夢1 『夢の意識』

「あらノエル。おかえ――なによ、その指輪。どうしたの?」

 家に帰り着いた途端、お母さんが目ざとく私の指輪を指摘してきた。

 ……さすがです。


「そんなことより、お母さん。ちょっと私の部屋まできて。フィリーが……」

 お母さんは暇な時、よく図書館から借りてきた本を読んでいて、知識も多い。

 あんまり言うと怒るけど、年の功みたいなのもあるし。


 とりあえず、何かを尋ねるならお母さんだ。

 案の定、私の顔色から察したのか、お母さんの表情が引き締まった。


*****


「『夢魔法』ね。精神系の魔法よ」

 私の簡単な説明を受け、その後ベッドに寝かされたフィリーの頭を撫でたお母さんがすぐに状況を把握した。


「やっぱり……治せる?」


「私には無理よ。……これをかけた魔族に解除してもらうか、薬草があるわ」

 薬草! 治せる薬があるんだ。


「でも、アレって……ちょっと厄介な場所に生えているのよね」


「どこなの!? 私たちで採ってくる!」

 この部屋にはいないけれど、リビングにはみんなが集まっている。

 みんなで行けば、どんな厄介な場所でもなんとかなるはず。


「駄目よ。あなた達に行かせるわけがないじゃない。特にノエル。あなた、また危ないところに行って……だいたい、あなたはね、こんなことになった――」


「ちょっと、ちょっと! やめてよ! 皆に聞こえるから!」

 小言は後で聞くから。恥ずかしい……。

 お母さんは一度スイッチ入ると、延々とお説教しだすから嫌いだ。


「それと、本当はもう一つ方法があるにはあるけど……アレはねぇ……」


「それって、この指輪のこと?」

 おずおずと、お母さんに手を差し出す。


「そうそう、この指輪……? ……!!」

 指輪をまじまじと見たお母さんの空気が変わる。


「……ノエル、あなた。誰にコレを渡されたの?」


「え、えっと……ひ、拾った?」


「どこで?」

 え、なに? めっちゃ怖い。

 お母さんからなんか禍々しい空気が出てる気がする。


「あ、あの、先ほどお伝えした遺跡でです……」


「ふぅん。他には何か見なかった?」


「な、何かってなんでしょう?」


「……たとえば、――『人間』とか」

 なになになに!? めっちゃ睨まれてる。

 『人間』って言葉にめっちゃ怨みつらみがこもってる。

 魔族でも上の年代は人間嫌いが多いって聞いたことがあるけど、どんだけ嫌いなのよ。人間のこと。


「えーと、と、と、特には……」


「……ま、いいわ。あの遺跡には二度と近づいちゃ駄目よ。それで、その指輪のことだけど……それは人間の世界に存在する、秘宝よ」


「秘宝……?」


「そう。その指輪を使えば、眠っている相手の夢の中へと入り込めるわ」

 夢の中。なにそのファンタジーな話。今更だけどさ。


「人間の王家に伝わる貴重な指輪のはずだけど、なんで、落ちていたのかしらねぇ……」


「さ、さあ、なんででしょうねぇ……」

 実際、私にも詳しい事情は分からない。でも変なもやの中にいる変な人間からもらった、とか言ったらどうなるんだろう。

 長年、お母さんと付き合ってきた私の直感が、絶対言っちゃ駄目と言っている。

 第六感がすごいアラート鳴らしてる。

 絶対やぶ蛇な気がする。すごく怒られる気がする。

 こ、こんな時は話題変更だ。


「そ、それで? 夢の中にはどうやって入り込めばいいの?」


「……ノエル、あなた、フィリーの夢の中に入るつもり?」


「え、そのつもりだったけど。……駄目?」


「そうねぇ……」

 フィリーは私の家族だ。助ける方法があるなら、私が助けたい。

 お母さんはしばらく考え込んで、何かを納得したのかうなずいた。


「その指輪で入り込めるのは一羽だけ。私が行ってもいいのだけど、それはツガイがやった方がいいわね。……あなたに任せるわ」


「うん。だったら私が行くよ。夢の世界で、なにをすればいいの?」


「どこかに夢の世界を作る支配者がいるはずよ。それを見つけて、やっつけなさい」


「やっつけるって……魔法とか使えるの?」


「使えるわよ。ただ、相手も自分の幻想を使って反撃してくるだろうから、一筋縄ではいかないでしょうけど」


「も、もし返り討ちされちゃったら?」


「ここに戻ってくるだけよ。意識の世界の話なんだから、気にせず思い切りやりなさい」

 フィリーの夢に入ったら、その夢を作っている支配者を探す。

 そして見つけたらその支配者と戦って倒す。

 分かりやすくて、私にぴったりだ。


「分かった……私、やってみるね」

 頬を叩いて気合いを入れる私をお母さんが微笑ましく見つめている。


「……ノエル、あなたも『夢魔法』で攻撃されたんでしょ? 身体は平気なの?」


「うん……平気みたい」

 最初は眠ってしまったみたいだけど、今のところ身体に変化はない。


「そういえば、私たちサキュバスには精神系の魔法に耐性があるって聞いたことあるわね。自分が使えるから、他人の精神攻撃に反撃できるのかしら」

 お母さんが独り言を呟いている。


「自分が使える? 私も夢魔法が使えるの?」

 私の質問に、お母さんが甘いため息をつく。


「魔法じゃないわ。種族特性よ。自分の目から、相手の目に魔力を注ぐアレよ。魅了チャームのことは少し前にも話したじゃない」


「あー、……なんか聞いたことがあるようなないような」

 少し前って、多分私が聞いたのは五歳くらいの頃だよ。

 魅了チャームはサキュバス種の特技みたいなものだ。魔力を目に集中させて異性を自分の虜にさせる技。

 昔のサキュバス種は人間相手によくそれを使ってたみたい。

 もう忘れてたよ。どうせそんな技使わないし。


「使い道はないけど……どちらにせよ、翼と角が生えてからできるようになる技。まだあなたにはできないわ」

 翼と角。そうか、私も今は人間の姿だけど、いつかお母さんみたいな翼と角が生えてくるんだ。


 生えないでもらいたいなぁ。本当に邪魔くさそう。

 長年サキュバスやってるお母さんですら、頭洗うときは角消したりしてるし。


 そう、なんか頑張れば見た目消せるらしいので、お母さんはたまに角や翼を消して生活してたりする。私も、生えちゃったら、それを頑張ってみようかな。


「あなたの身体が平気ならいいわ。それで、夢の中へ入る方法だけど――」


 お母さんの講釈は更に続いていく。


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