第127話 風立ちぬ

「すみれさん、それで、どうだったんですか?」


 黛君のことが当然気になるわたしは、すみれさんの電話が終わるやいなや訊かずにはいられなかった。


「え、あら、ごめんなさい。今のはお友達と今度計画している野点のだてのお話だったの。紛らわしくてごめんなさいね。うふふふ」


 黛君関連と違ったんかい。それを聞いてわたしも十一夜君たちもがっくりと肩を落とした。まったくもぉ、紛らわしいんだから。

 それでまた四人の間に沈黙が流れるがすぐにまたスミレさんの携帯が鳴る。


「はい、バイオレットだけど。ええ、そう。お疲れ様。はい、じゃあまた後ほど。あ、そうそう、美沙子さんによろしくね。はい、それじゃあ」


 バイオレット? それってもしやコードネーム的な? バイオレット……すみれのことか。案外安直な気もするけど、ま、それはさておき今度のは何の電話だったのだろうか。そんなコードネームを名乗るくらいだから裏稼業関係に思えるけど、黛君関連の話にしては話が短すぎる気も……。

 てか、美沙子さん誰よ?


 三人の視線がすみれさんに注がれる。

 泰然とした様子で携帯電話をハンドバッグにしまう所作はやはり上品だ。しかし気が急くわたしたちは生唾を飲み込みつつ、すみれさんの口元から目が離せない。早く! すみれさん、早くなんか言って! とまあ、おあずけを食っている三人はそんな気持ちだった。


「お待たせ。万事解決よ」


 簡潔に述べると、すみれさんはにこやかにお茶を啜った。

 って、そんだけ? もっとあるでしょうが。いや電話も短かったからそれだけなのかな? うーん……謎だわ。


「詳しいことはまた後でお話するけど、拉致された彼は無事に救出したそうよ。政府の機関に手渡す段取りを調整中」


「よかったぁ。取り敢えず黛君が無事でよかったぁ」


 ひとまずは黛君だ。彼が無事に救出されたのがまずは僥倖と言えるだろう。


「それで、拉致した連中は?」


 そこが気になっていた十一夜君は、待ちきれないといった様子ですみれさんに問いただす。


「彼らの正体のことかしら? そのことだったらMSであることは間違いないようね。ただMSも一枚岩ではないようだから、内部のどこかの派閥が暴走したということのようね。詳しいことは今頃調査中よ」


「やはりそうか……となると、今後華名咲さんの身にも危険が及ぶ可能性が十分考えられるな。あの男は黛君と華名咲さんに何らかのつながりがあると考えているようだから……MSが何を考えているのか……」


「恐らくなのだけれど……桐島さんに埋め込まれていたチップの情報が手掛かりになるのじゃないかと思うのよねぇ」


 すみれさんの意見には十一夜君も同意見のようで、瞑目して静かに頷いている。


「やはり、はっきりとしたことが分かるまでは危険だな。朧を呼び戻して、もう一度華名咲さんの護衛に就かせる必要があるか……」


「確かにわたしの大事な夏葉ちゃんに塁が及ぶことがあっては困るわ」


「わ、わたしも……将来のお姉さまになるかもしれないので、何かあっては困ります……」


 ん? 聖連ちゃんが言ったのはどういうことだ? え、つまりそういうこと?

 いやいや、聖連ちゃんったらマジか? 聖連ちゃんは祐太のこと知ってるの?

 祐太ってまあ弟みたいなもんだけどさ、細かいこと言えば秋菜の弟だしね。実際には秋菜がお姉さまになっちゃうよ。しかもあれだよ。知らないだろうけどやつはタユユの中の人だしね。

 まあ、本気で祐太のこと好きだっていうなら応援するけどさ……って、なんか違う気がするな。聖連ちゃん、祐太のことなんで知ってるの?


 わたしがそんなことを考えていると、気づけばなぜか十一夜君は頬を紅潮させて目を泳がせている。聖連ちゃんはそんな十一夜君を見てニヤニヤしている。あ、十一夜君もかわいい妹がよそに嫁に行くなんて考えたら平静ではいられないんだなぁ。聖連ちゃんも人が悪いんだから。

 それにしても危急の事態からは取り敢えず免れたとは言え、みんななんだか緊張感に欠けるなぁ。


「と、とにかく。華名咲さんに危険が及ばないように警護を付けるよ。やはりそういう任務なら朧が適任かなぁ」


「うん、圭ちゃん。わたしもそれに賛成。多分今は特に大きな任務には就いていないはずよ」


「そうだな。ただ、あいつと接触するのにはちょっと手順が色々めんどくさいんだよなぁ……」


 あ、十一夜君でもそう思うんだ。朧さん、面倒くさい人だけど、慣れてくると結構面白いんだよね。ふふ。


「よし。それじゃあ帰りにでも朧と接触を試みるか。聖連は華名咲さんを家まで送り届けてくれるか?」


「OK、圭ちゃん」


 十一夜兄妹の間で交わされる段取りの確認に対して、すみれさんがいかにもワクワクした感じで、まるで散歩の時間を待つポチといった風情で期待に満ちた目をしている。大方自分の任務は? という期待だろう。そのかわいらしい様子に、さすがの十一夜君でも無視はできないらしい。


「あ、えーっと……取り敢えず、今日はありがとうございました。これは僕の連絡先です」


 そう言って生徒手帳のページを破いて電話番号を走り書きするとすみれさんに手渡した。


「詳しいことが分かったら知らせてもらえませんか」


「いいわ。うふふ。これでわたしもお仲間ね」


 すみれさんの顔がかわいらしく上品な微笑みで溢れた。

 と、そこへまたすみれさんの携帯を鳴らす着信音だ。


「はい、わたしよ。あら、そうなの。分かったわ。ええ、はいはい。それじゃあね」


 また三人に緊張が走る。


「すみれさん……どうでしたか……」


「あ、主人が夕食までには帰るからって。そろそろ戻ってお夕飯の支度しなくっちゃ。十一夜さん、これわたしの番号ね。今日はお会いできてよかったわ。それじゃあね、三人とも無理はしないのよ」


 そう言って十一夜君に電話番号のメモを渡すと、すみれさんはまた無駄のない優雅な所作で立ち上がり、サングラスと帽子を身に着けて風のように立ち去るのだった。

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