105話「その後」

「魔女さーん? 居ないんですか?」

 アークスの声が、魔女の住処に響く。魔女の住処の周辺は相変わらず陰湿なムードで、近寄りがたい雰囲気を発していた。それは中についても同じで、相変わらず、ただ穴を掘っただけに見える。その穴の、少し広くなった部分に魔女は居るはずなのだが、今日は居ないようだ。


「魔女さーん? 奥、入りますよー?」

 奥。この穴の奥には、騎士の中ではアークスだけしか知らないと言っていた、秘密の場所が存在する。もっとも、そこには単純に穴の中を歩いて移動するだけでは辿り着けないようになっているらしく、普通に歩いていくと行き止まりに行き着いてしまう。なので、実際に入れるのかは分からないが……。


「サフィーも一緒に連れていきますよー!」

 アークスの周りには誰も居ない。勿論、サフィーも、どこか他の場所で任務に就いているだろう。しかし、この穴の奥にある秘密の空間は、魔女にとって、他の人に知られたくない場所だ。アークス以外が足を踏み入れたら困るだろうから、サフィーと一緒に秘密の空間に入ると言えば、魔女は仕方なく出てくるのではないか。アークスは、そう考えたのだ。


「魔女さーん! 本当に行きますよ!」

 アークスは魔女を呼びながら、更に奥へと進んでいく。その先には行き止まりがあるのか、それとも秘密の部屋があるのか……分からないが、魔女が居ない以上、奥を見てみる必要もあるだろう。


「あ……」

 辿り着いたのは、一つのドアの前だった。特に何か書いてあるわけでもなく、ドアノブこそ、少し凝った装飾が施されて豪華なイメージを抱かせるものになっているが、その装飾に特に意味は見受けられず、ドア自体はこれといった装飾が施されているわけでもない。つまり、普通のドアだ。しかし、これは行き止まりではない。ドアの向こうには秘密の空間があるはずだ。


「……入りますよー?」

 アークスは、そう言いながら、そーっとドアを開けた。ドアの隙間からは、妙に良い匂いを含んだ空気が吹き込んできた。


「よ、アークス」

 アークスを見るなり、魔女は机に突っ伏した顔を、ひょこっと上げた。

「あ、魔女さん、寝てたんですか。だから居なかったのか」

「いや、起きてたよ。こうやって、目を瞑ってただけだ」

 魔女が再び、色々な物が置かれて散らかっている広めの机に突っ伏した。


「あ……眠いんだったら出直しましょうか?」

 アークスは、魔女の様子を見るなり、体を扉の方へと反転させた。どうやら、魔女は少し眠いらしい。昼寝の最中とかだったら、起こしてしまって申し訳ないので、また後で来よう。

「ああいやいいよ。今、暇だから。……しかしアークスも、ちょっとは搦め手を使うんだな」

 魔女が、手の平を横に振りながら、ゆっくりと顔を起こした。が、結局、机に顎を置く姿勢で落ち着いた。

「え?」

「サフィーなんて居ないじゃんか」

「聞いてたんですか!?」

「聞いてたよ。じゃなきゃ、ここに来れるはずないだろ」

「ええー? じゃあ早く言って下さいよー」

「面倒だったんだよ、あそこまで出てくのが。で、ここに来たからには何か用があって来たんだろ? アークスは、何か用がなきゃ、ここには来ないもんな」

「まあ、来ませんけど……もしかして寂しいんですか?」

「ええっ!? そ、そんなことはないぞ!」

 魔女の声が裏声になり、顔が、途端に赤くなる。


「……寂しいんですね。分かりました、ちょくちょく遊びに来ますよ」

「だからー、そんなことないんだぞ!」

「はいはい、分かりましたから……」

「あー! 信じてないな、この私を!」

「いや、そんなことないですよ」

「くそー、騎士がいい気になりおって……まあいい、この話はやめだ! 何の用だ?」

 魔女は、そう言いながら、机の対面にある椅子を指さしたので、アークスはその椅子の方へと歩いていく。

「マッドサモナーが何をしたかったのかが、少し分かってきたので、それで」

「ほう、遂に吐いたのか、あいつは」

「いえ……残念ですけど、マッドサモナーは何も喋ってません。魔女さんの言う通り、健康面の問題もあるみたいで……」

 椅子の場所へと辿り着いたアークスが、椅子を引いて座った。どうにも周りがごちゃごちゃしているが……魔女の性格上、仕方がないと思って、その事を意識からどけた。

「ふーむ……案の定、健康管理に手間取っているのだろうな。ま、前例がないことだから仕方がないだろう。私だって手間取る事なのだから、騎士様はさぞ大変だろう。で、何が分かったんだったかな?」


「ええと……今のマッドサモナーではなく、コーチの中での証言から、協力者を割り出したんですが……」

「あの時か。焚き火の所へ戻って、私が魚に被りついたら、まだ生焼けだった時の前の話だな」

 魔女の話を聞いて、アークスも、マッドサモナーと話した夜の記憶が頭の中に鮮明に浮かんできた。が、しかし……。

「そこなんですか、思い出す所は……」

「ショックだったんだぞ、お前も半生の魚を食べてみるといい」

「はぁ……」

「しかし、思い起こしてみると、騎士様の権威を脅かす発言とも取れるからな、あれは。ブリーツも聞いていただろうし、話題には上がるだろな。……ということは、お前が喧嘩売ったっていうアレか」

「僕は女の子を守ろうとしただけなんですよ……」

 わざとか、そうでないのかは分からないが、語弊があるようなので、アークスは魔女の言った事を訂正した。

「なんにしても、その時の男が、何か言ったのだろう?」

「そうです。流石魔女さんですね」

「褒められるほどのことは言ってないよ。ごく初歩的な推理だよ。いや、それ以前か」

「魔女さんの言う通り、繋がりがあって……驚くべきことに、あの男は少女誘拐の常習犯だった男だったんです」

「へえ……ということは、マッドサモナーは、その男が少女誘拐した罪を隠匿するために情報撹乱をしてたわけか」

「ええ、ホーレ事件は、だいぶ片付いてきたのに、また大変な事が出てきたものです」

 マッドサモナーを調べていくうちに、ホーレ事件と関係ない事件が発見される。このことには、騎士団内にも衝撃が走った。ホーレ事件の裏で動く事件が、もう一つあったのだ。時空の歪みの件とも違って、上位の騎士も知らなかったようだ。

「ふーむ……本当に目的が少女誘拐のカモフラ―ジュだったら、マッドサモナーのセンスは絶望的に悪いな。もっと影響の少ない方法とか、巻き込む人数が少ない方法とか……要は、目立たない方法は、いくらでもあっただろうに」

「言われてみればそうですよね、マッドサモナーと、少女誘拐の男にとっては、ホーレ事件から足がついたようなものだし……ブリーツの言う通り、建前だったのかな……?」

 アークスが、またマッドサモナーと話した時の事を思い出した。


「そこを調べるのが騎士団の役割だろ。少女誘拐については、マッドサモナーが知っててやったのか、それとも知らずにやったのか……若しくは、知らなかったが男には頼まれたのか、その辺りも気になるんじゃないか?」

「それは騎士団の方でも調べてます。でも、男も中々強情なので……」

「ふーむ……これだけ時間が経っても、そんなところか……まったく、騎士団の連中と来たら……」

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