第2話

 図書室で出会った小動物、理乃亜りのあとは時々連絡をとって趣味を共有し、隣の席のあつしとは相変わらず仲がいい。勉強は……あんまり変化していないけど……反対側のお隣さんである美久留みくるとたまに遊びに行く。

 先生にはよく怒られるが留年するほど成績が悪いわけではないし、授業態度はよくないが、生活態度は指導を受けるほどではない。まぁ、いわゆる“そこそこ“の学生生活を送っているわけだが、最近少し気になることがある。


 それは、最近よく見る夢の話……


 そこは、深い……深い……暗闇。気がつくと身体がゆっくりと、しかし確実に堕ちていくのを感じる。地球が俺を引きずり込もうとするのを感じるが、手を伸ばしても指先は空を切り、止めることができない。


 ―助ケテ……誰カ―


 声が聞こえてくるものの、俺が堕ちていっている空間は筒状になっているらしく、声は反響してどこから聞こえてくるのかは判然としない。


 ―誰だよ、どこにいるんだよ―


 声を張り上げるが、俺の声も反響して自分でも本当に自分の声なのかわからなくなる。相手の声は、低めの女の声か……高めの男の声か……年齢も、性別も、まったく見当がつかない。

 しばらくすると、ちょうど俺の着地するであろう場所から光が漏れているのが見える。”闇”から”光”へ移動していくことを予感して、瞼を閉じる。真っ暗だった瞼の裏が、赤く染まったのを感じて、”光”の空間に移動したと悟った。

 ”闇”には何もなかった、光さえも。ならば、”光”には何かあるのかもしれない。そう期待して目を開ける……


 見えたのは、俺の部屋の天井。そこは……”闇”とか”光”とかの世界じゃなくて、普通の……ごく普通の俺の部屋で、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいるのが見える。「夢……か……。」そう思った矢先、あの声が聞こえた。


 ―モウ、終ワリニシヨウ……?私タチハ……―


 確かに俺の部屋にいるのだが、俺の部屋で寝ている夢を見ているのか、幻聴がするだけなのか……。不安に思っていると、目ざましが鳴り、「起きなさぁああい」と朝から元気な母親の声が聞こえた。

 あの声は、きっと幻聴だ、疲れているんだ。そう言い聞かせて、朝食を食べ、学校に行く。それでも、この夢を見た日はどこか不安で、いつも2杯は米を食べるが、1杯しか食べずに学校に向かう。「いいの?少なくない?」そう声をかける母親の声も幻聴なんじゃないかと不安になる。


「……ん…い…?…先…い…?…先輩……!」

「え……?」

「え、じゃないですよっ。ぼぉっとして~読んでくれましたか?昨日私が……」

「あ……あぁ」

「どうでしたか?先輩好きそうだなぁって思ったんですけど……」

「あー、ごめん。まだ読んでないんだ。」

「あ……そうなんですか……」


 理乃亜に貸してもらった本、まだ読んでなかったな……というか、まだ鞄からも出してないんだが、そんなことを言うと小動物みたいに拗ねるから言わないでおく。「明日は絶対読んでおく。」そう言おうとした時、バスが来た。

 もちろん偶然なのだが、理乃亜と俺は最寄駅が同じで、時々時間が合うと同じバスに乗ることにになるのだ。それで、バス停で顔を合わせるとおしゃべりをしながら登校することもよくある。

 「おねがいします。」いつも彼女はバスに乗る時に運転手さんに挨拶をするので、つられて俺も会釈をする。朝早いからかバスは空いていて、運よく2人席をゲットした。電車では座れることが滅多にないから、バスで座れるのは正直嬉しい。


「先輩、疲れてませんか?貸した本まだ読んでないなんて、先輩らしくないです。」

「そ、そうかな」

「先輩、悩んでますね(キリッ)」

「なにそれw」


 第一印象通りといえばそうなのだが、彼女は時々無意識に面白いことを言う。何故笑うのか、と口をとがらせながらも「相談して下さいよぉ」を呟く姿はちょっと可愛い。可愛いが、夢でナーバスになっている男子高校生ほど世間的に面白いものはないので、「悩みはない」と言って、疲れている原因は寝不足だと説明することにした。

 まぁ、あながち嘘ではないのだが……夢の話をするのは気が引けるので、遅くまで友達と電話をしていたことにする。「ふ~ん。ならいいですけど、無理はよくないですよ」とまだ半信半疑の理乃亜。曖昧に笑って彼女が最近ハマっているという短編作家の最新作の話を振ると、機嫌を直してくれた。


 バスは学校に到着し、いつも通りの日常が始まる。


「ひーなぁーたぁー!おはっよぉ」

「あぁ、美久留か……」

「なによぉ……」

「あ……あのっ、私、先に行きますね」

「おう、じゃあな」

「あれ、あの子……図書室で会ったっていう?」

「あぁ、そうだけど?」

「ふ~ん。”ああゆう子”がタイプなんだ?」

「ちっ違ぇよっ」

「あっねぇねぇ、敦!」


 よほど俺をいじるのが楽しいのか美久留はちょうど登校してきた敦にまで「俺が下級生を手玉にとっている」という謎の話をし始めた。通りがかった他のクラスメイトにも広める美久留だが、俺のケータイには次々とクラスメイトから「痴話喧嘩してんじゃねーよ」「仲良しだな」という冷やかしのメッセージが入っているのに気がつく様子はない。ニヤニヤしながら美久留と一緒になっている敦は気が付いているようだが、俺の困っている顔をみて楽しんでいるようなので、助けを求めるが効果はない。


「後輩、あんまりからかわない方がいいわよ。」


 教室に入って早々に声をかけてきたのはツリ目の少女。痩せ型の体型で、切りそろえた前髪が真面目さの象徴のような彼女はこのクラスの”学級委員長”。あまりに学級委員長的キャラでこのあだ名がついたわけだが、ホンモノの学級委員長は別にいるから、いわば、裏の学級院長。

 その彼女がなぜ声をかけてきたかというと、俺の「実験プリント」が未提出だと目くじらを立てているらしい。


「あーごめんて。忘れてたw」

「後輩ちゃんが可愛いのは分かるけどね、学生の本分は……」

「学業、でしょ?分かってるって」


 頬を膨らませる学級委員長を尻眼に机の奥からクシャクシャの「実験プリント」を取り出す。

 最近、ボーっとしてるのは、自分が一番わかってる。でも……夢は気になる……!そう思っていると、耳元で声がした。それも、騒音レベルの……


「なんだよ、隆介りゅうすけかよ~」

「愛する美久留ちゃんじゃなくって悪かったな」

「いや、マジで違うから」

「あーそういや、後輩ちゃんにご執心なんだって?」


 「は、ちげーし」そう言いつつ隆介から「実験プリント」をゲットする。流石はホンモノの学級委員長、仕事はしないけどまぁまぁしっかりしてる。「ノリもいいけど、真面目なところもあるし、コイツになら話してもいいかも。」

 夢の話をしてみることにした。

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