⑩<少女7> 『マシューの決意』

⑫【ソフィア】


 まだ日も上がりきっていない朝、起きた瞬間に絶対お宝をみつけてやるんだと決意したマシューはさっさと準備を済ませ、まだ私が眠りこけている間にこっそりと家を抜け出したらしい。


「まずは町に行こうって思って歩いてたんだけど、僕疲れちゃって、しばらく休んでいたんだ。そんな時に、あの女の人に出会った」


「女の人……?」

 縄ばしごを伝って戻ってきたマシューを一発叩きつけ、事情を聞く。

 洞窟内で出会ったレオンさんと一緒に、マシューの説明に耳を傾ける。


「うん、知らない女の人だった」


「どんな姿だったの?」


「長いブロンドの髪の痩せた人だったよ」


 町まで行くという女性と意気投合したマシューは、宝探しをするという自分の目的を打ち明けた。

 すると、その女性はしばらく考えた後にこう言ったらしい。


「……心当たりがあるわ。ついてきなさい」

 その女性の言葉に従い、大通りを外れて枝から枝を伝っていると、それが現れた。


「あの変な浮島ね」

 私を置いて戻ってしまった無責任な装置だ。


「うん……その女の人は予定があるからって言ってて、そこでさよならしたんだ」


 この装置が、あなたを宝のある場所に連れてってくれる。と言われたマシューはその言葉にまんまと騙され、こんな危ない場所へと辿り着いてしまった。


「そこで変な姿したモンスターに襲われて……逃げてるところをレオンさんに助けられたんだ」


「とは言っても、ここまで呼んだだけだがな」

 この洞窟の広場で身体を休めていたレオンさんは、子供の叫び声を聞き様子を見るため縄ばしごを昇ったらしい。そこで運よくマシューを見つけたレオンさんは、うろの中まで呼び寄せて安全なこの場所、洞窟内部まで誘導してくれたらしい。


「弟がお世話になりました。本当にありがとうございます」


「いやいや、気にするな。この身体じゃなけりゃ、家まで送り返したんだがな」

 そうだ。そもそも、なんでレオンさんはこんなところで足を折って休んでいたんだろう。


「ソフィア、凄いんだよ! 僕たちの町の下にもう一つ町があるんだって! 今度、レオンさんに連れてってもらうんだ」

 それは私も気になるけど、今はもっと別のことだ


「レオンさんはどうしてこんなところに? その足は誰にやられたんですか?」


「うん? ……ああ、元々俺達は『夜のノカ』でワイバーンと戦っていたんだ。それを追って、『森のノカ』まで向かっていた」


「俺達? 他にも誰かいるんですか?」


「ああ。はぐれちまったんだけどな。……途中、妙な魔物に出会ったせいでな」


「……妙な魔物、それって――」


「子供の影のような姿をした魔物だ」

 やっぱり。レオンさん達もあの変な魔物に出会ったんだ。


「どれだけ切っても向かってくるヤツらに苦戦した。……それでオレは、囮を引き受けたんだ」


 仲間を逃がし影の子供達を一手に引き受けたレオンさんは逃げている途中、この洞窟を思い出した。

 ここは『夜のノカ』から少し離れた場所で、暇つぶしの探検に使っていた洞窟だったそうだ。


「ここに逃げ込んで縄ばしごを下りていたんだが、その途中で追いつかれてな。……後は、このザマだ」

 手を滑らせたレオンさんは縄ばしごから落下してしまい、足の骨を折ってしまった。


「幸いにも、妙な魔物は消え失せちまったから助かったが、生きた心地はしなかったぜ」

 なるほど……その後、マシューに出会ったわけね。

 レオンさんは災難だったかもしれないけれど、私たちからしてみたら幸運だった。

 おかげで、マシューが助かったんだから。


「これがオレの話だ。じゃあ最後、お嬢さんの話を聞かせてもらえねぇかな」


「私の話? って言っても、弟を探しに来たってだけだけど……」


「いやいや、そうじゃない。そいつのことだ」

 レオンさんが私の頭を指さす。……正確には、私の頭の上に乗った、メフィスを。


「あー……」


「なんでぬいぐるみが喋ってる? それにさっきの布団はなんだ? 落ちてきたと思ったらすぐに消えちまったが」

 やっば、見られていた。ってかレオンさんがいると思ってなかったから普通に話をしていたし。


『あーあ、やっぱり見られていたか』

 メフィスが観念したのか、私の頭から飛び降りる。

 そして、続けた。


『僕の名はメフィス。メア種のメフィス……魔界から旅をしてきた魔族だよ』



⑬【ソフィア】


「なるほどな……じゃあ、あの妙な魔物はその魔族の魔法だったと」


『うん。多分だけどね』

 メフィスが私にした説明と全く同じ説明を二人に行い、一息つく。


「じゃあ、今ねぇちゃん魔法使えるの!? すっげぇ!」


「ふふっもっと私を褒め称えなさい!」


『ほんと、いい性格しているよね。キミのお姉さんは』

 メフィスが呆れた顔で大きな耳をパタパタさせている。


「色々と聞きたいことはあるが……その魔族は今どこにいるんだ? オレは……しばらく無理だが、仲間で討伐に向かえる」


『ごめんね。気持ちは嬉しいけれど、僕は基本人間を信用していないんだ。これ以上の情報はソフィアにしか伝えない。それに僕のことも、今僕が話した事も、できれば秘密にしてもらいたい』

 メフィスの気持ちを汲んだのか、レオンさんは笑顔で頷く。


「そうか……分かった。伝えたくなったらいつでも伝えてくれ」


「えぇ~、ねえちゃんばっかりずるい! ね、ね、僕にも使わせててよ。魔法!」


「こらこら、遊びじゃないのよ。アンタには絶対使わせない」

 メフィスと出会ってたった一日だけど、私がどれだけ大変だったと思ってるんだ。

 それにマシューに魔法使わせたら絶対碌でもないことに使い出すに決まってる。


「じゃあねぇちゃん、ちょっと使ってみてよ。魔法」


「使わない」


「ええぇ、僕も見てみたい!」


「見せない」


「ケチッ!」


「ケチでもいいもん。心配しなくても、いざとなったら使うわよ」

 私とマシューの会話を聞いていたレオンさんが、私たちの顔を見比べ、口を開く。


「あー、それで、お前達は姉弟、なのか?」

 え、なんで今更? すっごい歯切れ悪そうだし。


「うん、こっちがお姉ちゃん」


「そうか……あー……いや、あまり似てないものだから気になっただけだよ」

 ああ、なんだそんなことか。

 本当に、この糞ガキと似てなくて良かったと思っている。けれど、私たち二人が似てないのにはちゃんとした理由がある。

 それは――


「レオンさん、当然だよ。僕らのお父さんは別。お母さんは一緒だけど、お父さんは別だから似てないんだ」

 そうだ。私のお父さんは王都で働くそれなりに偉い人だったらしい。会ったことないけど。

 お母さんにも色々とあったみたいで、私が物心ついた頃にはもうマシューのお父さんと一緒に暮らしていた。


「そうか……余計な事をきいてしまったな。すまない」


「謝ることはないですよ。別に、このご時世だと良くあることです」

 お父さんも私に対して実の娘のように接していた。

 だから、私のお父さんはマシューのお父さんだと思っているし、似ていないことも気にしていない。

 ……レオンさんが私の顔をじっと見つめてくる。何か付いているんだろうか。


「余計な事ついでに聞くが、君の……あー、君にはお兄さんとか、お姉さんはいないのかな?」

 お兄さん? 欲しい。私を甘やかせてくれるお兄さんとかいたら欲しい。


「いないです。もし、いるなら欲しいくらいです」

 マシューの相手をしてもらえるし。


「そうか……つかぬことを聞くが、君たちは今、何処に住んでいるんだ?」

 どうしたんだろう? レオンさんが急に歯切れが悪くなっている。何か、気を遣っているような、別のことを考えているような……


「町外れの教会聖堂だよ。改装して住んでいるんだ」

 マシューが元気いっぱいに答える。その答えを受けて、レオンさんは少しだけ驚き、……その後、微笑みを浮かべた。


「そうか。……そうだったんだな。……納得した」

 何に納得したのか、その答えは貰えないままこの話は終わってしまった。


 マシューがおもむろに、立ち上がったからだ。やけに凛々しい顔つきをしている。


「おねぇちゃん……」


「ど、どうしたのよ。急に」

 弟の何かを決意したかのような言葉に、自然と唾を飲み込む。

 そして、マシューが私に向けて、言った。


「僕、おしっこ、漏れそう」


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