第6話

 教室のドアを開ける時、私はいつも深呼吸する。

 誰にも気が付かれませんように……そう願いをかけて、目を閉じる。


 カラ…カラ…カララララララ……


「キャハハハハハハッ」


 一瞬の沈黙の後、鋭い笑い声が響き渡った。でも、それより心配なのは……

 

 私の机は教室にあるかしら……

 机の上には…中には…なにか変ったことはないかしら……

 上履きは…ノートは…昨日の通りロッカーの中にあるかしら……


 机は……ない

 私の机があるはずのところには、ぽっかりと空間が空き、そこで長い脚を放り出して女の子たちが雑談をしていた。教室の隅に移動された机の上にはガラス製の花瓶が置かれ、白いユリの花が凛と窓の外の景色を見据えていた。


 上履きとノートがあるはずのロッカーは……一見変わりはない

 教室の後ろに足を向け、自分のロッカーを捜す。「23番……23番……」扉を開けようとして、鍵がないことに気がついた。勝手に開けられないように専門店にまで行って手に入れた6ケタのダイヤルキーが、跡形もなく消えていた。扉に掛けた指が微かに震える。

 中身は、なにもなかった。変化がなかったという意味ではなく、中の物がなくなっていた。ロッカーが最後の救いだったのに……ここに入れれば盗られないと思っていたのに……どうしてこうゆう時ばっかり、すぐにばれるんだろう。


 体中が刺されているのを感じる。

 赤く、黒い血が背中を流れていくのを感じる。いっそ死んでしまえたらいいのに。そう思うけど、流れているのが血じゃないことを私の中の正気な部分は知っている。


 帰りたい……。帰りたいけど……帰ったらお母さんが心配する。「いじめなんて無いわよね?」と困り眉で私を追い詰める。「あなたはいじめられるような子じゃないわよね?」「私はいじめられっこの親じゃないわよね?」そう言われているような気がして、明るく笑う「元気でちょっとおてんばな麗華れいかちゃん」を演じる。

 どこかに消えてしまいたい。でも、自殺なんてしたらお母さんに全部知られちゃうかもしれない。「娘が自殺した」その事実は「自殺するような自己愛の足りない子に育ててしまった」に瞬時に変換されてしまうかもしれない。


 逃げたいのに、逃げられない。

 死にたいのに、死ねない。

 泣きたいのに、相談できない。


 そんな日々を送っていた時だった。あの少年が現れたのは。「君は頑張りすぎてるよ。」そう平坦な声で言って、薄く笑い、私を連れ出してくれた。

 でも、その時間も終わった。

 一夜にして1年間が過ぎて、目が覚めたら私の片割れは消えていた。


 ここにいるのに、私一人を置いてきぼりにして教室の時間は流れていく。誰の視界にも入ることなく授業時間が過ぎ、誰にも声をかけられることなく昼休みになる。このまま構わないでいてくれたらいいのに、トイレで水をかけられて体操着姿で午後の授業が始まる。生乾きの制服に袖を通そうとするが、制服は布切れになりゴミ箱の中。提出したはずのノートは燃やされ、担当教師に呼び出される。


 毎日……毎日……繰り返されることだからと自分自身から目を背ける。

 自分で、自分を見捨てて……



「君自身も、そうなんだよ。

 君が2次元に逃げて『日向ひなたくん』を作ったように。

 君も、ある少女がつくった『日向麗華ちゃん』なのさ。

 君が上手く行かなすぎる3次元から逃げて2次元に行ったように、

 彼女も上手く行きすぎる2次元が気持ち悪くて3次元に逃げたんだよ。


 でも、もうゲームはおしまい。

 だって君は君自身から逃げただろ?それじゃあゲームは続けられない。


 みてごらん……。」


 「おかえり~今日学校はどうだった?」そう聞く呑気なお母さんから背を向けて自分の部屋に入り、崩れ落ちるように眠った夢の中、あの平坦な声が聞こえた。私もそうだったんだ……。



「日向くん」にとっては絶望だった時間に、私も少しの絶望を感じていた。


<完>



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】ここは…2.5次元!? 月穂 @32ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ