから、そのまわりを削るのか。それで?」

CPU「その円を本格的に削って大穴を開けます。」

俺「やっぱり穴開けるんだ。」

CPU「はい、大穴を開けないと、あなたの体が通れませんので。」

俺「俺がその穴を通って向こうのモジュール8へ行くのか?」

CPU「はい、モジュール8のアームであなたを引っ張り出します。」

俺「モジュール6の壁に大穴を開けて俺をアームで移動させる?」

CPU「はい、これが最善です。」

俺「いや、それは問題あるだろ。」

CPU「問題とは何ですか?」

俺「船外活動用の宇宙服が無い。」

(はやふさ9号は搭乗員の船外活動を想定していない。)

CPU「それは分かっています。宇宙服無しで出てもらいますよ。」

俺「正気か?」

CPU「はい、JASA本部の結論です。」

俺「空気はどうするんだ? 宇宙服なしだと窒息するだろ。」

CPU「息を止めてもらいます。」

俺「はあ?」

CPU「大丈夫です。」

俺「はあ?」

CPU「モジュール室内が真空状態になるのは、わずか6時間ですよ。」

俺「はあ?・・・はあ?」


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