魅了る《みせる》

 ロキ19 『第二章 エピローグ』

【エピローグ①】

 白みががった岩盤と緑の草木に彩られたラーフィア山脈は、今日も日差しを浴び美しい光景を映し出す。

 山脈中央から流れる滝から水飛沫が上がり、光を反射して煌めいている。


 麓には湖と森が広がり、野生動物達が大自然の恵みを堪能しながら遊んでいる。


「誕生日、覚えていてくれたんだね」


「……俺がファティの誕生日を忘れるわけがないだろう」

 エスタール王族のみ知る高き丘の先で、その美しい光景をファティと二人で見つめていた。


「本当にありがとう、……ロキ。エスタールを救ってくれて」

 幾度となく聞かされた言葉に、俺はゆっくりと首を振る。


「エスタールを救ったのは、民さ。この国に住む一人一人が力を合わせた結果だ」


 戦争は終わった。

 エスタールを襲ったターンブル帝国軍は壊滅し、残された兵は帝国領土へと撤退していった。


 戦死したエスタールの民も居た。

 その一人一人、名を呼び弔ったオッサン……領主ホルマの勇気づけにより、民は活気を取り戻している。


 あの毛むくじゃらのオッサンは、今、ガラハドと共に笑いながら新たな屋敷を建てているところだ。

 これからは、長い復興作業が始まるが民も国も、上手くやっていけるだろう。


 それにしても――


「あれは、何だったんだろうな」


「何か言った?」


「……なんでも、ない」

 首を傾げるファティを横目に、ラーフィア山脈を見上げる。

 白竜と対面したあの日、絶体絶命だった俺の窮地を救った火柱を思い浮かべる。


 あれは、一体何だったんだろう。

 あれは確かに、『魔界』で燃え上がった炎だった。


 圧倒的な迫力の中に、俺は別の何かを感じていた。何故か俺の心に、懐かしさが沸いて出ていた。

 あんな現象、初めて見たのにな。


 まあ、色々と考えていても仕方がない。


 あれがもし、魔族の『魔法』だとするならば、それは人にとって驚異だが、今、それを考えていてもキリがない。


 もしかしたら『魔界』にも、何か別の、物語があったのかもしれない。


 魔族にも何かしらの事情があったのかもしれない。


 その真相を知る術はないし、俺とは関係の無い物語だ。


 考えるのはやめよう。


 俺は、人間なのだから。


 “魔族”と“人間”の世界は別なのだから。


「ねえ、ロキはさ、これからどうするの?」


「……さて、どうしようかな」

 ルスラン国王に断れた時点で、婿入り話は立ち消えてしまった。

 帝国ももうエスタールにはちょっかいを出してこないだろうし、俺もファティも無理をして事を急ぐ必要がなくなってしまった。


 エスタールは今まで通りやっていけるだろう。

 父上は、俺にエスタールを得て貰いたいようだけど、わざわざ事を荒立てる事は無い。

 それに、一国の主という立場は、俺には荷が重い。

 守護者程度の立場で、今まで通りファティやオッサン達と関わっていければ、それで丁度良いんだ。


「……今はまだ、そのままでいよう。俺はこの国が好きだ。できる限り長くここに止まって、できる限り多く関わっていきたいと思っている。その為には、今は何かをする時ではないと思う」

 何かとは、俺とファティ、ふたりの関係も含まれる。


「……次に進めば、違った未来が見えるかもしれないよ」


「……その未来を選びたくなった時は、迷わず選ぶよ」

 今はまだ早い。

 俺はまだ、俺の心には一人の相手が住んでいる。

 断ち切られた運命を未練がましく見つめている俺がいる。


「……あたしは、ロキと結婚したい。それは、ずっと変わらないよ。……だから――」

 俺のどこがいいんだかな。

 ファティは俺を見つめ、続ける。


「だから――ロキが選びたくなるまで、頑張る。ずっと、ずっと待っているね」


「……ありがとう」

 ふいに、俺の心に情景が浮かぶ。

 ファティと共に、ファティに似た子を抱く情景が映し出された。


 ……俺は、きっといつか、失った未練を断ち切ることができる。

 俺は、この子との未来を選ぶことができる。

 それはきっと、遠い未来ではないだろう。


 ファティの頭を撫でると、彼女が不意に目を瞑った。

 顎を上げ、何かが訪れるのをただ、待っている。


 その姿は可憐で、愛おしかった。


 ……仕方がないな。知らないぞ、どうなっても。



 心の中の言い訳は、俺とファティ、どちらに向けて言ったのだろう。



 俺は彼女を抱き寄せ、顔を近づける。



 彼女は力を抜き、されるがまま、ただ顔を上げている。









 俺は彼女の唇に――



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