つばさと悠人7 『道化師の歓喜』

【ノエル 居住区】


 ワインレッドの男は両手に剣を持ち私から距離を置いて様子を伺っている。

 私が魔法を使ったことで、一筋縄ではいかないと瞬時に感じ取ったのだろう。


 少し脅せば逃げていくかもしれない。でもそれじゃダメだ。この人を野放しにしたら、戦えない魔族達の犠牲が増えていくのは火を見るよりも明らかだ。

 私に魔法ちからがあるなら、私がここで止める。

 それが例え、殺す事に繋がったとしても。


「どうしたの? 絶対許さないーだとか言ってなかった?」

 ぎりりと歯ぎしりする音がここまで響いてくる。正直こういう挑発はあんまり好きじゃないんだけど、そうも言ってられない。

 もっと私を憎んで絶対に戦ってもらわないと。


「まあしょうがないよね。人間って魔法が使えないんでしょ? 師匠が言ってたよ。勝てる訳がないんだからさっさと逃げれば?」

「……調子に乗るんじゃねぇよ、小娘が!」

 男は剣を掲げ戦闘態勢に入る。


「道ばたの魔物ですら使える魔法がどうした! 手から炎出すなんざ手品でも見飽きてんだよ!」


「その小娘に怯えてるくせに。あなた本当に男? 付いてるの?」

 逆鱗に触れたのか、男が怒声を振りまきながら飛びかかってきた。両手を振り上げ、二つの剣閃が私に襲いかかる。

 男の前に手を掲げ、貯めていた魔力を一気に放出する。

 『火炎弾』。私の十八番だ。


「っらくせぇ!」

 咄嗟に男が剣の軌道を変え、炎を切り裂きつつ横に飛び避ける。

 確実に当たる、そんなタイミングで放ったはずなのに。


 私は背後に下がりながら、両手を交互に上空に掲げ、次々と『火柱』を男の足下から吹き上がらせる。

 男はそれを全てステップを踏むように軽やかに避けていく。

 やっぱりこの人強い。


「ほらほらどうした! もっとオレを欲情させてみろよ」

 実戦に入り落ち着きを取り戻したのか男が余裕を見せ付ける。

 この男はずっとこうやって自分の優位性をアピールしてきたんだろう。だからそれが命取りになる


 再び男の前に火炎弾を放つ。私の背丈ほどある紅蓮の炎がワインレッドに襲いかかった。


「んなもん当たらねぇんだよ!」

 男は軽々と横にステップして火炎弾を避ける。

 分かっていた。

 男が避けることは読めていた。だから私は……


「おかわりいる?」

 私の背丈ほどの火炎弾に隠れて、中型の火炎弾を私は既に放っていた。丁度男が避けるであろう位置へと。


「!! だからどうしたぁ!!」

 自分の身に近づくもう一つの火炎弾。それに気が付いた男は両手に持った剣を物凄い早さで振り回した。

 素振りの斬撃が火炎弾をみるみるうちにみじん切りにして消し飛ばす。


「……手品は終わりか?」

 男の両手に持った剣が煙を上げている。中型の火炎弾は完全に消え失せていた。


「うん。ご静聴ありがとうございました」

 男の背中に私の背丈ほどの火炎弾がぶち当たった。

 紅蓮の炎がワインレッドの鎧を包み込み、一気に燃え上がらせる。

 男の叫び声が響き渡る中、後方の少し離れた場所に立つ黒い影に手を上げた。


「もうちょっとさぁ、合図とか欲しかったな。いきなり火炎弾来てビックリしたよ」

 そこにはリレフが胸に付けた魔石を輝かせながら立っていた。


 反射の魔石で火炎弾をはじき返してね。そう目で合図したつもりだったんだけど……ま、まあ、結果オーライだね。

 男からしてみたら一度避けた炎が戻って来るなんて思いもしなかっただろう。


「ごめん。でもリレフならきっと分かってくれると信じてたよ。」


「ノエルの無茶に付き合ってたら体がいくつあっても足りなそうだね」

 男は地面に転がり暴れ回っていたが、消えることのない炎に包まれたまま、その動きを止めた。


 ついにやってしまった……。

 罪悪感はあまりないけど、それが余計、自分への不快感に繋がっていた。余りにも沢山の死を見せられ、慣れてきている。

 こうやって少しずつ汚れていって、そのうち汚い自分になにも感じなくなっていくんだろうか。


「ノエル。……しょうがないよ。ノエルは魔族の為に頑張ったんだから」

 燃える男を見つめる私。その表情で心を読み取ったのか、リレフが慰めてくれる。


「うん、ありがとう。……大丈夫だよ」

 今は感傷に浸ってる場合じゃない。一人でも多くの魔族達を助けて回らないと。


「……この先でお父さんが戦ってるはずだから、行こっか」

 他にも強い人間てきが沢山いるかもしれない。けれどお父さんがいればとりあえずは安心だろう。

 私達は居住区の広場へ向けて歩き出した。


「そういえば、集められてた女の子達は?」


「全員縄をほどいておいたよ。何人かで固まって行政区目指すってさ」


「そっか。良かった。じゃあその辺りが避難場所なのかな?」


「うん、だから、もしかしたらそこにエアもいるかもしれな――ノエル!」

 突如、隣を歩いていたリレフが私の背後へと飛び上がった。


 釣られて、私も振り返る。


 それは、リレフが丁度、私の胸の高さまで飛んだ瞬間に起こった。



 ドスン、という重く低い音が聞こえてきた。リレフの体が大きく揺れる。

 リレフの目が大きく開かれる。


「リレフ――?」

 リレフの小柄な体が、前のめりに倒れていく。スローモーションでリレフの背が、少しずつ私の目に映し出される。

 リレフの背、丁度心臓の辺りに、ボウガンの矢が突き刺さっていた。


 なに、これ――


 そんな、


 そんな、リレフ、まさか、私を――


「あひゃっひゃっひゃひゃ!」

 金髪の男がもはや絶叫とも呼べる笑い声を上げていた。ワインレッドの鎧を脱ぎ捨て、上下灰色の服で私にボウガンを向けている。


「死ね!この糞女!」

 男が私に向けて引き金を引いた。


 矢が真っ直ぐ私の方へと向かってくる。

 避けないといけない。

 だけど、足が動かない。

 余りの出来事に思考が追いつかない。


 当たる。そう思った瞬間に突如視界の先がオレンジ色に包まれた。

 矢は私に届く直前、炎に包まれ炭になって消し飛んだ。私の炎じゃない。私はなにもしていない。


「なんだてめぇらは!?」

 男の方を見ると、魔族の女性達が男を取り囲んでいた。両手両足とも魔族につかまれ、ボウガンも捨てられていた。


 見た顔の女性がちらほらいる。さっき私がロープを切った女の子もいた。商業区に集められていた女性達なんだろう。


 先ほど、炎で私を助けてくれたラミアの女性が、男に近づいていく。

 女の子の誰かがやったのだろうか。いつの間にか男の両手から骨が抜き取られ、宙を舞った。


 男は笑っていた。


 沢山の女性達に囲まれ、男は悦に入って喜んでいる。

 男は自分の血液を絞り出されるだけ絞り出され、天に昇ったような恍惚な表情を見せている。


 下品な笑い声が下水の中へと引きずり込まれていった。

 下水の中から男の叫喚が響いてきた。

 

         ****


「リレフ……」

 私はリレフに声をかける。リレフはうつぶせになったまま、身動き一つしてくれない。

 

「ねえ、ダメだよ。エアのところに行くんでしょ?」

 なにも答えてくれない。

 私は座り込み、リレフに触れる。まだ暖かいリレフのぬくもりが手に伝わってきた。


「やだよ。……冗談でもやだよ。こんなの」

 私はゆっくりとリレフの顔を自分の方に向ける。開かれた両目からは生気が抜け落ち、瞳孔がひらいたままになっている。

 死んでいる。

 リレフが……、死んで、しまった。



「そんな……」

 こんな、あっけなく死なないでよ。

 なんで、私なんか庇って死んじゃうの。


 エアのいないところで、あっさり好きな気持ち、忘れられて死んじゃうんだよ。どうでも良い存在にされちゃうんだよ。


 私、これからどうやってエアに向き合っていけばいいの。あんなに二人とも仲が良かったのに。

 エアはリレフのことを忘れて、新しい誰かのことを好きになっちゃうんだよ?


 ……いいの? それで。エアが誰かに取られちゃうんだよ?

 そんなの……だめだよ。

 私が苦しいよ。


 リレフの人生ってなんだったの。

 エアと十五年間、ずっと愛を育んできたリレフは一体なんの為にいたの。


「そんなぁ……」

 一気に涙が溢れ出る。動きを止めたリレフの隣で、私はいつまでも、いつまでも泣いていた。


 夕闇が、濃紺へと変わっていった。  


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