第78話 フライデーナイト(前編)

 はてさて、あの子……桐島さんは、十一夜君と何の話をしたのだろうか。


 あの後教室で気にしながら待っていたが、登校してきた十一夜君は特に変わった様子もなく、いつものように挨拶をして早々と机に突っ伏して寝てしまった。何もこんな朝っぱらから寝なくてもいいと思うんだけど。


 実は昨日変な空気のまま別れたので、今日もまだわたしの中では何となく気まずい空気を引き摺っている。なので早いところこの空気を解消したいと思っていたのに、朝っぱらからあんな現場を目撃してしまい、何となく話し掛けるきっかけを逸してしまった。あんな現場っていうのは、今さっき目撃した隣のクラスの美少女、桐島さんのあれだ。


 桐島さんみたいな美少女が頬を赤らめて駆け寄ると言えば、答えは一つ。そう、恋だ。恋に違いない。

 そんな思いを向けられて、十一夜君はどう思っているのだ。友達として気になるじゃないか。あんなかわいい子から言い寄られたら、堅物の十一夜君と言えども悪い気はしないはず……と言うかどう考えたって心が動くに決まってるんじゃないだろうか。


 二人は付き合うの? 二人が付き合ったらどんな感じかな……。

 うむ、意外にお似合いだな。十一夜君は塩顔のイケメンで、桐島さんもサラサラの黒髪の美しいシャープな美人だ。キューティクル輝く天使だ。どう見ても美男美女のカップルだ。


 わたしの髪は栗毛色で猫毛だし、あんな風に真っ黒なストレートヘアには憧れちゃうんだよなぁ。十一夜君もあのキューティクルにはやられちゃうかな。


 やっぱり付き合うのか? 付き合っちゃうのか?

 う〜む、十一夜君ってのは無愛想だからなぁ。普通の子じゃついて行けないんじゃないかな。お喋りとか苦手そうだし。いや、でもまあ親しくなれば必要なことは意外と何でも話してくれるんだよね〜。


 あ、でも彼の裏の稼業についてはどうなんだろうな。そこまで話しちゃったりするんだろうか? あまりバラしちゃまずいんじゃないのかな?


 いや、でもわたしには話してくれてるしな……。まあわたしの場合は事情が事情だから特別か。

 特別……。特別と言えば、彼女って存在だって特別だよな……。ということは、やっぱり付き合うようになったら全部話しちゃうのかなぁ。


 ってまあ、わたしがああだこうだ考えたってしょうがないことだな。

 て言うか何でわたしがそんなこと気にしなきゃならないんだ? 関係ないことだよな、全然。


 とは言えそうは思いながらも、十一夜君とは何となく気不味い雰囲気のままだし、その上桐島さんと付き合うかもしれない——もしかするともう付き合うことになったかもしれない——状況で、十一夜君はどうするんだろうかと、何だか靄々もやもやしながらその日を過ごすことになってしまった。


 授業も終わり、帰宅時間となったが、結局この日十一夜君に話し掛けることができなかった。


 十一夜君はさっさと帰ってしまうし、わたしも帰ろうと教室から出ると、そこに渡瀬先輩が待っていた。


「華名咲さん、時間ある? よかったら一緒にちょっと寄り道して帰らないかな?」


 時間はないこともないのだが、ちょっと面倒くさい。この人からは先日告白を受けたばかりだ。まあ、いきなり付き合ってということではないが、自分にその気がないのに思わせぶりな態度もどうかと思うんだよな。

 音楽の話ができるのは嬉しいんだけども。


「う〜ん、従姉妹を待たせてるので、ごめんなさい」


「あぁ、そっか。うん、じゃあさ。これ、この前言ってたデモ音源なんだけども、よかったら聴いてもらえると嬉しいな」


 そう言って渡瀬先輩はUSBメモリーを手渡してきた。

 この中に先輩たちのバンドの音源が入っているらしい。


「新しく作った僕のソロも入ってるから、感想もらえると更に嬉しい」


「あ、そうなんですか? へぇ、じゃあ是非聴かせてもらいますよ。ありがとうございます、先輩」


「うん、頼むよ」


「分かりました。ではお預かりします」


「それと週末のライブ、よかったら来てね」


 そうでした。秋菜でも誘うかなぁ。


 帰宅後、預かったUSBメモリースティックをパソコンに挿して音源を取り込んだ。


 再生してみると、エレクトロなロックで結構踊れる感じの曲が多い。

 ベースが結構いい。個人的にベースがいいバンドはいいバンドだと思う。


 ファイルは全部で六曲分。最後に再生されたのはアコースティック・ギターの弾き語り曲のようだ。これはどうやら渡瀬先輩の歌声。ラブソングか。

 何と言うか……知り合いがこんな甘々なラブソング作って歌ってるのを聴くって、こんなに気恥ずかしいものなんだな。正直、最後まで聴くのがちょっと辛く感じるほど気不味い……。


 とは言え、聴くという約束をした手前、義務感から一応最後まで頑張って聴いた。

 ふう、聴き終えた。ひと仕事やり終えたかのような達成感。でも最後の弾き語りラブソングのせいで、折角のリラックスタイムも台無しだよ。まぁ歌は上手かったけどもね。


 夕食時、食卓を囲みながら秋菜に週末のライブの件について話してみた。


「あぁ、あのさぁ。二年の先輩がやってるバンドのライブに誘われててさぁ。チケット二枚貰ったから、秋菜付き合ってくんない?」


「土曜日?」


「えっと、金曜日かな。渡瀬って人がやってるバンドなんだけど」


「金曜かぁ。ごめん、もう予定入ってるわ。金曜日は友達のところに泊まり」


「え、マジで? 泊まりかぁ、珍しいね」


「うん。一学期のイベント写真をクラスでフォトブックにまとめることになって、わたしその担当だから、もうひとりの子と一緒に写真選んだり色々やらなくちゃいけなくてさ。夏休み前に仕上げたいから泊まり込みで作業」


「そうなんだ。はぁ、んじゃどうしようかなぁ……」


「おっほん。……あの、保護者同伴ということで僕が一緒に行ってあげてもいいんだけど……」


 音楽マニアの叔父さんが興味津々で食い付いてきたが、何しろわたしに告白してきた人のバンドだからな。叔父さんがそのことを知ったら音楽どころじゃないだろうな。


「あぁ、それじゃあ、友紀でも誘ったら? 友紀って意外と音楽好きだから、喜ぶよ、きっと」


 へぇ、友紀ちゃんがねぇ。意外だなぁ。今まで音楽の話とかしたことなかったもんな。

 て言うか、今秋菜の奴叔父さんのことを完全にスルーしたな。かわいそうに叔父さんが涙目になっているじゃないか。

 ここは見て見ぬ振りをしてあげるのも優しさか。


「それ初耳なんだけど? 今まで友紀ちゃんと音楽の話なんかしたことなかったよ」


「あぁ、音楽の話をしてもあんまり話の合う人がいないから、普段その話はしないって言ってたもん」


「ああ、分かる。わたしもそうだもんなぁ。だからお互い音楽の話をしたことなかったわけか」


 そういうことか。みんなが聴いている音楽の話ならいいんだけど、そうでない音楽だとみんなにポカーンとされるだけだからな。だから自ずとそういう音楽の話は持ち出さなくなるものなんだ。


「そっか、んじゃ、誘ってみるかな」


「うん、付き合えなくてごめん」


「いや。友紀ちゃんが行ってくれるといいんだけど」


「大丈夫じゃないかな。友紀って結構付き合いいいから」


 ほぉほぉ。確かにそう言われたらそんな気もするな。妙に人懐っこいしね。

 その代わりわたしに対するセクハラが酷いけど。

 明日誘ってみようっと。


「何時からなの? 遅くならないようにしなさいよ」


 叔母さんから釘を刺される。

 叔父さんはいじけている。


「大丈夫。分かってるって。ライブは六時からで、SALTATIOサルタチオっていうライブハウス」


◇ ◇ ◇


 そんなわけで、翌日わたしは友紀ちゃんをライブに誘うべく教室で彼女の登校を待っていた。


「おはよ〜、夏葉ちゃん」


 と言いつつ、いつもなら絡みついてきて胸を揉もうとしてくる友紀ちゃんなのだが、今日は何だか様子が違って普通の挨拶だ。体調でも悪いのだろうか?


「おはよう、友紀ちゃん。何かあった?」


「うぅ……何かあったよ」


「何々、どした?」


「好きなバンドのライブのチケットが取れなかったの。こんなの初めてのことでさ。何か最近人気が出てきてて喜ぶべきなんだろうけど、こういうことがあると喜べないっていうかさぁ」


 まるで十一夜君のように机に突っ伏す友紀ちゃん。

 それにしても何という絶妙なタイミングで音楽の話題が出るんだ。


「う〜ん、分かる分かる。人気が出るのは嬉しいけど、その分距離が遠くなるよね〜」


「夏葉ちゃん! 分かってくれるの? おぉ、心の友よ〜」


 そう言って抱きついてきて、結局おっぱいを揉まれた。

 まあ、正直言うとおっぱいを揉まれたからって減るもんじゃなしどうということはない。男に揉まれるわけじゃないしな。腹を揉むのと大差ない。

 それに何と言っても、友紀ちゃんのセクハラ対策として最も効果的なのが、スルーすることなのだ。


「うん分かるよ。それでさぁ、代わりにはならないかもしれないんだけど、わたし金曜日に行く予定のライブがあって、そのチケットが二枚あるんだ。友紀ちゃんさあ、よかったら一緒にそのライブ行かない?」


 勢いに乗じてと言うか、どさくさ紛れにと言うか、思い切って誘ってみた。


「う〜ん、わたしが行きたかったライブのチケット、SNSで譲ってくれる人探そうかと思ってるんだ。ちょうどそれも金曜日でさあ。まだ諦めきれないんだよね〜」


「あら、そうなんだぁ。因みにそのバンドって何ていうバンドなの?」


 友紀ちゃんの肝煎りのバンドがどんなバンドなのか興味がある。


「Ping of Deathっていうバンドなんだけどね……。実は……」


「ん? Ping of Death?」


「そうだよ……ファンはピンデスって呼んでるけどね」


 手元にあるチケットに書かれているバンド名に目を落とすと、友紀ちゃんが言ってるバンド名と完全に一致する。


「もしかしてそれってさ、うちの学校の先輩たちがやってるバンドだったりする?」


「え、そうだけど……何、夏葉ちゃんも知ってるの? ピンデス」


「まぁ、知らなくもないんだけどね。て言うかさ、金曜日に一緒に行こうと思ってたライブって、これなんだけど……」


 持っていたチケットをすっと友紀ちゃんの元に差し出した。


「……っ!」


 驚きのあまりなのか、友紀ちゃんが目を見開いてチケットを食い入るように見つめている。おいおい、あんまり見つめると穴が空くぞ。


 それくらいの強くて熱い視線をチケットに送っている。

 暫くそうしていたが、今度はチケットとわたしの顔を交互に何度も見比べながら熱視線を送ってくる。

 だから穴が空くっつうの。


「どう? 行く?」


 わたしの問に友紀ちゃんがぶんぶん首を縦に振って答えている。

 ふふふ。それにしても、こうも思惑通りに事が進むとは。他人から見たらご都合主義ここに極まれりと言われそうだな。事実は小説より奇なりと言うやつだよ。


「よし、決まり。じゃあ金曜日学校帰りにどっかで時間潰してから一緒に行こうか」


「うんうん。うぉ〜、心の友よ〜」


「はいはい」


 また友紀ちゃんが抱き着いてきてどさくさ紛れにおっぱいを揉んでいる。何なんだこの子はまったく。


 そういうわけで、金曜日の渡瀬先輩の——Ping of Deathの——ライブは、無事に友紀ちゃんと一緒に行く運びとなったのだった。

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