⑤<王子2> 『束の間の雑談』


⑥【ロキ】

「通信石……ですか?」

 俺にお茶を持ってきた少女が目をパチパチさせる。

 黒髪で浅黒の肌が活発そうなイメージを与えている、聖堂に住まう女の子だ。


「ああ。ちょっと……文句を言ってやりたいヤツがいるんでね」

 気球で『森の町』まで戻ってきた俺は、遺体を埋めるというネルと分かれ、ねぐらにしている聖堂まで戻ってきていた。

 てっきり、エストアが戻ってきていると思っていたが、まだ帰ってきていないようだ。現在この住まいには、俺とこの女の子しかいない。


「難しいですね……通信石は貴重なので、今、この町にはどこにもないと思います。……申し訳ありません」

 テーブルを挟んで、俺の向かいに腰掛けた少女が顎に手を置き考えている。

 やはりそうか。電話のように石と石を繋ぎ会話ができる通信石だが、貴重な上に戦争の気配があるせいで、本国ルスランがかき集めている最中だ。

 もしあれば、あの金髪チャラ導師に文句の一つでも言ってやりたかったんだが。


「そうか、今、この町で起こっている事件の手がかりにはなるかもしれなかったが……まあ、無ければ無いで、構わないさ。謝ることはないよ」

 何故『教会』の戦闘員が五名もこんな場所で奇病に冒され眠っているのか。あの金髪ペテン師ならばその回答も持ち合わせていたのだろうが、他にもアテがないわけじゃない。


 この少女の母親役である、エストアだ。

 エストアとレオンは『教会』関係者だ。そして、あの二人は『眠り病』患者が『教会』の戦闘員であることを把握していた可能性がある。



――「ならば、知っているな。『眠り病』に侵されたこの町の住人が、『夜のノカ』のどこかにいるはずだ。そこまで案内してもらいたい」


――「この町の……?」



 夜のノカ管理人のレオンと出会った時の会話を思い出す。

 あの時、レオンは怪訝な顔をしながらエストアを確認し、彼女もレオンに何か合図を送っていた。

 あれは恐らく、俺のセリフ、「この町の住人が」という部分を気にして見せた姿なのだろう。

 レオンはあの性格だ。仮に問い詰めたところで一筋縄ではいかないかもしれない。だが、エストアならば何か事情を聞き出せるかもしれない。

 そう推測を立てていた。


「お力になれずにごめんなさい……王子様は、今、この町で起こっている出来事をお調べなんですか?」

 のんびりとした口調が俺の心に安らぎを与える。そんな雰囲気が部屋を包んでいく。


「そうなってしまったね。……この町に起こった異変は、昨日のワイバーンだけじゃない。もっと前からその兆候はあったはずだ。……キミは何か気になったことはないか?」


「気になったことですか……?」


「なんだって構わない。ここで、妙な男達を見かけただとか、変わった存在を目撃しただとか」

 男達が『教会』の関係者ならば、エストアと会っていた可能性は高い。そう思って尋ねた事だったが、少女は予想以上に表情を硬くする。


 ……昨日から感じていたことだが、どうも、この子の相手は苦手だ。

 年頃の女の子ということもあり、会話一つとっても、変に気を遣わなくてはいけなくなってしまう。


 王子という立場もあるのだろう。俺は女の子からは妙に緊張されたり、距離を置かれてしまう雰囲気を持っているようだ。

 慣れ親しんだ女の子以外とは会話にならなかったりするので、関係を築くまでは苦労したりする。


「変わった存在ですか、……例えば、話すぬいぐるみとかでしょうか?」


「は、話すぬいぐるみ?」

 なんだそのメルヘンな存在は。


「……冗談ですよ。いたらいいですね。夢があります」

 予想外の回答を受けて焦る俺を見て、少女が微笑む。

 ……やっぱり苦手だ。こういう大人しい女の子は特に、裏で何を考えているのか全く分からない。相手の思考を読んで行動する俺からしてみたら天敵なことこの上ない。


「ワイバーンだって出るんだ。世界中くまなく探せば、そんな存在もどこかに居るかもしれないね」


「もし王子様が出会ったら、気をつけて下さいね。人の持ち物を盗んじゃう、悪い子みたいなので」


「……随分と、具体的に言うんだな。まるで会ったことがあるようだ」


「王子様は、私がそんなに子供に見えますか?」

 正直さっきの会話の所為もあり、ぬいぐるみどころか空想の妖精と会話しててもおかしくないくらい幼く感じるが……そのまま伝えるわけにもいかないのが、年上の男の辛いところだな。


「……誰だって子供なんじゃないかな。どんな大人でも、自分が大人だと見せているだけで、中身は子供のままだ」

 俺自身、二度の十六歳を向かえたが、自分が大人になった。変わったなんて思っていない。


「もしかしたら心というものは成長なんてしないのかもしれない。ただ経験を積んで、外面の……魅せ方が上手くなっていくだけ。だから、自分自身のことを、子供だと思うのは別に悪いことじゃない」


「……じゃあ、王子様は、本当の私は……どんな人間だと思います?」


「分からない」


「へ?」

 即答する俺がよっぽど意外だったのか間の抜けた返答が帰ってくる。


「キミが今こうして見せている一面とは、また違った一面があるようには感じる。話している内容とは全く別の、何かを考えているように思うときもある。でも、俺は魔法が使えるわけじゃないんだ。キミが今、何を考えているかなんて、キミだけしか分からない事だ」

 まあ、王族は『魔石』経由で魔法を使えるんだがな。心を読む魔法は持ち合わせていないから嘘ではない。

 俺の言葉に、少女の表情が和らいでいく。


「そうですね……そうですよね」


「だから、キミがもし、伝えたくなったら……本当のキミを、教えてくれ」


「ほ、本当の私……?」

 な、何故、顔を赤らめる。違う、そういうことじゃない。


「誤解させてしまったな。折角こうして知り合えたんだから、伝えたいことがあるなら、いつでも聞くし、経験からの助言もできるかもしれない。そう思っただけだよ」

 俺の言い訳も空しく、少女は褐色の頬を赤らめながら、自分の黒髪を手で撫でつける。


「本当のキミは、今見せている姿よりもずっとずっと大人なのかもしれない。なんなら不死の身体を持っているのかもしれない。実は絵本に出てくる『厄災』の仲間だったと言われても信じるよ」

 少女が吹き出し、にこやかに笑いかける。


「なんですか、それ。そんな人なんていないですよ」

 いたんだよ。そんなヤツがな。まあ、話したところで信じられないだろうがな。


「なんにしても、自分を隠して生きているとろくなことにならない。だから、信頼してくれるなら、いつでも話を聞くさ……もしキミが話せるぬいぐるみと知り合いなら、是非とも紹介してもらいたいしね」


「……その時は、考えておきますね」


「楽しみにしているよ」

 本当にこの年頃の女の子は、苦手だ。

 何を考えているのかさっぱり分からない。


これ以上この子から得られることはない。そう判断した俺は少女と談笑を重ねながら次にするべきことを考える。

 ……まあ、先ずは熱気球とは別ルートで戻ると言っていた、エストアとレオンに事情を尋ねることが先決だな。帰ってきていればベストだったんだが、エストアが負ってしまった腹のダメージもある。帰りが遅くなってしまっているのだろう。


 転移盤アスティルミの片道分は残っているから、ルスラン本国に戻り金髪チャラ導師のケツから腕を突っ込んで奥歯をガタガタさせてやるのもいい。


 だが、いかんせん転移盤アスティルミは一度使えばしばらく使えない。

 転移石は宝玉オーブの力が続く限り、何度も移動が行えたのに、大きな差だ。

 金髪ペテン師からの情報だからどこまで本当かは分からないが、気軽にこの町へ戻ることできないのならば、転移盤アスティルミの使用は避けた方がいいだろう。


 後は、あまり好きではないが、足を使った聞き込みか。だが、一体誰に――


 思考が不意に止められた。

 隠す気も無いのだろう。壁越し、家の外側で複数の男達が足音を立てている。


「……少し、出かけてくるよ」

 唐突な俺の言葉に、可愛らしい瞳が瞬きを繰り返す。


「どこに行くんですか? もし良ければ、ご案内しますけど」


「あてもなく散歩をするだけだ。それには及ばないさ。ああ、紅茶、ありがとう。……後かたづけ、任せていいかな?」

 少女はうなずき、テーブルを片付け始める。


 ……よし、これで少しは時間が稼げるだろう。

 少しだけ寂しそうな笑顔を置いて、部屋を後にした。


*****


「騒がしいな。レディと少し早めのお茶会を楽しんでいたんだ。少しは遠慮したらどうだ?」

 聖堂を囲み、窓から様子を伺うヒゲ面の男達に、軽口を浴びせる。


 ……全部で七人か。囲まれて攻撃されたらイチコロだな。

 だが、こういった輩は、放っておくと何をするか分からない。中に居る少女が襲われるよりも、俺に敵意を集中させた方がよっぽどマシだ。


「……第五王子ロキだな。ちぃっと、ツラを貸してもらおうか」

 聞く耳持たずか。せっかちなゴロツキだな。しかし、俺を誰か知りながらもその態度か。……これは少し厄介かもしれないな。


「あいにく、男と逢瀬を重ねる趣味はないんでね。ありがたい誘いだが、気持ちだけ受け取っておくよ」


「減らず口叩くようならば、中の女でもいいんだぜ。ガキには興味ねぇが、楽しませてやる」

 男達のゲスな笑いが広がっていく。


「……俺になんの用だ」


「なあに、俺達のボスが呼んでいるだけだ。聞きてぇことがあるんだとよ」

 ボスだと? 悪漢どもの頭に知り合いなどいないはずだが……。


「お前達は何者だ?」

 俺の質問に、男の一人が黄色い歯を見せニヤリと笑う。そして、言った。


「『灰色の樹幹』。この町をこよなく愛する、自警団だ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る