vanishing of Tukihitan

なにか、朝から様子のおかしい月曜日-消失編壱-


 とても珍しいことに、なんとも爽やかな目覚めだった。

 だけれど、何か物足りないものを感じて、だからふと視界に入り込んできた時計の時刻を認識して息を呑んだ。


 現在時刻は午前九時十九分也。


「ぎゃー! ち、遅刻っ、遅刻だぁー!?」


 大慌てで寝間着から着替えて、カバンをひっつかんでただの食パンを一枚加えて家から飛び出した。

 焼けてないパンを加えて走る。もしこれがラブコメなら、曲がり角で美少女とゴッツンしたりするんかな、なんて考えて結構余裕あるな俺、とか思った。

 しかし、史上初だ、こんなに寝坊したのは俺史上初だった。

 小さいころは両親に起こされたし、物心ついてからはずっと月日たんたちが起こしていてくれていたから。

 や、でも父さんも母さんも大分薄情だな! こんだけ大遅刻するくらいなら蹴とばしてでも起こしてくれてもよかろうに……!

 通学路を疾走する。あぁ、なんでこんなことになってんだろうな……、っつか今気が付いたんだけど、月日たんどこ行った?

 しかし、この人の往来で月日たんを呼ぶのも憚られるし……! えぇい、まぁいいや、今は取りあえず学校に急がなければ……!

 そして大体十分ほどトップスピードで走り続けて俺は息を切らしながら校門に到着したのだ。が、何故か校門には鍵が掛かっていた。


「仕方ねぇ、昇るか……」


 月日たんたちのおかげでこれまで一応無遅刻だったからな校門に鍵かけられちゃうなんて知らなかったわ。

 手をかけて、乗り上げて飛び降りる。


「よっと、」


 にしても、なんだか少しおかしい気がする。そういや、今日はこの時間どこのクラスも体育の授業はないんだったっけ?

 細かいことは置いておいて、兎にも角にも教室へと向かわなかくては。

 幸い俺は一年A組だから、この盛大な遅刻もほかのクラスの生徒に見つかる恐れはない。

 そして昇降口の出入り口に手をかけた俺は、盛大に首をひねった。


 何故か。

 鍵が、掛かっていたのだ。いやこの場合は鍵が開いていなかった、というべきか。

 ともかく、俺は校舎から締め出されているらしいのだ。


「なっ、どういうこと、だ……?」


 たまたま昇降口の鍵が開いてない、そんなことふつうはありえないよな……。

 仕様がないのでどこか空いているドアを探す。


 連絡通路も鍵がかかっていた。第二昇降口もダメだった。一回の窓も全部戸締りしてあるままだ。というか、外から見て気が付いたが、生徒が誰も登校していなかった。や、それどころか教師陣さえも誰一人いない。何かの間違いかと思ったが、保健室への通用口もやっぱり戸締りされたままで、だからつまりは、俺以外に学校に来た人間がいないという、単純な事実に気付かされた。


「な、なにが……?」


 訳が分からない。

 だってアレだぜ? 六月には祝日がないんだ。だから、俺が間違って登校してしまったということもない。というか祝日なら祝日で部活に励む誰かさんがいないのはおかしい。

 全く以て不本意だし、こんな事考えたくもないのだけれど、状況から考えるに間違いなく、今現在進行形で何かが起きているらしい、ことだけは良く分かった。


「な、なんなんだ……?」


 何が起きているのかさっぱり分からない。がいずれにせよ何かは起きているのだ。


「ど、どうすりゃいいのよコレ……」


 楽観的に考えれば今日は学校が休みだーと喜んでおけばいい気もする。だけど、それで済まない気もするのだ。

 しかし、一体俺に何が出来ようか? いいや、出来まいよ。


「や、いいや。取りあえず帰るか」


 盛大に息を吐き出して、頭をガリガリ書きながら観念することにした。


 のだが、一つだけ気が付いたのでそれを実行するべくすぅと大きく息を吸い込み、

「月日たーんっ、どこだぁ――ッ!?」

 校庭の真ん中でときの声を上げるように叫んだ。


 声が校舎に反響して小さなやまびこのように木霊する。

 されど、月日たんは姿を見せなかった。

 こんなことは初めてだった。七年前のあの日、蔵で見つけた妖精盤を触ってからずっと一緒にいたのだ。それが、突然いなくなるなんて。


 思いもよらなかった。


 ずっと一緒で、ずっと家族で、ずっとずっと、俺にとって月日たんたちはもう、自分の一部みたいな感覚だったのだ。

 それが、それが、断りもなく勝手にいなくなるなんて、思いもしていなかった。

 何か、俺は何かをしてしまったのか? 突然月日たんがいなくなるようなことを? 

 ぽっかりと、深い焦燥感が身を掻きむしる。一体これは、なんなんだ……!


 なんなんだよ……!

 がくっ、と思わず膝が笑って、その場にへたり込んでしまった。

 どんよりとした灰色の雲が恨めしかった。空の上から無様な俺をあざ笑っているみたいに思えたからだ。知ってる、こういうのを被害妄想だとか、自意識過剰だとか言うんだ。だけれど、だって、月日たんがいないんだ……。


「妖精のいない日常……」


 不意にそんな言葉が口からつい出てきた。

 それは俺以外の人の普通の日常で、なんてこともなく、いつも通り。

 でも、だってそれは、俺の日常じゃないんだよ。

 俺の日常には月日たんが、火日たんが、水日たんが、木日たんが、金日たんが、土日たんが、日日たんが、必要なんだ。

 みんながいない日常なんて、それは俺の日常じゃない……。

 みんな、そうだ、みんな……。

 唐突に俺はそれに行き着いた。

 いなくなったらしい月日たんは、もしかしたら妖精盤にいるのではないか、と。そう思ったのだ。

 藁にもすがる思いだったけれど、それでも行動の指針にはなってくれた。

 立ち上がって、駆け出す。目的地はもちろん自宅だ。

 何も考えず、ただひたすら全力で家へと向かう。

 走って、走って、走って、走った。

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