第126話 ミス・パラレルワールド

 あの黛くんが別の並行世界からやってきた? ちょ、いくらなんでも突拍子もなさ過ぎないですか、すみれさん?

 押し黙ったままうんともすんとも言わなかった十一夜君が、おもむろに顔を上げて声を上げた。


「黛君が仮に本当にその平行世界とやらから来たと仮定して、その黛君と華名咲さんに一体どういう関係があるんだ? あの男の話じゃ華名咲さんと黛君に共通の秘密があるような感じだった……」


 あぁ〜、たしかに。そんなようなことを言ってた。

 うーん、だとしてもなぁ。わたしの秘密らしい秘密と言ったら性転換現象くらいのもので、平行世界がどうとかいうような話じゃないし。


「そうだねぇ……。わたしにもさっぱり……」


「あ、そういえば華名咲さんのことを特異点と言っていたよな。なんだ? 特異点って……」


「今ネットで調べてみましたがたけど、なかなか難しい言葉ですね。いろいろな分野で使われていて、それぞれにおいて違う意味を持っているみたいですけど……。でもまぁ、ウィキの『ある基準 (regulation)を適用できない、あるいは一般的な手順では求まらない(singular) 点』っていう説明が一番分かり易いですかね。『特異点は、基準・手順に対して「—に於ける特異点」「—に関する特異点」という呼び方をする』ともあります」


 聖連ちゃんが素早くネットで検索して意味を教えてくれた。それでも今ひとつわたしには分からないのだけど、他の人は分かったんだろうか。


「なるほど。あの男が、華名咲さんのことを磁場が違うって表現していたなぁ。磁場を基準とした場合に黛君と華名咲さんのところだけが基準と違うって言う意味だったのかもしれない。奴らはその磁場とやらを計測しているってことだよな」


「磁場って要するに磁界のことだよね。理科で習ったけど。うーん、磁場が違う……? うーん……イマイチ分かんない」


 聖連ちゃんの言う通りだ。わたしも同じく分かんない。しかもイマイチどころかさっぱり分かんない。


「うん、そもそも磁場の計測なんてなぁ。もし華名咲さんの磁場が遠くで計測できるほど大きなものだとしたら、例えばスマホのナビが正常に働かなかったり、コンパスが異常を示したりするはずだよな」


 なるほど……確かにそうだよね。


「先輩、今までそういう経験ってありましたか?」


「いやぁ、記憶にはないかなぁ……。スマホのナビも時々使ってるし、普通に使えてるよ」


「うーん…‥一応試してみますか?」


 そう言って聖連ちゃんが自分のスマホを取り出した。スマホを操作して、どうやらアプリを呼び出しているようだ。そしてわたしにスマホを向けて上下に左右にと動かしながらスマホの画面を見ている。


「どうだ、聖連? 何か異常はあるのか?」


「いやぁ、全然異常ないねー。何だろう…‥磁場が違うって」


 やっぱり異常はないのかぁ。んじゃあどういうことだったんだろうなぁ、あの人が言ってたことって……。

 相変わらず分かんないことだらけだわ。

 と、そこですみれさんが口を開いた。


「なるほどねぇ。磁場という言葉はともかく、何かを計測していて夏葉ちゃんと拐われた男の子はその計測上の値が普通じゃないと、そういうことなのよね」


 ま、そういうことらしい。どういうことか分からないけど、そういうことになる。


「その計測している何かっていうのが、何のためのものかを知りたいわねぇ」


「確かに……それを考えてみると、MSが関心を持っているっていう平行世界間の移動? それと関係する何かを計測していると考えられないか?」


「十一夜君、それは確かにそうかもしれないんだけど、黛君はともかくわたしはどこか別の世界から来た覚えなんてないよ? わたしは生まれてこの方ずっとこの世界で生まれ育ったし、その記憶も写真だってあるし、家族にも小さいときからのわたしに関する記憶がある」


「そうだな。でも、奴らが欲しいのは平行世界云々の情報だろう? ところが連中も情報は欲しいがまだ欲しいものを手にしているわけじゃなさそうだ。そんな中での試行錯誤中にたまたま引っ掛かったのが華名咲さんなのかもしれない。実際あいつら何も分かっていないから黛君を拉致したり、華名咲さんに接触してきたんだろう」


「圭ちゃん、だとしたら拉致された黛先輩を助けないと、情報がMSの手に渡ってしまうんじゃない?」


「ああ、そうだな。我々にとっては平行世界がどうだとかはあまり関わりがなさそうだけど、あいつらに情報が渡ってしまうことを考えるとどうも危険な臭いがしてしょうがない」


 うわ、やっぱり何だか大変な事態になりそうだな。


「すみれさん、黛君は大丈夫でしょうか……?! って、すみれさん?」


「く……この人寝てるぞ……」


 十一夜君の言う通り、よく見てみるとすやすやと寝息を立てて寝ているすみれさん。まじでこの人どういうわけでこの事態でこんなにのんびりしていられるの? と、いささか呆れ気分ですみれさんを見ていると、彼女の携帯電話がいきなり鳴り始めた。途端にすみれさんの目蓋が大きく開き瞳がキラリと光った……気がする。


「来たわね。ちょっと失礼」


 そう言うとすみれさんは二つ折りの携帯電話をパカッと開いて電話に出た。


「はい。ど〜お? はい。あら、そうなの。うん。うん。はいはい。あらまぁ、そう。それで? ちょっとあなた。そこまでやってくださる? え、そうなの? あなた、そんなこと言うならうっかり口を滑らせて明美ちゃんに幸子さんのこと…‥あら、そうね。ありがとう。いやねぇ。そんなに恐縮しないでくださいな。いいのよいいのよ、そんな。はい、あなたも頑張ってね。それじゃあね。はい。あ、そういえば民子ちゃんによろしくね。はい、はーい。よろしくぅ」


 何だろうか。一体どんな会話が取り交わされていたんだろうか。激しく気になるんだけど、何か聞かない方がいいという気もする。


「すみれさん、それで、どうだったんですか?」

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