遺跡7 『悪夢の特効薬』

 ……はっ! そんなことより、フィリーだ。


 さっきの人間、うさんくさい人が言っていたことが正しいなら、フィリーは夢魔法を受けてしまい、悪夢の中に引きずり込まれている状態ってことになる。


 そして男はこうも言っていた。回復させたければ、奴を倒すか……もう一つ方法があると。


 ……そして、悪夢の特効薬だと言われ、指輪を渡された。

 普通に考えたら、この指輪がフィリーを回復させる特効薬になる物だということになる。


「……フィリー、起きて」

 試しに、フィリーの額に指輪を押し当ててみる。

 けれど、なんの変化も現れず、フィリーの額に指輪の跡が残るだけだった。


 ……使い方が違うの?

 あの人間も時間がないんだったら碌でもないこと言ってないでちゃんと説明して貰いたかった。

 フィリーの色んな場所に指輪をあててみるけれど、特に変化は訪れない。


 駄目だ。そもそも、突然現れた変な『人間』の言葉を信じる方がどうかしてる。

 今は一刻も早く、フィリーを連れてここから脱出するべきだと思う。

 何が起こるか分からないし、いつ新しいリザードマンが現れるかも分からない。簡単にやられるつもりはないけれど、眠っているフィリーを庇いきれるか心配だ。


「……やりますか」

 私は自分の肩にフィリーの腕を回し、足に力を入れる。


 ……。


 ……ふんっ!


 ……。


 ……よぉっっっいっっしょ!!!!


 ……はぁ、はぁ、む、無理。ムリムリ。絶対無理。

 フィリー、重すぎる。私と違って全身筋肉の塊だから重すぎる。とてもじゃないけど、一人で持ち上げられる気がしない。


「もー! ダイエットしろ、馬鹿フィリー!」

 脂肪じゃなくて、筋肉だからしょうがないけどさ。


 どうしようかな。

 フィリーの顔を見ると、幸せそうな顔をして眠っている。悪夢を見てるふうじゃないけれど、これからなんだろうか。


 ……そういえば私もローブの男に攻撃されたよね。

 覚えていないけれど、悪夢を見ていた気がするし、多分夢魔法を使われたんだと思う。

 なんでフィリーは眠ったままなのに、私は起きれたんだろう。


 私がなにか、夢で特別なことをしたのかな……。

 ……駄目だ。思い出せない。

 なにか、幸せと不幸が同時に襲ってきたくらいしか――


「!!」

 振り向きざま、火炎弾を放つ。

 業火の塊が剣を振り上げていたリザードマンに直撃した。


「ギャギャ!?」

 上半身を炎に包まれ、のたうち回るリザードマン。

 その背後から続々と新たなトカゲたちが現れはじめた。

 ってか、あの穴って私たちが出てきたところじゃない?


「アンタら……テトラをどうした!?」

 両手から業火を次々と撃ち出し。リザードマンを焼き払っていく。

 怒りと焦りが胸を駆けて、魔力が増幅していく。


 全身を黒焦げにしたリザードマンが次々に生み出されていく。

 こんな奴らを相手にしている場合じゃない。早く、早くテトラのところに行かなきゃ。


 ――ぱから、ぱからと蹄の音が近づいてきた。

 私たちが出てきた洞窟の奥から、音が近づいてくる。


「テトラ――!!」

 出入り口の近くにいたリザードマン達が吹き飛ぶ。

 白馬の姿をしたテトラが突進しながら入ってきた。

 額の長い角にリザードマンを一匹突き刺している。


「ノエル!! ぬ、抜いて! コレ、抜いてぇ!」

 手頃な場所にいたリザードマンを角で切り裂き、私の近くに駆け寄るテトラ。


 うぁあ……。心臓を一突きされたリザードマンが角の串刺しになってる。


 これは……気持ち悪い。


「ちょ、ちょっと待って。私も今、取り込み中」

 残るリザードマンをどんどん燃やしていく私と、その隣で床にガツガツ角を叩きつけるテトラ。


「いやぁああ……取れない!! 取れない!!!!」

 錯乱状態だ。串刺しになったリザードマンが良い感じにテトラの方を向いている。

 目から青黒い血を流していて、長い舌をだらーんと垂らしている。


 アレは下手なホラー映画より怖い。

 

「ノエル!! 恨むよ!!」


「もう少しだから待ってよ!!」

 ふたりの叫びと、リザードマンが放つ断末魔の叫びが空間を交差する。

 それはしばらく長い時間、続けられた。



「うぅ……汚い。汚い……」


「もー、泣かないでよ。後で綺麗に拭いてあげるから」

 一通りリザードマンを焼き尽くした後、テトラの角からホラーな物体を引き抜いた。

 テトラの角に青黒い血がベットリと付いている。

 攻撃手段が角だからしょうがないけど、自分の身体の一部がこんな状態なのは確かに気持ち悪いと思う。

 ハンカチとか持ってないから拭きようがないけど。


「それより、身体はもう平気?」


「ええ……。なんとか動けるようになったから、ふたりを追いかけようと歩いてたの。そしたらアレがワラワラ集まってきて……」

 ビックリして突き刺してしまった結果、起こった悲劇だった。


「私のことよりも、フィリーさんはどうしたの? 大丈夫?」


「うん……。ちょっと厄介な魔法にかかったみたい。傷とかはないんだけど……眠っちゃって起きない」


「精神系の魔法ね。術者じゃないと解き方が分からないことが多いわ」


「夢魔法って言ってた。なにか分からない?」


「言ってた? 誰が?」


「え……っと」

 言葉に詰まる私を見て、首をかしげるテトラ。

 私自身、状況がよく分かってないのに、『人間』に教えてもらった、って言ってもなぁ……。


「一先ず、ここを出ましょう。またアレが出てくるかもしれないし、なにより角を洗いたいわ」


「うん。……あ、でもフィリーが重くて、あ、アレ?――」

 テトラは首を下げ、フィリーの服と身体の間に角を器用に差し込み持ち上げる。

 そのまま自分の背にひょいと放った。……うぁあ。フィリーの服が青い血でべとべとになってる。


「さ、行きましょう。乗って」

 テトラは一刻も早くここから脱出したいようだ。

 露骨に首で催促している。


 分かったよ。ホントはもうちょっと“石碑”を調べたいんだけどね。


「行くよ。捕まってて!」

 テトラの角が輝き、らせん状の光る道ができあがる。


 私はもう一度、部屋の中央にある石碑に目を向けた。

 さっき近くで見たけれど、アレは絶対に常見重工ビルの屋上に現れた石碑だ。

 バラバラになっちゃってるけど、まったく同じ絵が描かれているから間違いない。


 アレは、私と前の世界を繋ぐ、唯一の存在だ。

 最近はもう日本人の心を忘れてきているし、戻りたいとも思ってないけれど、それでも石碑のことは調べておきたい。


 自分が異世界から来た証明なのだから。


「どうかした?」

 上昇を続けるテトラが話しかけてきた。なにも話さない私に気をつかっているのだろう。


「なんでもない! ……テトラ、また来ようね!」


「来たいの!? 私はもうこりごり」


「キチンと準備しておけば大丈夫だよ!」

 そういえば、テトラのツガイは結局見つけられなかった。

 もしここに住んでいるんだとするならば、そうとう変わってる魔族だ。

 よく分からない壁を作るギミックの装置や、リザードマンと協同で生活しているんだから。


 ……それともまさか――。


 私の脳裏に黒いローブの存在が映し出される。

 ……正直、最初に思い至ったことだ。いい。今はあまり考えないでおこう。


 テトラはぐんぐんと上昇を続ける。

 天井を空に変え、突き抜けて上に進んでいく。


 ぼんっと音を立て、私たちは遺跡から脱出した。


「ノエル、テトラ!」

 聞き慣れた声が聞こえてくる。


「エア、リレフ。良かった。無事だった」

 エアもリレフも身体に大きな傷はない。無事に脱出できたのだろう。


「こっちのセリフだよ。なかなか戻ってこないから、誰か連れてこようかと思ってたところだった」

 と、思ったけど何故かリレフの頭がアフロみたいにチリチリしてる。


「リレフ、ど、どうしたのその頭」


「遺跡の装置にやられたよ。たいしたことはないけど、戻るまで時間がかかるだろうね。毛が生え替わるのが今から待ち遠しいよ」


「なんでー? そっちのほうが格好いいよ」

 笑いをこらえてプルプルしているエアを見て、リレフはため息をつく。

 私じゃなくて良かった。こんなヘアースタイルになってたら、ショックが大きすぎる。


「それで、フィリーはどうしたの? 怪我でもした?」


「ううん、……説明は後でするから、今はブルシャンに戻ろう。テトラも、お家に来て」


「……いいの?」


「いいに決まってるじゃん。友達なんだから」


「……あ、ありがとう」

 今は、一刻も早くフィリーを家に連れて帰って、休めないと。


 どうするかは、それから考えよう。

 薬指に付けられたアレが目に入り、それと同時にもやの中にいた、『人間』の言葉が蘇る。


 『夢魔法』の解除方法は二つある。


 一つは黒いローブの男を倒すこと。もう一つは、……この指輪だ。


 うさんくさい口調の人だったし、碌な説明がなかったから分からないけれど、一度落ち着いたら色々と調べてみよう。

 もしかしたら、何か知っている魔族が見つかるかもしれない。




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