ノエル3 『エアとリレフ』
セイレーン種のエアは一つ下の十五歳。年下なのにしっかりしている女の子だ。
得意魔法は『風』。
ベッドの上から風を使って遠くの物を持ってきたり、
ベッドの上からミニチュアな竜巻出して掃き掃除したり、
ベッドの上から風切りの刃で食材カットしたり……
と、便利そうに使ってる。ごめん、あんまりしっかりしてる子じゃなかった。
でもいいなぁ……風魔法。私が料理で炎魔法を使ったら消し炭ができてしまう。
エアと私との仲は、私が五歳の頃まで遡る。私がまだ物珍しさで街をぷらぷら歩いてる時にふと、空を見上げてみると風船が飛んでることに気が付いた。
この世界に風船があったことにも驚いたけど、それよりも驚いたのがその風船の上に鳥の体をした女の子が乗っていたことだ。
それがエアだった。
今でこそ、青みがかったキレイなコバルトグリーンの羽毛で体が覆われてるけれど、昔はひよこみたいに真っ黄色だった。
話しかけてみると、良く喋る女の子で、すぐに気が合った。エアが言うには、どうやら風船の中に竜巻を入れて遊んでいたらしい。
う、うん、ちょっと良く分からない遊びしてる。なんて当時は思ったけど、これが意外と面白かった。とくに私は自分の力で飛べなかったので、浮かぶ風船につかまって空から見下ろし、眺める魔族の街なみがとても新鮮に映った。
それからしばらく毎日のようにエアと遊び、空中浮揚を楽しんでいた。……私とエアにとって大事な、良い思い出だ。
たまに風船が破裂して中の竜巻に巻き込まれた。
中の竜巻が思ってたよりも大きくて街の人たちに大騒ぎされ、街のみんなが見守る中、洗濯機の脱水機能みたいにシェイクされる私。……それも良い思い出だ。
精神年齢考えるとアレだけど私だって童心に帰るときだってある。
*****
緑のカーペットが引かれたエアの部屋、その中央には大きな花柄の卵を立てて半分に切ったようなテーブルが置かれていて、その横に置かれたソファーはチューリップのつぼみみたいな形をしている。
そのソファーに腰掛け、私はエアに今日の出来事をざっと説明した。
もちろん、私が異世界の住人だったことは伏せてある。
エアは両方の翼で器用にお茶のカップを持ち、音を立てて飲みながら私の説明に相槌を打っている。
「なるほどねぇ~何でわざわざ今日、と思ったら……そんなことがねぇ」
魔族は基本、十六歳の誕生日は家族と共に過ごすらしい。この日から子供を作ることができるので、一日でも早く作れよと。つまりはそういうことだ。
「うん、全部ノエルが悪いね」
「だよねー」
ええ、分かってますとも。分かってるからそんなにバッサリいかないで。
「んで、好きな人って?」
「それは……内緒」
「ふーん……まあいいや」
砂糖を固めたお菓子を緑の風で飛ばし、「そんなこともあるんだね」と呟きながらバリバリ頬張るエア。……この時間にそんなに食べてて太らないんだろうか。
「そもそもフィリーの何処が不満なの。良い奴じゃない、あいつ」
「不満があるわけじゃないんだけど……私からしたら突然だったし」
「それだっておかしいよ。生まれのツガイなんて教わらなくても分かるはずなのにね」
エアいわく、物心ついた頃には既にそういうものだと思っているらしい。親のことを親だって分かっているように。
「うん……私って実は
エアに尋ねたかったことだ。
人の意識、ということは人間の価値観に入るということだから……もともと人間だった私なら、その可能性も十分にある。
「それはないと思うよー。だって、フィリーはノエルのこと自分のツガイだって思ってるんでしょ?」
「うん……しっかり聞けたわけじゃないから、多分。今日話した感じだと」
「ツガイの片方だけが
もしノエルが
おシッポって……エアは相変わらずハッキリとした……というか品がないというか、そういった言葉を好んで使う。見た目は可愛いのに。
私の視線を受けながら風魔法を使ってお茶のおかわりを入れている。
「私だってしっかり知ってるわけじゃないけどねー。でも、もし私が
ケット・シー種のリレフ。エアのツガイであるオス……男の子だ。
初めてエアの部屋を訪れた時、大きな黒猫のぬいぐるみを抱えてるな。……と思ったらエアのお兄さんだった。
少し長い耳が垂れ下がっていて胸に大きなダイアモンドみたいなネックレスを付けている。その宝石は先祖代々伝わっている魔石らしい。
リレフは魔法が使えないので代わりとして親から貰ったと言っていた。どんなことができるのかは知らない。
「じゃあ、やっぱり私とフィリーはツガイのシステムで結びついてる状態なんだ」
「システムってなによ」
生まれのツガイが私である以上、フィリーの相手は私だけ、ということになる。
この先私は悠人のことを忘れる日が来るのだろうか。
いつ来るのか分からないその時までずっとフィリーを待たせることになってしまう。それは、申し訳ない。
フィリーには幸せになってもらいたい。
……あれ、それなら――
「私が今から
「ノエル、それ以上言ったら絶交だからね」
「……ごめんなさい」
エアが今まで見せたことのない形相でにらんできた。
分かってる。それがどれだけ自分勝手なことかくらい。
フィリーに幸せになってもらいたいと言いながら、今フィリーが何よりも幸せになる方法、一番に望んでることを潰そうとしている。
――俺はお前と一緒に生まれてきて、良かった――
フィリーはそう言っていた。その思いを踏みにじって、『私はツガイ解消するからあんたはあんたで新しい相手と仲良くやってね』……なんてできる程薄情でもないし、繋がりの浅い関係じゃない。だから悩んでるんだ。
「あぁ……頭が痛いよぅ」
「変に考え過ぎなの。ノエルは。そのうち嫌でも魔族の本能が出てくるんだから」
「……うう、そうなのかな?」
だって元人間だよ、私。シークレットな
「フィリーはそれまで待たせとけ。男は焦らされるのも喜ぶんだから……ってママも言ってたし」
開放的なママなのね……人ん家のこと言えないけど。
「でもなー待たせるって言っても……今お家、とっても空気悪いよ。私のせいだけど、主に」
このままの雰囲気でずっと生活してたら、最悪、お父さんお母さんひっくるめての四者面談が始まりそうだ。
「うーん……あ、分かった! こうしよう!」
エアは良いこと思いついたとばかりにお菓子を緑色の風でクルクル回す。この顔は……悪巧みしてる時の顔だ。
「……すっごい嫌な予感するんですけど」
「だいじょうぶだよー。で、フィリーの次の休みっていつ?」
目がキラキラしてる。私は一抹の不安を覚えながらもエアに休みの日程を伝えた。
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