第122話 そして物語は行く

「ほらぁ〜、なかなかいい感じでしょ」


 朝食を終えたテーブルに写真を何枚も並べて見せている秋菜が嬉しそうに言っている。

 写真というのは、秋菜が撮影にディディエを連れて行った際に、その見目の良さからちょっとカメラテストだけでもという話になってスタジオで撮影したショットだった。まぁ分かっていたが相当様になっている。案の定ディセットの編集長の瀬名さんも大層お気に召したようで、ぜひモデルを引き受けて欲しいと熱心に口説かれたそうだ。

 ディディエは例の軽い調子でOKしたというので、これからまた騒がしくなって大変だろうと若干気が重い。


 しかしディディエは、未だに撮影に参加したらタユユに会えるかと秋菜に訊いたりしているので、事情を知っているこちらは冷や冷やする。でも秋菜はどうだろうねぇなんて言ってニヤけるだけで真実を明かす様子はない。秋菜だったら絶対バラすと踏んでいたのだけど、そうなっていないことが不思議だ。もしかしてだけど、意外と祐太の趣味を尊重してあげてたりするのかなぁ。なんか最近そんな気がしてきた。


「あ、瀬名さんが秋葉ちゃんによろしくってさ。またよかったら撮影に参加してねって」


「あー、はいはい」


「うっわ、テンション低っ。相変わらずやる気ないなぁ〜」


「あははははぁー」


「棒読みぃ」


「ボーヨミ、ナンデースカ?」


「あぁ、ええっとねぇ、ディディエ。うーん、感情が全然こもってないってことだよ」


「アー、カヨーカンジョーハイッテナイ」


「そうそう。感情が入ってなかったよねぇ」


「仕方ないよ。積極的にやりたいわけではないからさ。まぁ、ディディエは頑張りなよ。モデル」


「ハイ、ガンバリマスジャネ?」


 まーた変な日本語使っちゃって。まあその緩い感じはいいと思うけどさ。


「あ、やばい。もう出ないと学校遅刻するよ!」


 秋菜が時計を見て慌てた様子で言う。


「ホントだ。ディディエ、そろそろ出るよ」


「ハーイ、ガッコガッコー。レッツゴー」


 道中、三人一緒にいると今まで以上に注目を集めてしまうようで非常に居心地が悪い。秋菜も今や全国規模の雑誌に出るようになっているし、わたしもローカル誌で秋菜と一緒に出ているためそこそこ顔が知れている。その上ディディエというイケメンが加わると悪目立ちするようだ。

 あーぁ。やりにくいったらありゃしない。

 そう思いながら駅まで歩いていると、黛君だ。あれれ、いつもの路地を入って行ったぞ。学校は? 今日も休み? それに今日はいつものおじさんと違う人が一緒だった。なんか気になるなぁ……。


 学校に着くとやはり黛君は来ていなかった。途中見かけた時学校に向かっていなかったから予想通りではあったけど。


「あれ、黛はまた来てないのか。連絡来てるかなぁ……」


 出欠を取った後、細野先生がまたポツリと呟いた。連絡来てないんだ? サボり? いやでもあの辺は用事でよく来るって言ってたよねぇ。ということはやっぱり何か用事があってあそこに来てたわけだよねぇ。


 結局放課後まで黛君は来なかった。

 気になったので一応職員室に行って細野先生に朝駅近くで見かけたことを伝えた。


「え? そうなのか。うーん……そうなのかぁ……」


 あれ、なんかまずかったかなぁ。先生の反応が微妙な感じだ。


「先生、何か問題でもありましたか」


「ん? あぁ、いやぁ。言っていいもんかなぁ。あぁ〜、いや実はな、黛の親御さんから連絡があって体調が悪いからってことだったからなぁ」


「あちゃー、わたしまずいこと言っちゃいましたねぇ〜」


「うーん……正直、ちょっとな」


 苦笑いしつつ正直なことを言う細野先生。そう言うところ、嫌いじゃない。


「いやでもありがとな。聞いてしまった以上ちょっと心配だから家庭訪問してみるわ」


「そうですか。なんか仕事増やしちゃった感じですか?」


「いやいや、いいんだよ。ちょいちょい体調悪くなってるみたいだったから、実際気になってはいたんだよな、黛のことは、うん。だからむしろありがたいよ。心配してくれたんだろ、あいつのこと? ありがとな、華名咲」


「いえ、まあわたしも気になってはいたんで。前々から時々あの辺りで見かけていたんですよ。用事でよく来るとは言ってたんですけど」


「そうか。なんだろうなぁ。ま、あとは先生の仕事だ。任せろ」


「はい、それじゃ、わたし帰りますね」


「おぉ、そうしろ。気をつけてな」


「はい。失礼します」


 先生に用事があると言ってディディエと秋菜には先に帰ってもらった。わたしはどうにも気になっていつもの書店に立ち寄ることにした。漠然とではあるが、黛君があの辺をまたウロウロしてる気がするのだ。


 書店の前まで来て辺りを見回してみる。まあそうそう勘が当たるわけもなく、黛君は見当たらなかった。


「そりゃそうか……」


 ひとりごちて書店に入った。

 朧さん、もうわたしの警護には就ていないんだよね。変な人だったけど悪い人じゃなかったし、あれでなかなか頼りになる人だった。ちょっとお茶目なところもあったし。そう思うとちょっとは寂しいかなぁ。


 ってちょっと。まさかのビンゴ! 黛君だわ。

 通りを普通に歩く黛君を見つけて、わたしは声を掛けようと思って急いで表に出る。

 店を出たところで目にしたのは、黛君が黒塗りの車に明らかに無理やり乗せられる場面だった。周囲には誰もいない。


「朧さんっ! なんでこんな時にいないのっ」


 思わず呟いてしまったが、黒いワゴン車は走り去ってしまった後だった。

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