悠人12 『間者の末路』

【ロキ 領事館】


「王族をなめるなよ。クルト」

 とまあ、色々と能書きを垂れてしまったが、実のところを言うと俺はこの魔族半島に来た時からコイツが間者だろうなとあたりを付けていた。


 理由は簡単だ。ターンブルに情報をお漏らしして、一体誰が一番得する?

 魔族は論外だ。端っから人間から距離を置いて、自立した生活を送ってる。

 ルスラン本国の誰か? 魔族半島の情報なんて握れる存在はごく僅かだ。その重鎮どもからしてみたら、ターンブル皇太子を捕らえた方がよっぽど自分らの益になる。

 だってそうだろ? 我々で保護しましたよーってターンブルに伝えて。ちょちょっと外交するだけで、莫大な恩恵や金が舞い込んでくる。散々政治利用されるだろう。

 本国の連中でもない、魔族でも無い。ならば裏切り者は一人しか残らない。

 そういう事だ。


 正直なところを言わせて貰うと、皇太子はターンブルに還してもいいと思っている。何歳いくつなのかは知らないが、子供ながら敵国で政治利用されるのは辛いものがあるだろう。立場上そうは言えないけどな。

 だからまあ、俺としては皇太子回収なんかよりも裏切り者を潰す方が最優先だったわけだ。


 しかしまあ、なんだって古今東西、犯人ってヤツは往生際が悪いんだろうね。

 証拠なんて探せばいくらでも出て来るだろうに。

 例えばコイツの部屋か執務室を漁ればターンブルに繋がる『通信石』が見つかるだろう。会話のメモなんかも転がってるかもしれない。ターンブルとの何かしらの証文も出るかもしれない。


 何故それをやらないのか? 面倒くさい。


 俺は蝶ネクタイのメガネでもなければジッチャン大好きなロンゲでも無い。餅は餅屋。そういう事はそれ専門の主人公に任せておけばいいんだ。


「魔が差したのです。……どうかご温情を」

 その裏切り者のオッサンは、最早顔面蒼白で俺の前に膝を付いている。

 論じて勝てぬと踏んだら泣き落とし。古典か!と突っ込みたくなる。


「悪いが俺が許しても魔族が許さないだろうな。お前の流した情報で、どれだけの魔族が死んでいったか分かって言ってるのか?」

 マンドラゴラ種のルールーも神妙な面持ちでクルトを見ている。怒ればいいのか、悲しめばいいのか分からないのだろう。自分の上司が魔族を裏切っていたんだ。複雑な心境だろうな。


「ロキ、お願いがあるんだけど」

 ルールーがその大きな瞳を俺の方に向けてくる。このタイミングのお願いって碌でもないイメージしか沸かないんだが。


「……コイツを許す以外ならば聞こう」


「ううん。この人を縛った状態で領事館の外に出せないかな?」

 ……なるほど。そういう事か。


「魔族の法に合わせて、裁きたいという事か」


「うん。キチンと裁けるのかは分からないけれど、魔族の街で起こった事だから。今こうして侵略されてるのも魔族だから。人間に裁かれるよりも、魔族が裁くべきだと思う」

 このマンドラゴラは中学生みたいな見た目しているが、意外としっかりした考え方しているんだな。


 さてどうするか。本国に事の顛末を話す義務はあるが、間者である領事館長は魔族にも裏切りがバレてハンバーグになりました。とでも報告しておけば問題無い様な気もするが……。

 うーん、まあ魔族に任せても遅かれ早かれそうなるだろう。


「いいだろう。それで行こう。エメット、縛ってくれ」

 どちらにせよ、ルールーの前で首を跳ねるつもりも無かった。トラウマになられでもしたら困るしな。

 脅しで床に刺した剣を鞘に収める。


「いいけどロープはどこかにある?」


「そのダルンダルンのローブを破ればいいだろ」


「いやコレけっこう高いやつなんだよ!?」


「ルー子、ちょっと頭のツルを二、三本引っこ抜いてくれ」


「いいよー……って言うわけないからね!? 結構痛いんだけど!」

 おお、ノリ突っ込み。いつの間にか成長しちゃって。


 結局ルールーが心当たりのある場所を探し、俺とエメットでクルトを見張る。という事になった。

 いい歳こいてすすり泣くオッサンを眺めていると、悲しくなってくる。そのうちにカロリーヌが領事館内に入ってきた。


「丁度良い所に来たな。哀れなオッサンの今生の別れに、乳でも揉ませてやれえぐほっ!!」


「この非常時に何をのたうち回ってるんですの!?」

 殴られた。ぐーで。ケチなヤツだ。使わなきゃ乳の持ち腐れだというのに。


「そんな事より、外がおかしいんですわ」

 カロリーヌが袖を引っ張ってくる。見張りはエメットに任せ、連れられて外に出る。


「なんじゃこりゃ」

 ブルシャンの街並みが、薄く淡いブルーに包まれていた。いや、街並みだけじゃない。隣のカロリーヌも、俺自身も。空気そのものが蒼くなったんじゃないかと錯覚していまう。


「……領事館長を呼んでこい。話を聞きたい」

 流石の俺もこんな妙な現象は見たこと無い。カロリーヌが頷いて領事館に入っていった。

 それとほぼ同じタイミングで突如ガラハドが振り返る。


「どうした? ガラハド」


「……申し訳ありません。しばしこの場を離れます」

 ガラハドの鋭い眼光の先を追うと、遠目に人影が一人映し出された。両手に双刀を持った全身ワインレッド色の鎧を着た男が歩いてきている。


「レギオン軍団長か。厄介だな。やれるか?」


「ご冗談を。……引けは取りません」

 どうやら愚問だったらしい。ガラハドが笑って答える。


「分かった。頼んだぞ。ガラハド」

 ガラハドの肩に手をあて、疾風のごとく飛んで行く姿を見送る。激しいつばぜり合いの音が聞こえてきた。

 しばらくするとルールーが領事館から出てきた。


「クルトはどうした?危ないから外には出ない方が……」


「ロキ。急に私の魔力が消えた。……私だけじゃない。魔族みんな、魔法が使えなくなってる」


        ****


「知らない。私は何も!」

 領事館前に引きずり出されたクルトが頭をブルブルと振っている。

 謎のブルーの空気は未だにブルシャン全体を覆ってる。地面や石畳に青白く光るラインが引かれ、漢字を崩した様な文字がその上に書き出されていた。


「カロリーヌ。左手小指から始めろ」

 クルトの左小指をカロリーヌが握りしめる。


「まて、何をする。本当に知らない!しらないん――ぎゃぁああ!!」

 ポッ○ーをへし折った様な音の後、クルトの汚い声が響きわたる。残酷だって? こっちも悠長にはしていられないんだ。こんな広範囲の異常、何が起こるか分かったもんじゃない。


「次、左薬指だ」

 カロリーヌがクルトの薬指を握りしめる。


「分かった! 思い出す! 思い出すから待ってくれ!」

 最初っからそうしてくれ。あ、因みにルールーはエメットが目隠ししてくれてる。「子供は見ちゃダメだよ~」とか言ってるが音で丸わかりなのが悲しいところだな。


「……ターンブルと商会との購入見積もりの中に、ちょっとおかしな物があった。えっと、あれは……」


「いや、ちょっとまて。何でお前がターンブルの購入見積りを知ってる」

 まさかコイツ……。


「カロリーヌ」


「いや、まっ話を……ぎゃぁあああ!!」

 うん。この○ッキーだかプ○ッツのCMみたいな音、半周回って爽快に感じてきたな。自重しなくては。


「……公費をターンブルの為に使ってたな」


「……申し訳ありません」

 コイツどこまで真っ黒だよ。

 つまりターンブルが商会から買い物をして、代金の支払いはルスランがするということ。これは……本国が知ったら殺すなんて生やさしいものじゃなくなるぜ。


「聞かなかった事にしてやる。続けろ」

 今はブルシャンの救出が一番だ。こいつにとってもまだ魔族になぶり殺された方がましだろう。


「文字通り、金額の桁が違う商品をいくつか購入しておりました。あれは……エリヤ……違うな、えっと」


「エリシャか?」


「そう、エリシャ、『エリシャの杭』と名の付いた商品です。」

 エリシャ。旧約聖書の預言者か何かだった筈だ。何をしたのかは知らないが……。この世界にも同じ話が伝わってるのか?それとも偶然か……。


「エメット。お前のところの教典にエリシャって出て来るか?」


「うん?どうしたのさ、急に。信仰に目覚めたならいつでも懺悔きくよ?」


「惚れた女を蘇らせてくれるならいつでも行ってやる。で、どうだ?」


「エリシャ……うん、居るね。うちの、じゃなくて二つ前の旧教が使っていた、聖典にだけどね」


「どんなヤツだ?」


「そりゃすごいよ~。一匹で二レギオン(一万二千人)の軍隊相手出来る天使を従えてたり、目に見えない炎の軍団を操ってたり……ああ、後、敵兵はもれなく盲目にしたりする」


「チートかよ。絶対相手にしたくないな」


「後、自分のハゲをからかった子供達の前に熊を召喚して襲わせたりとか?」


「器小さっ!」


「その数四十人以上」


「大虐殺か! 子供相手に大人げないなそいつ」


「ああ違うよ。神が愛した存在を馬鹿にしちゃダメですよ。って戒めだから。それが子供であってもね。一応そうなってる」

 絶対後付けだ。ハゲ発言にキレてウッカリお茶目しちゃっただけな気がする。


「んーでも魔族、というか敵の力を封じる的な表記は……せいぜい盲目程度かな? 『杭』って言葉も関連性は……僕の知る限り無いね」

 じゃあ名前に余り意味は無いのか?と、信じたいものだな。まさかこのまま放っておくと天使だか炎の軍団だかが出て来るとかじゃなければいいが。


「杭、というからには刺す物だと仮定しよう。どこに刺さっていると思う?」

 俺の質問にクルトがおずおずと答える。


「あの、六本で一単位だったと思います。なんで、本来六本使って、どこかに刺す物なのでは?」

 六本で一単位ワンロット。六本で一セット……エリシャ……旧約聖書……。単純だがアレだろうな。


「ダビデの星。六芒星か」

 俺達の話を黙って聞いているルールーの手を掴む。


「え!? どうしたのさ!?」


「街の外に戻る。道案内を頼む」

 俺の考えが正しければ、ターンブルの遊撃隊が街の外に杭を刺したのだろう。丁度六芒星になるように。それを抜けばこの現象はおさまる筈だ。……多分。


「エメットは残って重傷者の手当と『ことば』を伝えてやれ。死に際に救われる魂もあるだろう」


「簡単に言ってくれるねぇ~まあやるけどさ」

 俺自身は無神論者だが、教会の役割とは本来そういうものだ。信仰は違えど死に際に少し楽になるならばそれにこしたことはない。


「ガラハドはまだか?」


「まだワインレッドの敵と交戦しておりましたわ」

 そろそろ敵さんは本格的に行政区へ進行か。ここが魔族にとって最後の砦だ。攻め込ませる訳にはいかない。


「ならばカロリーヌはさっきのように雑魚をちまちま撃ち殺しててくれ。敵部隊の牽制になる」


「ちょっと待って、水路からだと時間が掛かるよ」

 ルールーが俺の腕を持ち、止める。


「じゃあどうする? 流石に門を突っ切るのは無謀だ」

 時間がかかっても水路からが一番安全だ。だがルールーは空を見上げた後に言った。


「誰か翼持ちの魔族に連れていってもらおう!」



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