第23話
月曜日。昼休みになってすぐに作延美世が二年三組の教室を訪ねてきた。また、綾瀬真麻のことについてしつこく訊かれるのかとうんざりした気持ちになっていたら、美世が言った言葉は全く別のことだった。
「美世の下着ぃ、盗んだのきっと今福ですぅ」
甘ったるい声で、作延美世は衝撃の告白をした。
奥苗と比空は驚きの顔で互いを見る。
「なんでそう思うの?」比空は訊いた。
今まであやふやで矛盾だらけの証言を続けていた作延美世を簡単に信用することはできない。
「とにかく一緒に来てくださいぃ。そしたらわかりますぅ」
作延美世の発言に疑問を抱きつつも、とりあえず先頭を歩く美世にしたがって五階のトイレへと向かう。
「この中に絶対あるんですぅ。探して下さいぃ」
疑いながらも奥苗は男子トイレの中に入る。中を窺うと、一番奥の個室を今福誠治が掃除しているところだった。今福は奥苗の足音に気づいたのか、肩越しに振り返る。
「ああ、奥苗先輩じゃないっすか。また来てくれたんっすね」
今福は視線を泳がせながらも、前と同じように怯えているような笑顔をつくって言った。
「ちょっと調べてーことがあんだけど、いいか?」
「はい。いいっすよ」
それだけ言うと今福はまた便所掃除という作業に戻った。なんで掃除なんかしているんだろう。誰かに頼まれたのだろうか。それとも本当にそういう部活やら同好会やらがあって、ここを綺麗に保つことが今福誠治の仕事なのだろうか。
不思議に思いながらも、奥苗は個室を一個ずつ調べ、用具入れの中も確認した。
「ここもいいか?」
奥苗は今福が綺麗にしている個室を示した。
「はい。どうぞ」
調べてみるが、何も出てこなかった。念のために今福誠治のポケットや服の中を探る。「ちょ、ちょっと何してんっすか先輩?」今福誠治は動揺しつつも笑顔を絶やさなかった。
「いや、お前さ。作延美世の下着どこにあるか知ってっか?」
もちろん今福誠治が素直に答えるとは考えていなかった。仮に今福誠治が犯人だとしたら、真実を喋るはずがないし、今福誠治が犯人でないのだとしたら、そもそも今福が作延美世の下着のことを知るはずがないからである。
だから、今福が言った言葉に奥苗は驚いた。
「ああ、作延美世さんの下着なら、落ちていたからロッカーに戻したっすよ」
それは綾瀬真麻のブルマのことを訊ねたときと同じ台詞だった。
「お前それ本気で言ってんのか?」
「えっ、あっ、はい」今福は一歩さがる。「だめでしたっすかね?」
こちらを窺うような声音。自分の吐いた言葉の意味を理解しているのだろうか。
奥苗は何も言わずに男子トイレから立ち去った。
外で比空望実と作延美世が待っていた。
「ありましたよねぇ?」美世が訊ねてくる。
「いや、ねーよ」
「えぇ?」美世が驚いた顔をみせる。心底ここに自分の下着がないことに驚いているようだ。
「作延の妹のロッカーに入れたってよ」
「どういうこと?」比空が質問する。
「さあな。とにかく、作延妹のロッカー見てみるしかないだろ」
奥苗と比空は作延美世を見る。
「あぁ。そういうことなんですねぇ」美世は手を合わせた。「じゃあ、きっとそこに入ってますねぇ」
何がどういうことなのかさっぱりわからないが、他にどうすることもできず、作延美世のロッカーへと向かった。
作延美世が一年四組のロッカーの前に立ち、可愛らしい鍵がつけられたロッカーを開ける。みると隣にある綾瀬真麻のロッカーにも同じ鍵がついていた。なるほど、これなら兄である作延好道が間違えてもしょうがない。
「鍵の番号も美世と真麻は同じなんですよぉ」
鍵がかちゃりと音をたてて外れる。
「わたしが調べるよ」
中がどういう状態になっているかわからない。比空は美世と立ち位置を変えて、ロッカーの中に手を入れた。数秒後、比空が中から取りだしたものは、切り込みが入った動物柄の下着だった。
「おいおい。どういうことだよ」
先ほどの今福誠治の言葉は自白だったのだろうか。自分が下着を切ったことを元々認めていて、嘘をつかずに奥苗に告白していたのだろうか。混乱する。今福誠治の言葉の真意も、なぜ切られた下着が美世のロッカーに入っていたのかもわからない。
呆然と比空の手にある犬の絵が描かれた動物型パンツを見つめる。
「なんだぁ。こんなところに美世の下着はあったんだぁ」
自分の下着が切られたというのに、美世の声は弾んでいた。教室から顔を出した綾瀬真麻を見つけると、美世は近づいていって話しかける。
「美世も真麻と同じ被害にあっちゃったぁ。もぉ、ほんと犯人最悪だよねぇ」
明るい口調の作延美世とは違って、綾瀬真麻の表情は曇っていた。
どういうことだ。どういうことなんだ。今福誠治が犯人なのだろうか。今福誠治が今まで下着を切り裂き続けた張本人で、比空のことを傷つけた人間なのだろうか。
思考が渦を巻く。その場で動けないでいると、声をかけられた。
「鞄とか机の中を調べてみたらどうかな?」
見ると、作延好道が顔をしかめて側に立っていた。
「なんでこんなとこにいんだ?」
「さっき奥苗たちの姿が見えて、気になったからついてきたんだよ」
作延はそう言うと妹の美世に近づく。
「今福誠治くんの席ってどこだい?」
「それならあそこだよぉ」
美世が指さした席に行って、作延はまず机の中を確認した。中に何もないことを確認すると、今福の鞄を廊下に持ってきた。
「さて、この中にもし何か下着に関わるものが入っていたとしたら、今福くんが犯人であることが確定的となるわけだ」
作延が鞄のファスナーに手をかける。
徐々に中身が顕わになっていく。
中を覗く。
「おや。どうやらこれで事件は解決みたいだね」
中に入っていたのは、切り刻まれて細切れになったTバックだった。
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