エピローグ  『魔都哀愁』

【ルールー エピローグ】    


 彼の手に持ったメイスが輝き、光が私を包み込む。

 右も左も、上も下もない世界で、私の周りを二つの扉が回っている。


 彼は静かに語り始める。


        ****


「僕はね、孤児院……身よりのない子供達が集まる所だね。そこによく行くんだけれど……子供達からたまに聞かれる質問がある」


『なんで人を創った神様は、人間が神様を愛するように創らなかったの?』

 僕はその質問にこう答えるようにしている。


『それってつまらないでしょ?』

 愛する権利、愛さない権利、選択肢が与えられて……その中で自分を選んでくれるからこそ、その愛は尊いものなんだよ。


 人間は色々な選択肢が自分の手で決められる。誰かを愛することも、嫌いになることも、憎しみを持つことも人間が持つ自由な権利だ。


 その権利を奪うことは人間の世界においては……罪だ。愛情の操作なんてもってのほかだ。


 だからルールー。君のことを僕は否定しない……そうさ、


「選択肢の与えられた『人の意識ヒトノイ』……君は立派な人間だよ。ルーちゃん」

 人間なんだから誰を愛そうともそれは君の自由だ。

 同じように人間なんだから誰かを憎むことだってある。それも悪い事じゃない。

 復讐したいならそれをすればいいよ。でもね……これだけは覚えていてもらいたい。


「僕は魔族のツガイによる愛情も美しいと思ってる」

 生まれた時から誰かひとりを無条件に愛し続け、その思いを最後まで失わない。

 魔族全て、平等に、愛することのできる存在がいる。


 きっと争いなんて生まれない。

 妬みや猜疑心が生まれない世界は理想的だと言ってもいい。

 人間の世界には無い、神聖な純粋さに溢れていると思うよ。


 君は魔族として生を受けた。

 その宿命として、魔族の美しい純粋な心も無下にはしてもらいたくないんだ。



 君は人の意識ヒトノイになった。それは魔族の中ではとても珍しいことなんだよね。

 その珍しい人の意識ヒトノイになってみて、周りの魔族はどう変わった? 君への扱いに変化があったかな?


 君は、こう言っていた。世界が何事もなく廻っていったと。

 そう、君は他の魔族からゴミのように扱われていない。周りの魔族から愛情が抜けてないんだ。

 君は死んでいなかったのだから当たり前の話だよね。


 じゃあ、フィフィはどうだろう。

 フィフィは片一羽カタワレになってしまった。

 けれど彼女は君が死んだから片一羽カタワレになったわけじゃない。

 君が人の意識ヒトノイになったから、片一羽カタワレになったんだ。

 

 ……何が言いたいか分かったみたいだね。

 これは推測でしかないけれど――

 フィフィは ふたりの魔族を愛した状態で、死んでいったんだ。

 新しい相手と、君だ。


 厳しいことを言うようだけど、フィフィが何故、『なんでこんなことをするの?』と言っていたと思う?

 フィフィはね、君を愛していたからこそ、君にはただの片一羽カタワレになってもらいたかったんだよ。

 次の相手との未来を紡いでもらいたかった。


 幸せになってもらいたかったんだ。


 自分のことを忘れて、他の魔族を愛して、暮らしてもらいたかった。

 だから『 なんで?』と言ったんだ。


 君が人の意識ヒトノイになったことを否定している訳ではないよ。

 君は君の判断で、彼女との愛を覚え続けることを選択した訳だから。それも純粋な愛だと思う。

 僕が言いたかったのはね、こういうことさ。


「心の外側にある 憎しみだけに目を捕らわれて、それに隠された愛情をないがしろにする。……それって悲しいことだよね」

 心は一つの感情だけを優先しちゃ駄目なんだ。


 心の底から相手を想うあまり、自分を犠牲にしてしまう。……そんな話はよく耳にする。


 目の前の憎しみが大きすぎて、大切なことが目に映らなくなってしまう。……人間の世界ではよくあることさ。


 心の底から憎しみあっている二人が、実は深く愛しあっていた……なんて馬鹿馬鹿しい話も世の中のどこかにあるかもしれないね。


 どれも当事者は分かってないだろうけど、 視点を変えてみると、とても不幸な事だと思う。

 一方からばかりに目を向けていると、物事の本質なんて全く見えてこない。



 二つの視点から見て、初めて視えてくる本当の哀しみ。どうかそれを覚えていてもらいたい。



 ……君の幸せを願う、誰かの心を無下にはしないでもらいたい。


 最初に言ったように、君には選択権が与えられている。

 他者を恨むのも、誰かを愛するのも、愛する者の為に自分の命を閉じるのも、

 君の自由だ。


 自分で全てを決められる。そう、君は魔族であり、『人の意識ニンゲン』なんだから。


 ……魔族の愛情と人間の心、ちゃんとその二つを色々な視点から見つめることができれば、きっと君は正しき道へと進むことができる。


 願うならば、憎しみの連鎖から抜け、幸せを繋いでいってもらいたい。


        ****


「……長くなっちゃったね。僕の伝えたいことは以上だよ。後は、 君が選びなさい」

 『神様のお導きがあるといいね』彼はそう言いながら、笑顔とキラキラを振りまいて、私の空間から溶け消えた。


 取り残された私に、フィフィが優しく微笑んでいた。


        ****


【ノエル エピローグ】


 エアと別れ、私は久しぶりに我が家に帰ってきた。

 懐かしい。荒らされもせずに、何もかもがそのままの状態で残ってる。

 でもここに住んでいたお父さんはこの世にいない。

 お母さんもフィリーも、居なかった。

 フィリーに会いたかった。私が心を壊したままだけど、それでも会いたかった。

 身勝手な話だ。簡単に顔向けできる筈がないのに。

 お父さんは私のために死んだ。私があの場所にこなければ、お父さんはあの黒い人間にも勝ってくれてたかもしれない。

 もうお母さんにも顔向けできない。

 私の居場所はもう、どこにも無い。


 私はふらふらと家の外に出て、リレフのところに行く。変わらない格好で、リレフは倒れていた。

 リレフが常に首にかけていた、『反射の魔石』を外す。

 リレフの形見。エアの中では愛情が消えてしまっているけれど、私は覚えている。ずっと忘れない。

 せめてこれだけは身に付けていよう。リレフが生きていた、証として。

 

『これからの人生、絶望することもあるかもしれぬ。なにか予想も付かないことが起こるかもしれん。そんなとき、今日を思いだすのじゃ。今日視た出来事を思え。感じろ。それがある限り、お主はどんな状態であっても生きていける』

 師匠の言葉とともに、悠人の悪戯めいた顔が浮かんできた。


 大丈夫だ。色々な事があったけど、まだ私は生きられる。悠人は……私の支えはきちんと心の中にある。

 エアが、魔族には希望が必ずあると言っていた。

 その通りだと思う。

 悠人も死んで、ツガイを壊して、友達もなくした私にも希望がある。

 私の希望はただ一つだ。あの偉そうにしていた白い髪の男。ロキと名乗った王子を殺して、魔族の……お父さんの仇を討つ。


 これからはそれだけを生きがいにしよう。

 だから悠人、私の中で、見守っててね。



        ****


【ロキ エピローグ】


 領事館執務室の奥にある扉を開き、階段を降りていく。進む先から聞こえる、うなり声が次第に大きくなってきた。


「エメットが負傷者の救済をしている時に見つけた通路ですわ。念の為に調べておこうとして……彼を発見したようです」

 先行するカロリーヌが眉を寄せる。

 地下は鉄の牢になっていた。一番奥にあるうなり声以外に生物の気配は無い。


「最初は気が触れた魔族だと思ったのですが……彼女はサキュバスなのでしょう? でしたら、そういうことですわね」

 カロリーヌがランタンでそれを映し出す。


 柵の奥に、両目を皮の帯で縛られた、赤茶色の翼を持つ男が居た。

 両手両足は鎖で縛られ、ノエルの名を譫言うわごとのように呟いている。

 口からは涎を垂らし、時折首を振ってそれを飛ばしている。


 あの女は、自分のことをサキュバス種のノエルと名乗っていた。

 この男の状態は、あの女に精神を壊された存在の末路だ。

 どんな事情かは分からないが、この男はノエルの敵、だったのだろう。

 仲間割れの果てに同族の心を壊し、それ以上殺しもせずに繋ぎ止めている。


 観察する為か、自分が楽しむ為か……

 醜悪な行為に吐き気すら覚える。


「……王国ルスランへ連れて帰ろう」

 俺の言葉にカロリーヌは息を呑む。

 どちらにせよこのままの状態にもしておけない。

 それにあのサキュバスが洗脳して、殺さなかった……もしくは殺せなかった相手だ。何かしらの使い道があるだろう。

 本国に帰れば、この状態を回復させる可能性もある。『魔石』だ。

 サキュバスの洗脳対策として、この男を使い色々と試してみよう。なんにせよ、今の状態よりも悪くなることもないだろう。

 そして無事回復したならば……


「本国で洗脳を解き、サキュバスと戦わせる」

 使える者は魔族だろうがなんだろうが使ってやる。邪魔する者は人間だろうとも許さない。


『そんなに怖い顔したら駄目だよ、悠人』

 不意につばさの声が聞こえてきた。

 十六年前の記憶のまま。優しく俺を戒めてきた。

 ガラでもないのは十分に承知している。激情にかられたところで何も生み出さないことは分かっている。

 それでも俺は自分の我が儘を通す。サキュバス種のノエル。俺はあいつを生涯、許さない。必ず殺してみせる。


 だからすまない、つばさ。

 見苦しく復讐心に燃える俺を、どうか見逃してくれ。



        ****


【帝国史】

 皇太子救出の為、魔界へと突入したアレクシス軍が帝国に帰還したのは、進軍開始からからおよそ十三日後の事だった。

 総勢三万七千の軍の内、生存者は僅か十七名。司令官のアレクシス以外、軍団長は全て戦死と通達された。

 アレクシスの報告により、魔界突入後わずか一日足らずでその戦力を失ったことが判明し帝国に激震が走る。

 救いと言うならば、皇太子の救出に成功したことと少数の魔原石、更には『帝都の厄災』の捕獲であった。

 無力化した『帝都の厄災』は帝国内上層部の秘匿とされ、皇帝の管理下に置かれる事となる。

 後に『魔都の哀愁戦』と呼ばれる戦いはこうして幕を閉じた。


 帝国に更なる動乱が訪れるまで、そう時間は掛からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る