いつも一緒にいたものの正体を知れ-消失編参-



 月日たんが行きそうな場所を片っ端から回ればいい。や、そもそも月日たんの知っている場所はほぼ全部俺が知っているだろう場所のはずなんだ。なれば見つけられない道理は……、ない!

 月日たんと一緒に行く場所で真っ先に思い浮かんだのは大型スーパーだった。妖精たんたち御用達だし、一番なじみがあるはずだ。

 駆け足で自動ドアをくぐろうとしたのだが、電源が入っていないのかドアが開かなかった。


「くそっ!?」


 これじゃあ、中を探せない……!


「シュウ落ち着けー? アタイたちは壁抜けとかできないから開かないところには入れないぞー?」

「そ、そうか! じゃぁ次だ!」


 思い出の場所、思い出の場所……!

 森林公園へと走る。あそこは小さいときからよく行くし、今でも時々散歩しに行くから、馴染み深い筈だ……!

 そう思って、俺はまたしても駆け出した。

 人が全くいないというだけなのに、まるで違う町に来てしまったような奇妙な違和感が拭えない。それでも今は月日たんを探すしかない。

 出入り口を封鎖している柵を超えて、勝手に中へと入る。まぁもともと無料開放されてるし、問題はない筈だ。

 どこかにいるんじゃないかと、期待して、叫びながら走る。

 俺が走っている間に火日たんと水日たんには少し高い位置から別の方向を探してもらう。

 ぐるっと、園内を一周して、だけど全然見つからなかった。


 や、でももし木の陰に隠れてたりしたら……、

「修一さん。恐らくここにはいませんわ……」

「そーだね。多分だけどアタイとみっきーとつっきーは呼び合うから近づいたら分かるはずだよー」

「そ、そっか……。なら信じる……、ココにはいないんだな?」

「えぇ。九分九厘いませんわ」

 ダメだ、焦ったって何にもならないんだ……。


 だとしても、焦慮しょうりょに駆られる。どうしようもなかった。

 落ち着け……、落ち着け……!


「次、次に行こう」


 何度か一緒に行った映画館、金日たんと攻略本を買いに来る本屋、参考書を買う書店。文房具屋、おいしいパフェを出す喫茶店。駅前の噴水広場、近くにある小さなパン屋。どこもドアは閉まっているし、当たり前に人影もなく、月日たんはいなかった。


「はぁ、はぁ、くそっ、どこだよ――!」


 強烈な焦燥感から、ダンッと地を蹴りつけて叫んでしまった。


「落ち着きなよシュウ」

「分かってるよ……! だけど無理なんだよっ! だって月日たんがいないんだぞ!? 今きっと一人で泣いてるだぞ! なのに、俺は月日たんの居場所さえ分からないんだよ! こんな……、こんな……!」


 分かってる、こんなの八つ当たりだ。火日たんは何も、何一つだって悪くない。


「修一さん……」

「チッ、あー、はぁ……。ごめん、冷静じゃない……」


 あぁくそっ、ほんと情けねぇ……。


「別にいーよ。それよりさ、ほかに心当たりはないのさ?」

「町の中での俺の行動範囲なんてそんな広くないし……、なぁそういえば今気が付いたんだけど、二人は俺から離れて探せないのか……?」


 三人固まって探すよりも一人づつ分かれて探したほうが効率的、そのはずだ。


「できればそうしたいのですけれど……」

「基本的にアタイたちはシュウの傍から離れらんないからねー」

「じゃあ、月日たんも……?」


 そうだ、何か引っかかっていたのはそれだったんだ。


「いえ、それが……、妖精盤とワタクシたちを繋ぐエーテル導線を踏み倒したみたいなのです」

「それってなんだ?」


 耳慣れない単語に俺は困惑した。


「まー、コンセントみたいなものだよ。アタイたちはエーテル導線で盤と繋がってんだけど、実際にはアタイたちと盤の間にシュウが挟まってて、シュウを通してアタイたちはエネルギーの供給を受けてるんだー」

「簡単にまとめると、修一さんと盤がリンクされていて、ワタクシたちは修一さんとリンクしている、依ってワタクシたちは修一さんのそばを離れられない、ですね」

「それはもしかして……、時間が経てば経つほど、月日たんからエネルギーが失われるってこと、だよな……?」


 説明を聞いて俺が得た結論はそれだった。

 水日たんと、それから火日たんさえ目を背ける。

 事態はそれだけ深刻ということだった。


「それじゃあ、時間がないじゃないか……!」


 思考が煮えたぎる気がした。

 落ち着け、落ち着け……!

 まだ行っていない、場所だ。絶対、どこかにいるんだ……、だから、見つけないと……。

 学校は、居なかった。高校にはいなかった。

 それじゃあ、どこに……?


「学校だ……、」


 思い至った。そうだった、や、それしか考えられない。

 気が付けば全力疾走していた。そこまで何分で着く? 二十分はかからないはずだ。や、十分で着いてやる!


「しゅ、修一さん……? 分かったんですか、月日がどこにいるか!?」

「あぁ分かった……! あそこしか考えられない……!」

「それはどこー?」

「取り壊しになる小学校だよ」



 すっかり息は切れたが構うものか。

 校門に手をかけて飛び越える。あの頃は高いと思っていたが、今ではそうでもない。それだけ背が伸びたということなんだろう、が今は関係ない。

 昇降口まで走り寄れば、出入り口の老朽化したガラスが砕けていた。


「修一さん……!」

「シュウー、居るー」


 ある範囲まで近づいたらしく、火日たんと水日たんは揃ってそう教えてくれた。しかし、それはつまり、月日たんにも俺たちがここに来たってことが筒抜けなはずだ。

 逃げられるかもしれない、それでも俺は……!


「詳しい場所は分かんないのか?」

「もう少し近づけばわかると思います」


 そして俺は校舎の中を走り回る。ぐるっと回ったところで水日たんが正確に位置を捕捉してくれた。


 それによると、どうやら月日たんは動いていないようだった。待っていてくれてるのか、果たしてそれとも……、

「や、細かいことは後回しだ……!」

 駆ける。目的地は六年一組の教室だ。


 駆ける、駆ける、昇る、昇る、昇る――ッ!


「あれ、待ってください修一さん……、月日の感じが何か……?」


 もう目的地はすぐそこだ、どんな姿だろうと構ってなんかいられるものか――!

 そして空きっぱなしの教室へと踏み込んだ。


「あら、修一じゃない……、へぇかよちゃんとみよちゃんも一緒なんだ……」


 見覚えのある美少女だった。


 俺の学校指定の青いセーラー服を着ている、銀髪銀眼の美少女がそこにいた。

 間違えるものか、俺が月日たんを見間違えるものか――!


「月日たん……!」

「そうよ、良く分かったわね。あたしなんていらない子のこと、良く分かったじゃない」


 やっぱりそうだった。目の前の美少女は、月日たんだ。


「何だそれ、大きくなったのな」

「折角だから一度着てみたかったのよ。悪い?」

「や、似合ってるよ」

「そっ、メイドの土産にはおつりが来そうね」


 とても、とても寂しそうな表情だった。


「あのさ、月日たん」

「何よ? 早くどっか行って?」

「ごめん」

「何がよ? 謝られたって分かんないわよ」


 とても冷たいまなざしだった。

 俺がそうさせてしまったのだ。月日たんがそうなるようにしてしまったんだ、俺が、俺自身が……!


「日曜日が終わらなければいいなんて言ってごめん」

「なんでそれを修一が謝るのよ? 別にいいわよ、あたしは自分がいらない子だって知ってたもの」


「違う」

「何が違うのよ」


 彼女の視線が俺を非難しているのは明白だった。だけど、それでも月日たんはあくまで白を切るつもりらしい。


「やっぱりダメなんだ……! 月日たんがいないと……! 月曜日がないとダメなんだよ……!」

「そんなおざなりな慰めいらないわよ! あたしはずっとずっと知ってたんだから……! 自分が嫌われ者だって……! みんなみんな、アタシのことなんか大嫌いなんだって……! 知ってたのよ!」


 それが月日たんの悲痛な叫びだった。

 堪え切れず、彼女は泣いていた。や、いつだって泣いていたのだ。きっと俺の知らないところで泣いていたのだ。

 だから、絶対に伝える。


「みんなが嫌いなのは月曜日じゃないんだ。みんなが嫌いなのは、休みが終わること、会社や学校が始まることが嫌なんだ、決して、決して月曜日が嫌いなわけじゃないんだ……!」

「そんなの、そんなの……!」


 本心ではきっと月日たんだって分かっているはずなのだ。だって、妖精は人の願いに左右されやすい不安定な存在なのだから。


「ねね、つっきー? つっきーがいないと今度の嫌われ者アタイになっちゃうんだけど……?」


 突如、火日たんが俺の前へと踊りだす。


「何? 自分が嫌われ者になりたくないから、アタシに戻って来いっていうの?」

「違いますよ、月日。貴女がいなくなって、火日に役割がそっくりそのままスライドするのなら、それは貴女が嫌われているわけではないということの証明になるじゃないですか。大体、そのあと火日がいなくなったらその次はワタクシにスライドしてくるのですよ? 考えればわかることじゃありませんか」


 そして、水日たんが引き継ぐ。

 そうだ。そうなのだ……!


「なぁ、月日たん。あのな、月曜日は一週間に絶対必要なんだ……! 替えの効かないたった一つの曜日なんだ……! 月日たんだって、もう俺の家族で、俺の一部みたいなものなんだ……! 月日たんがいなくっちゃ、ダメなんだよ……!」


 月日たんは絶対に必要な存在なんだ……!


「本当……、に……?」

「本当だよ。俺なんか今日、月日たんがいなくなったって思ったら絶望した。ちょっとやそっとのやつじゃない、本当に正真正銘、絶望したよ」

「う、嘘じゃない、よね……?」


 頷く。ただ頷いて、

「頼む、帰ってきてくれ。いなくならないでくれ……」

 そうお願いした。


「うぅぅぅぅぅ、びえぇぇぇぇぇぇんんんん!」


 一瞬で顔中ぐしゃぐしゃにしてマジ泣きして飛びついてきた。

 勢いあまって二人してしりもちをついてしまった。尻いてぇ。


「やだっだっぁぁぁぁぁ! ざみじがっだぁぁぁぁぁ! ごわがっっだ、よぉぉぉぉぉ!」


 ぎゅぅぅと俺に抱き着いてあまりにも泣きじゃくるので、思わず頭をなでてしまう。

 にしても、美少女と化した月日たんはかなりのまな板だった。お胸の柔らかさとか全然ない。なんて思っていたら、するするするする、と月日たんがどんどん縮んでいく。

 これは一安心ということでいいのか?


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