第16話

奥苗と比空は相談部の部室で作延が妹を連れてくるのを待っていた。

「作延くんの妹も被害にあってたのね」

「みたいだな。けど、そういうことなら本人が一人で直接来ればいいのにな」

「一人だと言いにくいこともあるでしょ」

 比空のたしなめるような視線が飛んでくる。

「んで、作延が犯人捜しに協力したいってよ」

「そうだよね。妹が被害にあったらきっと怒ってるよね。はらわたが煮えくり返るって感じかも」

 奥苗も賛同する。きっと今自分が犯人に対して抱いている感情と同じ物を作延も犯人に対して抱いているのだろう。

「とりあえず作延くんが妹を連れて来ないと始まらないね」

「そうだな」

 と、扉が叩かれた。奥苗は立ち上がって扉を開ける。

 作延好道と、その妹が目に入った。作延美世は兄の後ろに立って、なんだか嬉しそうに笑っていた。相談ができることを喜んでいるのだろうか。

 作延に続いて美世が部室の中に入る。

「ここが真麻が入ったって言ってた部室か」美世は開口一番にそう言った。「美世も入れてよかったぁ」甘ったるい声音。化粧が厚く、香水の匂いも強かった。スカートもこれでもかというぐらい短くして、一見して奥苗は苦手なタイプかもしれないなと考えた。

 制服も着崩していて、全体的に派手な印象を受けるのに、ショートボブの黒髪と黒縁眼鏡だけがどこか浮いていた。

 美世はきょろきょろと部室の中を観察している。

 美世に落ち込んだ様子がなくて、思わず奥苗と比空は顔を見合わせる。

 下着を切られた被害者の態度とは思えない。それとも空元気なのだろうか。

「どうぞ」

 比空が促すと、作延と美世は並んで比空の対面に腰を下ろした。奥苗が何か飲み物が欲しいか訊こうとしたら、

「あっ、美世はリンゴジュースがいいですぅ」

 先に美世が口を開いた。

「お、おう。そうか。作延は何飲むんだ?」

「僕はウーロン茶でもいいかな?」

「比空は?」

「いつもと同じので」

 奥苗は頷いて、それぞれが希望した飲み物を買ってくる。

 奥苗は戻ると比空の隣に座った。なんとなくパイプ椅子に座ることに気が引けたのだ。二対二で向かい合う形になる。

「それで、美世ちゃんは綾瀬ちゃんと同じクラスだよね?」比空は確認の意を込めて質問する。

「うん。そうですよぉ。真麻とは大の仲良しですからぁ」

 訊いていないことにも作延の妹は答える。

「綾瀬ちゃんのことは知ってるんだよね?」

「はい。美世と真麻はいつも一緒にいますからねぇ」

「美世ちゃんはどうしたの?」

「それなんですけどねぇ」美世は一度兄である作延好道に窺うように視線を送った。「美世のパンツも盗まれちゃったんですよぉ」

 美世の声には落胆や緊張感、怯えといったものがなく、逆に嬉々としているようだった。感情に影響されずにいつもこんな喋り方なのだろうか。

 比空は身を乗り出して、やや声をひそめて訊ねる。

「その下着、いま持ってる?」

「えぇ? いやぁ、盗まれたんですよぉ? 持ってるわけないじゃないですかぁ」

 なぜか噛み合わない会話。

「綾瀬ちゃんと同じ被害にあったんだよね?」疑うような色を滲ませて比空は言った。

「はい。そうですよぉ。きっと美世と真麻が仲がいいから盗んだんですねぇ」

「綾瀬ちゃんは下着を盗まれたんじゃなくて、切られたんだよ?」

 考えるような間を置いたあと美世は答える。

「ああぁ。そうでしたねぇ。真麻が盗まれた盗まれたって言うから美世も勘違いしちゃってましたぁ」美世は舌を出して笑った。

 奥苗は作延美世の発言を注意深く考察する。

 比空は一度息をついたあと再び質問を続ける。

「それで、美世ちゃんはいつ頃下着を盗まれたの?」

「えぇとね。たぶん昨日ぐらいだと思いますぅ」

「昨日?」比空の眉間にしわが寄る。

 比空が被害にあった日と同じ日に作延美世も被害にあっていたのだろうか。

「昨日五限目の授業が終わったあと、真麻は美世と一緒に帰ってくれなかったんですねぇ。どうやら彼氏ができたみたいなんですよぉ。だから最近ちょっと寂しいっていうかぁ。美世には彼氏がいないんですけどねぇ」

 話がどんどん変な方向に転がっている。

「綾瀬ちゃんの彼氏の話は一度置いといて、昨日美世ちゃんに何があったの?」

「んん、そうですねぇ。つまり美世は真麻がいなかったから一人で帰っていたんですよぉ。そしたら、いきなり、こう、がばって剥ぎ取られちゃいましたぁ」

 美世の発言に奥苗の目は点になった。

「は、剥ぎ取られたって、なにが?」比空も動揺を隠せていない。

「パンツをですよぉ」美世は笑っている。

 美世の隣に座っている作延はずっと険しい表情をして黙っていた。

「とんでもねーやつだな」奥苗は口を挟む。

「はい。きっととんでもないやつなんでしょうねぇ。美世は最初剥ぎ取られたことすら気づけませんでしたからぁ」

「すげーな人間業じゃねーよ」

「ちょっと待ってよ。わたしを置いて話を進めないで。そういうことってあり得るの? 人間にできちゃうものなの?」

「美世が帰ってる時に、妙にすーすーするから、あれおかしいなって思ったんです。それで気になってスカート捲ったら美世のパンツがなくなってたんですぅ」

「目にもとまらぬ早さってやつか。いったいどんな身体能力をしてやがるんだろうな」

「いやいやいや、ちょっと落ち着こうよわたしたち。おかしいよね? 変だよねきっと? ノーパンなのに平然とスカート捲るってどういう状況なの美世ちゃん?」

「おかしいですかぁ? おかしいですねぇ。そうですねぇ。まあ色々違ったところはあるかもしれないんですけど、だいたいそんな感じでぇ、気づいたらパンツがなくなっててノーパンになってたんですよぉ」

 呆気にとられて美世の顔を見る比空。奥苗は状況についていくことができず首を捻る。美世はなにやら難しい顔をして、その隣では作延が顔に手を当てて首を振っていた。

 作延は妹を先に部室の外で待たせて、一人で奥苗と比空に対面する。

「ああいう妹なんだ」呆れるように作延は言った。「変なことを言ったり、嘘を平然と言ったりする子だから、もしかしたら今回の話も嘘かもしれない。だから話半分に聞いといてくれるかな?」

「面白いやつだなお前の妹は」奥苗は笑った。

「でも真実という可能性もあるから一応調べておくね」

「そう」作延は目を細める。「ありがとう。でも、無理はしないでね」

 作延は礼を言ったあと部室から出て行った。

 奥苗は伸びをする。

「難くなってきたなー」

「頭がこんがらがってきたね」

「作延の妹が言ってることが本当だとしたら、犯人は比空の制服切ったあと、妹の下着を盗んだってことだよな」

「そういうことだね。一日に二回か……」比空はじっと考え込む。「ねえ、提案なんだけどさ」

「なんだ?」

「六限目のプールの時間帯さ。できるだけわたしと奥苗で更衣室見張らない? ほら、プールの授業中に被害にあったって子が多いし」

「そういえば、そうだな」

「といっても、中に入ったらわたしたちが疑われちゃうから、遠くから眺めるって感じになっちゃうけど」

「それで十分だろ」

 比空が一緒に行動するなら危険は少ない方がいい。

「それじゃあ、明日の放課後からよろしくお願いします」

 比空は頭を下げる。

「おう」

 奥苗は立ち上がる。

「どうしたの?」

「帰るんだよ。もうここですることないだろ」

 窓の外に目をやる。夏なので日は長いが、それでも遅くなる前に比空を家に帰したかった。

「明日は久住に話を訊くよ」自然と言葉が強くなる。

「……喧嘩とかしないでよ?」

「わかってるよ」

 久住の顔を思い浮かべる。綾瀬真麻のことを訊きに行ったときに取られた素っ気ない態度。もし彼が比空の制服を傷つけたのだとするなら、許すことはできない。

 学校を出て、奥苗は比空を家まで送る。

「んじゃあ、家から出るんじゃねーぞ」

「コンビニとかは?」

「行くな。冷蔵庫にあるもんでも食ってろ」

「用事頼まれたら?」

「具合が悪いとでも言って寝込んどけ」

 比空はくすくすと笑った。

「……なんだよ」奥苗は不機嫌になって言った。

「いや、ごめんごめん。心配されてる感じが親みたいでさ。おかしくて」

「比空は自分の立場というか状況をだな」

「わかってる」比空は奥苗の言葉を遮って言った。「ありがとう。心配してくれて」

 比空は照れたように微笑んだ。

 背を向けて家の中に入ろうとしたところで、一度足を止める。

「どうかしたのか?」

 比空は振り返る。

「いや、ちょっと思ったんだけどさ。そんなに心配なら今日うち泊まってく?」

「ばっ、あほじゃねーの」奥苗は焦って下を向いた。

「あはは。まあ、この年じゃもう無理だよね」

 比空は笑いながら手を振って、「じゃあ、また明日ね」と家の中に入った。

 奥苗はしばらく立ち尽くして気持ちを落ち着けたあと、自分の家へと足を向ける。

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