魔族と人間8 『全ての告白』

【****】



 水路を駆ける音がする。私は慌てて準備を済ませ。その音が近づいて来るのを待つ。

 その音の主は慌てているのか時折転がりながらそれでも懸命に近づいて来る。

 私はそれを身動きせずに聞いている。水路の中に設置された小部屋の中で、ゆっくりと音の主が入って来るのを待っている。

 小部屋は本流への扉だけ開いている。他に道はないので、ここに辿り着くまでにそう時間はかからないだろう。


「……こんばんは。館長」


「……ルールーか」

 男が本流の水路から小部屋の中に入ってきた。両手の拘束は解かれ、腕に血が滲んでいた。

 壁に背を向けて立っている私を見つけ、少しびくりとする。


「行政区まで行く手間が省けました。自分で拘束を解いたんですね」


「待ち伏せか? あの男達はどこにいる?」

 指を折られた事が相当効いているのか、焦燥の顔を浮かべてキョロキョロと見渡している。


「大丈夫です。私しかいません」


「……私を逃がしてくれるのか?」

 私に一縷いちるの望みをかけたらしい。面白い冗談だ。

 私は首を振る。


「ううん、決着を付けましょう。全ての決着です」


「決着? なんの決着だ」


「フィフィ……私の愛してやまない・・・・・・・『生まれのツガイ』を……あなたが殺したんですね」

 静寂の時間が過ぎ去った。


「なぜ、それを覚えている?」

 死んだツガイのことを愛しているはずがない。館長はそう言いたいのだろう。

 返答の代わりに、私はターンブル兵が持っていたボウガンを取り出し、

 館長の両足を打ち抜いた。



 叫び声を上げながら、地べたを這い逃げようとする館長に、私はゆっくりと近づく。


「私、この弓矢、初めて使うんです。試し打ちすらしていません。見よう見まねです。ここの部分を指で引けば、矢が出るのは分かってました。沢山出るのも分かってました。沢山出るならどれか当たるかな。と甘い期待を抱いてました。成功して良かったです。足跡が聞こえてきて、もうドキドキしてました。誰か別の魔族が、もしくはロキ達の誰かが来たんじゃないかって心配していました。でも少し期待もしていました。あなただったらいいのにな。とほんの少しですが思っていました。あなたは街の混乱に紛れ、どさくさに紛れてここまで逃げ出したんですね。何もかもを捨てて、魔族も助けず、自分だけが助かりたいために逃げてきたのですね。期待通りの屑ですね。ありがとうございます。こうやって絶好の場所で、素晴らしいタイミングで逃げ出してくれて。態々わざわざ領事館まで向かう必要がありませんでした。何も気が付いていないフリをして、あなたに笑顔を振りまいて、ここまでおびき寄せる必要がなくなりました。感謝します。こうして思うとそれをすると考えるだけで吐き気を催します。あなたに気が付かれずに演技ができたかどうか。そう考えるとこうやってこの場所で再び出会えた事は運命ですね。感動の再会ですね。まあ、あなたにとっては不幸でしょうが、どちらにせよ、自業自得ながらも今日一日とっっっっっっっっっても不幸でしたもんね。今更ですよね。あ、心配しなくていいですよ。すぐには殺しません。そんなすぐに楽にしてたまるものですか。あなたは沢山苦しまないといけないんです。私に泣いて謝らないといけないんです。なんで自分がこうやって苦しまないといけないのか、こんな痛みを何故味合わないといけないのか。それを骨の髄までしっかりと焼き付けて、私に命乞いして死んでいく。それがあなたの最後です。……分かったら少し黙れ!」


 静かになったところで、私はゆっくりと、館長に向け語り始める。


        ****


  ……あなたは勿論覚えているでしょう?

 数ヶ月ほど前まで、領事館にフィフィというメスのマンドラゴラ種が働いていました


 そう。同族、同種。両親共々マンドラゴラである私のツガイです。

 私達は早くから両親に死なれ、それでも二人で支え合って生きてきました。生活は苦労しましたけれどとても楽しく、充実した日々でした。

 なんせ生涯の伴侶と共に暮らしていけるんです。他に望む事がありますか?

 どれだけ苦しくても、大変でも、愛するふたりが支え合って生きていけるんです。それだけで十分じゃありませんか。


 ツガイがいれば、魔族はどんな状況になっても楽しく生きていけるのです。


 そうやって、同じ職場で、お互いに協力しあって、私達は生きてきました。

 そしてある日、フィフィは領事館でノエル達と出会い、仲良くなり、子供達のお世話を担当していました。……私が引き継ぐまで、ですが。


 ある朝、まだ空が暗い時間に、その子は私に言いました。


『ちょっと水質調査管理場まで行ってきます』

 こんな朝早くから? と不思議に思いました。

 お互いの業務はある程度把握していたからです。それでも突然仕事が入る。なんて事もたまにはありますよね。

 私は笑顔で送り出し、少しゆっくりして朝ご飯を食べて、いつも通りに仕事場である領事館まで向かいました。


 ……彼女の元気な姿を見たのはそれが最後になります。


 丁度あなたは出かけていて、居ませんでしたけれど、領事館で業務を行っていた私の下に、水質調査管理場の職員であるリレフが訪れました。彼はとても慌ててました。そして私にこう言うのです。


 フィフィが水路の中で刺されている。


 水が止められていた為、リレフが中を確認したところ、お腹を刺されて苦しんでいる彼女を見つけたのです。

 手を付けていた仕事を放り出して、私は大慌てで彼女のもとに向かいました。


 彼女は瀕死の状態でしたがまだ息がありました。駆けつけた私のことを笑顔で迎えてくれました。

 勿論私は『誰が刺したの?』と聞きました。当然ですよね。なんでこんな事になったのか、私には知る権利があるのですから。

 ですが彼女は首を振ります。そして言いました。



『私への愛情は忘れてしまうから』



 そうです。まだ十五歳。交尾前だった私達は、魔族の特性により“死んだツガイへの愛情を忘れてしまうのです”


 例え、刺した相手を聞いたところで、刺された魔族は道ばたにあるゴミと同じ、どうでも良いモノとされてしまうのです。それでは刺した相手を糾弾することすらできません。



 私は彼女の愛情を忘れたくありませんでした。



 彼女以外のツガイを認めたくありませんでした。



 この時ほど頭を回転させて必死に考えたことはありません。

 このまま彼女が死ねば、私は彼女への愛情を忘れ、どこかの魔族を愛してしまいます。片一羽カタワレの定めです。魔族のツガイに例外はありません。


 この時ほど魔族に生まれたことを呪ったことはありませんでした。

 そう、ツガイの運命……これは呪いなのです。


 ならばそのツガイの運命から外れてみたらどうなるのだろう。そう考えたのです。



 ……そして私は『人の意識ヒトノイ』になることを決意しました。



  自分の意思で、自由に好きな相手を選べる『人の意識ヒトノイ』。これならば、私の意思で彼女をいつまでも愛していられるんじゃないか。そう考えたのです。

 人の意識ヒトノイになった私のことを感じ取ったのでしょう。彼女は『なんで? どうして?』と涙を浮かべ、死んでいきました。

 片一羽カタワレとなった彼女は『生まれのツガイ』である私の目の前で、『他に愛している魔族がいる』と言って死んでいきました。


 結局、刺した相手のことは話してくれませんでした。


 ですが私の思惑は成功しました。

 『人の意識ヒトノイ』になった私は、幸いにも彼女との楽しかった思い出を鮮明に頭に映し出すことができました。二人の美しい思い出を記憶しているので、もちろん彼女のことを愛し続けることができました。


 隣ではリレフがフィフィのことを忘れ、ゴミを片付けるような態度で私に接してきました。

 仕方ありません。魔族にとって、交尾前の死骸は……全ての魔族から忘れ去られた廃棄物と変わりありません。


 私は心の中で誓いました。刺した相手を必ず見つけ、復讐してやると。


 実行犯は私がフィフィへの愛情を忘れていると思っていることでしょう。だから、私は『片一羽カタワレ』のフリをして生活することにしました。


 彼女の存在が消えても、世界は変わりませんでした。


 領事館の中もいつも通りの日々でした。彼女の業務は姿形が似ている同種の私が引き継ぎ、その後ノエルと出会い仲良くなりました。


 勿論、私からはノエルに彼女の死を伝えていません。当然ノエルもフィフィのことなんてどうでも良い存在になっているでしょうからね。

 ただ……初めて私とノエルが顔を合わせた日、担当が変わったとノエルに伝えると、彼女は少し不思議そうな顔をしていました。

 もしかしたら、あの子も人の意識ヒトノイなのかもしれません。


 だから気が合ったのかもしれませんね。


 ああ、そうそう。

 この戦いで私は、ノエルの生死を心配していました。果たして彼女は無事なんだろうか……そう思っていました。

 フィリーと交尾前のあの子ノエルが死んだら、本来魔族は彼女へ向ける気持ちを失います。死んだ瞬間に、生きてても死んでてもどちらでも良い。となるのです。

 友達が生きているのか死んでいるのか分からない。生きていてもらいたいな。そう思えるのも人の意識ヒトノイならではの醍醐味ですね。


 ……話が少し逸れましたね。まあ、そういう訳で、魔族の街ブルシャンは私のツガイがいなくても何事もなく廻っていきました。


 彼女があの日、なぜ水質調査管理場まで行ったのか。

 誰に刺されたのか。

 どうして刺されなくてはならなかったのか。分からないことだらけでした。


 ですがその事ばかりを考えていた私は、とても簡単な解を見逃していたのです。


 『人の意識ヒトノイ』である私も魔族だったので、この戦争が起こるまで、ずっと見落としてました。


 最初は少しの違和感でした。

 ロキ達とやっとの思いで領事館までたどり着いた後、私はあなたにワルクシュミの死を伝えました。私と同い年、十五歳の同僚です。

 あなたはそれを受けて、『可愛そうに』と言いました。

 そこではまだ、ほんの違和感でした。その正体に気が付いたのは、その後でした。


 この戦いでリレフが死んだのですが……その時、リレフへ向ける愛情をエアは失い片一羽カタワレとなり……“その姿をロキが心配そうに見ていました”。

 客観的にその光景を見つめ、恥ずかしながら私はその時初めて、思い当たったのです。


“人間は魔族が死んでも愛情が変化しないんだ”と。そして――


ロキは、リレフを愛していたエアを覚えている。

エアの発言で、リレフを失ったことを察して心配した。

それはつまり、

“人間は、魔族が片一羽カタワレになる前の状態を……覚えている”。


 魔族ばかりの世界で生きてきた私にとっては盲点でした。

 交尾前の魔族が死ねば、生まれのツガイからも、魔族全てからもゴミのように扱われることが当たりまえでしたから。

 ……当然、『可愛そうに』なんて言葉をかける魔族なんていません。


 同じように、残された魔族も何事もなかったかのような生活が待っています。『残念だね』、『元気出してね』なんて言われません。魔族はみんな新たな希望が生まれていることを分かっているからです。

 そう、新たな片一羽カタワレが生まれるのが当たり前なのですから。


 とても簡単なことでした。世界が変わらずに回る。それ自体がおかしな話なのです。領事館がいつも通り、それ自体がおかしなことなのです。


 彼女を愛していた私のことを、覚えているはずの『人間』がいるのですから。


 彼女が死んだ翌日……『片一羽』のフリをする私を見て、あなたは私に何一つフィフィのことを尋ねてきませんでした。

 過去に働いていたフィフィなんて、どうでも良い存在だ。とばかりに、彼女の仕事を私へと引き継ぎました。


 私に気を遣ったのでしょうか?いいえ、違います。

 私はいつも通りに領事館に行き、フィフィは来ない。領事館の重要事項である、子供達の担当者が来ないのです。あなたは当然私に確認を取るべきでした。


『フィフィはどうしたの?』そう私に尋ねて、

 私が『昨日、死にましたよ?』……そう答え、初めてそこで察するべきだったのです。


 あなたがフィフィの死に無関係だったら、の仮定ですが。


 ちょっと深く考えれば当たり前の事でしたね。人の意識と書いてヒトノイなんですから。

 人の意識を持ったあなたはフィフィと私がどれだけ愛し合っていたのか。それを覚えているはずなのに、まるで最初から彼女は存在していなかった。そのようなフリをしていた。それは何故か。


 あなたは怖かったのです。うしろめたかったのです。下手に色々聞くよりも、このまま何事もなかったように過ごせれば良いと考えたのです。だからいつも通り接してしまった。


 何事もなく私に彼女の業務を引き継いでしまった。


 あなたがフィフィを殺したんだ。そう思い当たった私は、あなたを殺す決意をしました。

 人間にも、魔族にも、誰にも譲らない。この手で殺さないと。そう思いました。


 あの王子様も根本的には甘いですからね。少しの付き合いですが分かりました。

 ロキ達に邪魔をされないように、私は水路からブルシャンに侵入し、領事館からあなたを連れだし、この場で殺すつもりでした。ですが、あなたの方からこちらに来てもらえました。


 きっと、この場所で死んだフィフィが喚んでくれたのでしょう。


 フィフィの無念が、ここで復讐しろ。と言ってくれてるのでしょう。


 長くなりました。以上が私の告白です。

 

 では、今度はあなたの番です。何故、フィフィを殺したんですか?


         ****


 退職後の楽しみを増やすため、と軽く考えターンブルと接触したが、弱みを握られることとなった館長に対して、ターンブルの要求は徐々に大きくなっていった。

 情報をもっと寄越せ。武器も買え。ルスランからの予算を使え。

 けれども公費を使い込むも限界がある。そこで館長は『商会』に相談し、商売をすることにしたのだ。

 その商品は、『魔族の子供』。

 館長は『公国』協力のもと、年に六体だけ、転移の魔石を使って魔族の子供を『商会』に売っていた。確実に殺すことを条件に。

 殺してしまえば、魔族の全てから愛情が抹消される。ゴミになる。

 危険がまるで無い商売だった。

 貴重な魔族。高額の値が付き、売った金でターンブルの為に武器を買い、私腹を肥や


 それにフィフィは気が付い


 そしてフィフィは無謀にも

 そして取引に向かう館長と子供達を追

 見つかっ

 口論

 その結果・・・・刺された・・・・



「なんとか頑張って聞きましたが、下らない話ですね。これが読み物のお話でしたら省略に省略を重ねますよ。一言一句しっかり耳にとめた私に感謝してもらいたいくらいです。自分自身を褒めてあげたいくらいです。せめて同情できる部分の一つ位は差し込んでもらいたかったですね。まあ同情なんてしてあげませんが。もう十分です。私の疑問は全て氷解しました。私が深く、深く愛したフィフィはあなたの下らない私欲に気が付いてしまい、あなたの良心に期待するという馬鹿な真似をし、悪行を止めることが出来ずに命を落としたと言うわけですね。ははっ気が付かないであなたと仲良くしていた私がバカみたいじゃないですか。ロキが突然断罪しようとした時、ついついあなたを庇ってしまった私はなんだったんでしょうね。滑稽でしかないですね。まあいいです。フィフィが死んでから、毎日考えていた事、そして極力考えないようにしてきた事が分かって満足です。全て満足しました」


「もういい。殺せ」

 もう生きることを諦めたんですか? 最後まで都合の良いヒトだ。


「言ったはずですよ。すぐには殺しません。あなたは沢山苦しまないといけないんです。私とフィフィに泣いて謝らないといけないんです。それがあなたの最後です。自分で自分の最後すら決められません。……それでは。頑張って下さいね。館長」



 私は自分の最後を自分で決めます。



 自分で全てを決められます。




 ……そう、私は人の意識ニンゲンなのだから。



 さようなら。館長。


 私はボウガンを自分の胸に向け、迷いなく、引き金を引い――





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