107話「空間の融合による環境の変化」

「でもまあ、騎士団も、たまには気の利いたことする時もあるじゃないか。私用に仕立てたバトルドレスを何着か、送りつけてきたよ」

「ああ、だから、黄色なんですね」

 部屋に入った時から思ってはいて、新しいのを買った事は言ってあげようと思っていたのだが……どうやら、魔女は自分で新しいバトルドレスを買ったわけではないようだ。……ということは、騎士団で用意しなかった場合は、ずっと前の、そこいら中が焼け焦げて穴の開いた、ヨレヨレで埃っぽいバトルドレスを着ていたということなのだろうか。というか、騎士団からのバトルドレスが届くまでは、何かを着ていたのだろうか。

「そうだ。前のピンクの一張羅は、ブリーツめに燃やされて、いくつも穴が開いてしまったからな」


「いや、一張羅って、普通、バトルドレス一着で生活してる人なんて居ないでしょう。だけど……」

「だけど、何だ?」

「……それで、それなんですか」

 アークスが、魔女の胴体を指さした。魔女は、それがどういう事をさしていて、アークスが何を言いたいのかは理解できた。魔女のバトルドレスは、やっぱりヨレヨレなのだ。


「うーん、ちょっと勿体無いとは思うんだがなぁ。やっぱり、何週間か着ていたら、こんな状態になってしまってな」

「着替えてください。てか、バトルドレスって普段着でも部屋着でもないでしょ。礼服とか、戦闘用の洋服ですよ、それは」

 何週間も同じ着物を着ていれば、それはすぐにくたびれてしまうだろうけれど、それが値段の高いバトルドレスだというのだから、勿体無い話だ。


「だから、面倒なんだよ。これ一着来てれば、何でも出来るだろ?」

「出来ないですよ。そんなヨレヨレのバトルドレスじゃ、礼服として機能しませんよ」

「じゃあ魔法の足しになればいいよ」

「良くないです! じゃあって何ですかじゃあって! 何着か送られてきたんだったら、せめて、別のとローテーションさせて着てくださいよ。クローゼットに何着か新しいのがあるんでしょう」

「もっともな意見だな。さすがは真面目なアークスだ。私も見習いたいものだが……面倒なんだ」

「はぁー……じゃあ、あれもやってないでしょ」

「あれ? えーと……何かあったかな?」

「地図の複製、どうしました? 今の状態だって、結構、紙が劣化してたんだから、すぐにやらないと、貴重な地図情報が無くなっちゃいますよ」 

「ん……あれは二、三枚はやったぞ。途中で飽きたが……気が向いたら、またやる」

「全部で何枚あるんでしたっけ?」

「数えてないから分からないよ、そんなこと」

「そうですか。全部は複写したんですか?」

「それも分からないよ。たまたま見つかった地図を複写しただけだし……」

「たまたまって……ごちゃごちゃになってるんですね」

「そうだ」

 魔女がこくりと頷く。どうやら地図は、整理されて置いてあるわけではなく、色々な所にごちゃごちゃと点在しているらしい。全く整理がされていない状態だということだ。

「……分かりました。僕、時間を作って、またここに来ますから、一緒に整理しましょう」

 アークスは腹を決めた。ここ、魔女の秘密の空間は、一部屋も中々に広く、部屋の数も多いので、整理には、かなりの手間と時間を要するだろう。しかし、ここの資料の数、そして、古さと珍しさは侮れない。その資料を失ってしまうのは、あまりに勿体無い。


「ああん? それはそれで面倒だな……」

「それなら僕一人でもやります。だって、凄い資料がたくさんあるんですから」

「ええー……」

「じゃあ、その時はミーナちゃんも協力するぴょん」

「ありがとう、ミーナ」

「ううむ……勝手に荒らされてはたまらんから、じゃあ私もやるよ」

「だから、じゃあって……いえ、折角話がまとまったんだし、何も言いません」

 魔女は渋々といった様子だが、アークスとしては一人で整理することにはならなかったのでありがたい。素直に納得しておくのがいいだろう。


「ま……今はこいつらで、ただでさえ散らかってる時期だからな、こいつがひと段落してからでもいいが……」

「いや、多分、それも整理した方がいいですよ。ほら、あの瓶とか、横になってるし。どう見ても縦長の生き物なのに」

 そう、この机の上、そして床、周りの棚の上にも、そこら中に瓶が転がっている。「新種」と呼ばれる、虫などの小さな生き物が入った瓶だ。


「それは縦長に見えて、実は横長な生物なんだよ」

「ああ、そうだったんですか」

 時空の歪みによって、こちら側の世界に来た新種の生き物は、時が経つ毎に多くなっていっているようだ。

「……あ、やっぱり違った。それ、倒れた奴だ」

「やっぱりそうなんじゃないですか!」

「まあまあ……私もこれだけの種類の生き物、全て把握出来ているわけじゃないんだ」

「だから、この瓶も整理した方がいいんですよ」

「そうだなぁ、確かに整理は必要だな、私のコレクション用とか、人から頼まれたのとか、取引に使うのとか……ごちゃごちゃで、ちょっと不便なんだよなぁ」

「やっぱり、不便なんじゃないですか」

「そうだなぁ、じゃあ近々整理するかなぁ」

 魔女は、物凄く気怠そうに言葉を発している。整理をすることが、心底、嫌なようだ。


「……この新種って、向こうの世界から来てるんですね。ここじゃない世界から」

 アークスが、昆虫のような細い節を持っていて、ナナフシに近い感じの生物が入っている瓶を立ててあげた。

「もしかすると、あのアリエイルのじーさんの試作品みたいのも混じってるかもしれないがな。

「人工的なのも混じってる……ってことですか」

 瓶に入っている生物は、手の部分は短く、足はかなり長くて、二足歩行している。

「面白いですね、こいつ」

「そうだろ、最初は他の奴らから押し付けられた仕事ばかりでうんざりしていたんだが、こうして色々な姿の生物が集まってくると、中々楽しくてな。何匹かは自分用のを見つけて、観賞用として飼ってみたいな、などと考えている」

「へぇ、いいんじゃないですか、そういう趣味も。でも、改造バエみたいな人工的な虫以外に、本当に別の世界から来た、不思議な生き物が居るものなんですね」

「人間の文化の発展と違って、生態系の進化は読めんからな。必ずしも同じように進化するばかりではないということなのだろう。特に、こういった小さな生き物の進化は早いから、あっちとこっちでは、全然違うんだ」

「へぇ……」


「それに、全部が全部、天然のものかといったら、そうとも限らん。さっき言った通り、この虫がたまたま、そういった類のものだったたけだ。中には人工的に姿を変えられた虫も居るのかもしれん。改造バエが、そう捉えられていたようにな」

「生物学者もいい加減だぴょんねー、改造された生物を、新種にしちゃうなんて」

「仕方がないさ。今は空間が融合した……というか、本来の世界になろうとしている過渡期だからな。こちらには、あちらの生態系の知識は無いし、逆もまたしかりだ。知識がなければ当然、判断は出来ん。これから暫くは、生物学者達は大忙しだろうな」

「それは騎士団も同じですよ。まだ発表はしていないですけど、ここ一帯の地理が、がらっと変わることになる。それ自体でも大変なのに、騎士団内部では発表するタイミングで揉めてたりしてますし……人口にしろ、天然にしろ、改造バエみたいな危険な生き物も居るかもしれない」

「そうだな、そのあたりは、確かに騎士団をはじめとする公的機関が介入して、無用な混乱を招かぬようにするべきだろう。が……どうにもそれ以外の目的が見え隠れするのがな」

「……騎士団も、一枚岩じゃないですからね」

「相変わらず、面倒な腹芸が好きな連中だ。これが無かったら、私ももう少し協力的になるのだがなぁ……いや……それはそれで面倒だな。間違って宮廷魔術師にでもなってしまったら、一生窮屈な生活をしないといけなくなる。私はアークスを見るだけで息が詰まる思いだよ」

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