⑥<少女2> 『真相③』
⑪【ナルヴィ】
『森のノカ』聖堂には多くの信者が集まる集会場がある。そして、その奥は民家となっていて、修道女達の生活の場となっていた。
修道女といっても、そこに住まうのは元
『教会』から派遣された神父は、雇われの身であるが故に、普段は『森のノカ』内で鍛冶屋を営んでおり、集会日のみ聖堂へと現れる。
聖堂奥の台所で、二人の女が夕食造りに励んでいた。
「人には必ず二面性がある。……そうは思わないかい? エストア」
特製のサラダを作り上げ、残りをエストアに託し、食卓の椅子に座り込むミラ。
褐色の肌に黒髪が良く似合った少女だった。
「何を急に言い出してるのです。……しかも魔族のあなたが」
「私は“
「そうでしたね。……だからこそ、あの男……王子ロキを愛してしまった」
エストアの言葉に目を細めるミラ。
「自分自身で、自分の好きになる相手を決められる。それがどれだけ素晴らしいことか。そしてそれがどれだけの悲しみを生み出すか。
「その結果、あなたは『灰色』のあの女を殺してしまった」
「王子ロキとあの女が仲良く歩いているのを見て、あの女と楽しそうに話しているのを見て……一夜を共にしようとしていた二人を見て、私の心はそれまで感じた事がないほどの悪意に溢れたよ。とにかく、あの女を殺さなくてはならないと、そのことばかりを考えるようになった」
「嫉妬ですね。人間にしか与えられない感情です」
「噂には聞いていたが、まさかこの私がその感情に包まれるとは思わなかった」
「人間の恋というものは大抵が上手くいきません。どうか深入りしないようお願いします」
「上手くいかない恋路であっても、それが幸せに繋がることもある。だからこそ面白い。……あの男、第三王子バルドルを愛した女こそ、不幸であろうな」
ミラの言葉を受け、エストアはバルドルの貼り付けたような笑顔を思い浮かべる。
ミラの協力者、ということだったが、エストアはどうしても好きになれない男だった。
「先ほど言った二面性のことでしょうか。……確かに
「だろうな。私も同じだ。……だが、同じような二面性は人間誰しもが持っているのだろう。
「ナルヴィ様もロキ王子と話している時は、乙女の顔をしておりました。高見の広場であなた達を見かけたとき……まるでミラが戻ってきたかのように錯覚しました」
一通りの準備が終わったのか、エストアも戻ってきた。
手にはティーカップを二つ持っている。
「そなたには悪いことをした。子を失ったと感じるだろうが、この身体も精神もミラが混じっている。あの日、私はこうするより道がなかったのだ」
ミラはエストアからティーカップを受け取り、中身を息で冷ます。湯気が散っていく。
「あの日……ミラは私に内緒で、友達と洞窟の探検に出かけ……箱を見つけてしまった」
エストアも向かい合って食卓の椅子に座り、紅茶を口に含む。
「封印の箱だな。忌々しい……」
ミラは眉間に皺を寄せ首を振る。
「箱の中で朽ち果てていたあなたは、魔法の力により、精神だけが箱の中に残されていた。そして、ミラの中に入り込むことで生きながらえた」
「……恨んでいるか?」
まるで悪戯が見つかった後のような、笑みを見せるミラ。
「あなたは死体の中にも入り込むことができるのでしょう? その場でミラを殺すこともできた。今こうして話ができることだけでも幸運と思うべきなのでしょう」
エストアは、洞窟探検から戻ってきた娘の姿を思い起こす。
初めは、娘であるミラそのものだった。身体だけでなく、記憶も混ざり合ったらしく、母のエストアに子の顔を向けていた。
「腐っていようとも肉体があれば中に入り込める。というよりも我々の種は本来死体の中に入り込み、動かす種族特性を持った魔族だ。だが私は、死体に入り込むのは好きではないな」
自分は魔族だ。ミラからそう切り出されたのは洞窟探検から数ヶ月経過した後だった。
それ以前から娘の微妙な変化を感じ取っていたエストアはその言葉を自然と受け止めることができた。
娘の中に何かが居る。母親の直感で、それを感じ取っていた。
ナルヴィの口から、ミラの現状を聞かされ、ナルヴィが過去『厄災』の眷属だったことを知り、エストアは自然と、ミラは既に自分の知る娘ではなくなったと思うようになった。
娘を失い、養子を迎えた。そう感じるようになっていった。
⑫【ソフィア】
『大丈夫? ソフィア』
知らない男性に抱えられていたメフィスが慌てて私に駆け寄り、心配そうな顔を向ける。
メフィスが無事だったのは嬉しいけれど、心境はそれどころじゃない。
「何故なんですか! |バルドル王子!!」
溢れ出る涙を拭い、解放された喉から声を吐き出す。
喉が、自分でも分かるくらい枯れている。
今でも、自分の見ている光景が信じられない。あんなに、あんなに優しかった王子様が、なんで、私を……。
バルドル王子はにやりと微笑み、私に見せつけるように右手を掲げた。
その手には、丸い宝石が付いた首飾りが握られている。
「君の持つ、この
笑顔を脱ぎ捨てた王子様は無表情のまま、淡々と私に語りかける。
「君はとても良くやってくれていた。この封印の箱をあの洞窟から取り出してくれたしね。気がついたかい? この箱は
王子は箱の縁を手に持ちひっくり返す。箱の中に入っていた
「それに君は王族だ。殺すか放っておくか、迷っていたけれど、丁度良い機会に巡り会えた。今のうちに殺しておくことにしたんだ」
悪意だけが宿った瞳を向けられ、私の身体は自分の意志に反して縮こまっていく。
思考が、言葉に付いていかない。
この人、今なんて言った? 『君は王族だ』。確かに、そう言った。
「バルドル……貴様……俺だけでなく、自分の妹にまで手をかけるか!」
「いもうと……?」
なんなの? この人達、一体、誰の話をしているの!?
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